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1.一節
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今は昔の話になる。京に美しい娘が居た。その年で十二になる娘は京を守る為の一族であった。女である娘は力を持ち生まれた。日の本古来より天より遣わされる言葉の力。モノを言の葉で操る優れた力。兄をも凌ぐ力に継母は嫉妬した。自分の産んだ子よりも優れた娘。育ててやった恩も忘れて。
『母上?』
何も知らない娘は汚れなき眼差しで母を見た。すると嫉妬や殺意の負に満ちた瞳が娘を捉えた。
『お前さえ居なければ!』
母の女らしい指が首に絡みつく。荒れた手は身分違いの証であった。その細く、長い、白い指が首を強く絞める。
苦しい、何故?
そんな疑問が娘の頭を巡った。
頭で思うよりも早く、叫び声が木霊した。目の前で顔から歪み、そして何かに吸い込まれるように消えていく母。断末魔のように響き渡った叫びも共に吸い込まれていく。母の叫び声に慌ただしく部屋にやってきた父や兄は畏怖の念を視線に乗せながら娘を見た。
その日のうちに娘は都から遠く離れた茨木の地に移された。たった一人の侍女だけを付けられて孤独の地に来た。環堵蕭然、それでも娘は寂しくはなかった。
『姫様、姫様。今日は何を読まれます?』
侍女は毎日のように色んなモノを持ってきた。和歌集、物語、絵巻物、様々な書物に飽きることなく毎日を過ごした。文字から解る言葉にまた惹かれていく。娘はいつの間にか仮名文字だけではなく漢文すらも解するようになった。
『姫様、この物語はどんな話しです?』
漢文の読めない侍女は漢文の物語の内容を娘に聞く。娘は分かり易く説明するようになった。娘の頭の中には八百万の言霊達が活きるようになった。
そんな楽しい生活は脆くも崩れ去った。侍女とたった二人の生活、それは危険であるのにその時に気付かされた。子の刻過ぎに扉が開く音が聞こえた。静かな音ではなく明らかに聞こえでも構わないといったような音だった。
『姫様、無事です、か?』
暫くの間、固まって居れば、目の前に灯る明りが揺れた。開いた扉から広がる暗がりの中、侍女の声が聞こえた。振り返った娘は目を疑った。腕に刀傷、その胸にも突かれた痕と赤黒い滲みが出来ていた。侍女は娘の部屋に入ると力を無くしたように崩れ落ちた。遠くで男たちの声と、物を物色する音が聞こえる。
『姫様、逃げ。』
娘は侍女に近づき、自らの衣が汚れるのを構わずに侍女を抱き締めた。侍女は泣きながら娘に逃げろと言い続けた。けれど娘は動かなかった。諦めた侍女は小さく言葉を紡いだ。
『私は姫様に仕えられて幸せでした。』
そうと遺した侍女の瞳はゆっくりと開かれる。その眼が何も映さなくなったのを確認した娘は名を呼んだ。
『ごめんなさい。』
娘の涙が侍女の頬に垂れる。私は何故こんな地に流されたのか、彼女は何故死ななければならないのか、私は何故生きているのだろうか、様々な疑問が娘の中を廻る。
『憎い、人が、欲が、世が。』
そう呟いた娘はまだ暖かい侍女の紅い液を啜る。そして斬られた腕から少しの欠片を喰らった。追悼のように瞳を閉じた。流れる涙をそのままに、瞼を開く。その眼からは黒が消えた。美しく長かった黒髪は月夜に照られ輝く白銀に、黒が消えた眼はまるで月と同じ淡い金色。
『ゆっくり眠りなさい。』
娘は侍女の瞼を降ろした。もう二度と開かないその瞼に涙を落として立ち上がった。
『我に与え賜え、イザナギの御身。』
言葉が震えた。力を持った言霊たちは娘の誕生を祝うかのように渦巻いた。そして渦から出て来たのは男だった。短き白銀の髪に月と同じ瞳を持つ少し小柄な男。
『赦さない。』
男は招かれざる客の元へ足を向けた。ゆっくりと、しっかりとした足取りでその場所に向かった。男たちは嗤いながら書庫にいた。本は高く売れる、そんな事を言いながら。
『欲、か。』
呟くような言葉に男たちは振り返った。数は二人。手に握られている刀には両方とも紅い液がこびり付いていた。その刀が男に向けられた。
『苦しんで死ね。』
真っ直ぐに見据えたまま言霊を発する。すると口から紅い噴水が出る。苦しそうな目は焦点が合わないようだった。男は死に逝く男たちの血に目もくれずに歩き出した。