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輪廻転生
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ここはどこだろう。
修学旅行で行った奈良公園によく似ている場所に、気がつけばボンヤリと佇んでいた。
自分は東京に住んでいて、いつものように会社へ向かっていて、そこに信号無視のトラックが突っ込んできたはずなのだが。
周囲にはトラックも人も無く、ただ数頭の鹿が草を食むのみ。
取り敢えず誰か探そう、と歩き出した瞬間、靴先に固いものが当たった。
「……スマホ?」
自分のものではない。
拾い上げて電源をつけてみると、『転生』と銘打たれたアプリが自動で開く。
画面に表示されたのは自分の写真だった。
その横には亀の写真と、下には電子スタンプカードのような……
「あ、ごめんごめん、拾ってくれてありがと」
突然自分と違う声が頭上から降ってきて、スマホがひったくられた。
柔和そうな顔、口元に湛えられた微笑、眉間に白毫がある背の高い人物。
「……仏さま?」
「そうだよ。でもそんなことはどうでも良くて」
仏さまは白毫がこちらの額に触れそうな距離までズイと顔を近づけてきた。
「スマホの画面、見たね?」
「あ、はい。すみません」
仏さま相手に嘘をつく度胸が無く、素直に頷く。
「じゃあもう隠しても仕方ないかー。これね、転生管理用のアプリなの。ほら、最近人増えたでしょ。紙だと管理しきれなくて」
ということは、ここは死後の世界か。来世の自分は、亀になるのか。
そう訊くと、仏さまはノンノンと首を振った。
「貴方まだ死なないよ。ただ、一時的に生死の境に来ちゃっただけ。それにね、この下の……」
そこで景色はぐにゃりと歪み、次に目に映ったのは病院の真っ白な天井だった。
医療ドラマで見たようなやりとりが進み、術後経過も順調だったが、自分の心はずっとスマホの画面に映っていた亀の写真にとらわれていた。
写真には周囲の風景が少し写り込んでいたのだが、来世の自分である亀が棲む場所は、某所の水族館に間違いない。
もしそうなら、今のような人間の暮らしよりずっと幸せな一生がおくれる。
飼育員による上げ膳据え膳、働く必要も無く、沢山のお客さんに可愛い可愛いと言われ……
亀になった来世を想像しては浮かれていた自分はある日、偶々ネットで見かけた記事を見てあんぐりと口をあけた。
何と、某所の水族館が資金難に陥っているというのだ。
来世の風景として写っていたのだから何だかんだで存続すると思いたいが、それでも不安は拭えない。
居ても立っても居られず、定期預金を解約し、食事代も削って当該水族館に毎月多額の寄付をすることにした。
そんな日々が何十年も続き、老いて重い病にかかり、病院のベッドで最期の時を迎えながら、自分は幸福に満ちていた。
来世の自分がお世話になる水族館は無事に資金難を脱して順調に存続している……。
「あ、また会ったね」
いつかの奈良公園のような場所で、あの時の仏さまと向かい合って立っていた。
白くてほっそりした仏さまの手に、機種変したらしいスマホが握られている。
これで、念願の亀生活が手に入るのだ。
期待に輝く自分の目の前に、仏さまのスマホが差し出された。
「今度は寿命で来たから見ても良いよ。はい、これが次の人生」
うきうきと画面を覗き込んだ自分は、驚愕に目を見開いた。
亀だったはずの写真が、人間の写真に変わっている。
「そうなの、変わったの」
こちらの表情をどう解釈したのか、仏さまは嬉しそうに言った。
「前にも言いかけたけど、この下ね、現世で徳を積む度にスタンプが押されるの」
全てのマスが埋まっている、アプリのスタンプカード画面。
「貴方、水族館に多額のお布施をしたでしょ? それで徳が積まれて、転生先が人間に……」
仏さまの言葉がぐわんぐわんと耳の中で虚ろに響く。
「やっぱり畜生よりは人間の方が良いよね!」
優しい微笑でそう締め括られ、自分は泣き笑いのような表情になった。
修学旅行で行った奈良公園によく似ている場所に、気がつけばボンヤリと佇んでいた。
自分は東京に住んでいて、いつものように会社へ向かっていて、そこに信号無視のトラックが突っ込んできたはずなのだが。
周囲にはトラックも人も無く、ただ数頭の鹿が草を食むのみ。
取り敢えず誰か探そう、と歩き出した瞬間、靴先に固いものが当たった。
「……スマホ?」
自分のものではない。
拾い上げて電源をつけてみると、『転生』と銘打たれたアプリが自動で開く。
画面に表示されたのは自分の写真だった。
その横には亀の写真と、下には電子スタンプカードのような……
「あ、ごめんごめん、拾ってくれてありがと」
突然自分と違う声が頭上から降ってきて、スマホがひったくられた。
柔和そうな顔、口元に湛えられた微笑、眉間に白毫がある背の高い人物。
「……仏さま?」
「そうだよ。でもそんなことはどうでも良くて」
仏さまは白毫がこちらの額に触れそうな距離までズイと顔を近づけてきた。
「スマホの画面、見たね?」
「あ、はい。すみません」
仏さま相手に嘘をつく度胸が無く、素直に頷く。
「じゃあもう隠しても仕方ないかー。これね、転生管理用のアプリなの。ほら、最近人増えたでしょ。紙だと管理しきれなくて」
ということは、ここは死後の世界か。来世の自分は、亀になるのか。
そう訊くと、仏さまはノンノンと首を振った。
「貴方まだ死なないよ。ただ、一時的に生死の境に来ちゃっただけ。それにね、この下の……」
そこで景色はぐにゃりと歪み、次に目に映ったのは病院の真っ白な天井だった。
医療ドラマで見たようなやりとりが進み、術後経過も順調だったが、自分の心はずっとスマホの画面に映っていた亀の写真にとらわれていた。
写真には周囲の風景が少し写り込んでいたのだが、来世の自分である亀が棲む場所は、某所の水族館に間違いない。
もしそうなら、今のような人間の暮らしよりずっと幸せな一生がおくれる。
飼育員による上げ膳据え膳、働く必要も無く、沢山のお客さんに可愛い可愛いと言われ……
亀になった来世を想像しては浮かれていた自分はある日、偶々ネットで見かけた記事を見てあんぐりと口をあけた。
何と、某所の水族館が資金難に陥っているというのだ。
来世の風景として写っていたのだから何だかんだで存続すると思いたいが、それでも不安は拭えない。
居ても立っても居られず、定期預金を解約し、食事代も削って当該水族館に毎月多額の寄付をすることにした。
そんな日々が何十年も続き、老いて重い病にかかり、病院のベッドで最期の時を迎えながら、自分は幸福に満ちていた。
来世の自分がお世話になる水族館は無事に資金難を脱して順調に存続している……。
「あ、また会ったね」
いつかの奈良公園のような場所で、あの時の仏さまと向かい合って立っていた。
白くてほっそりした仏さまの手に、機種変したらしいスマホが握られている。
これで、念願の亀生活が手に入るのだ。
期待に輝く自分の目の前に、仏さまのスマホが差し出された。
「今度は寿命で来たから見ても良いよ。はい、これが次の人生」
うきうきと画面を覗き込んだ自分は、驚愕に目を見開いた。
亀だったはずの写真が、人間の写真に変わっている。
「そうなの、変わったの」
こちらの表情をどう解釈したのか、仏さまは嬉しそうに言った。
「前にも言いかけたけど、この下ね、現世で徳を積む度にスタンプが押されるの」
全てのマスが埋まっている、アプリのスタンプカード画面。
「貴方、水族館に多額のお布施をしたでしょ? それで徳が積まれて、転生先が人間に……」
仏さまの言葉がぐわんぐわんと耳の中で虚ろに響く。
「やっぱり畜生よりは人間の方が良いよね!」
優しい微笑でそう締め括られ、自分は泣き笑いのような表情になった。
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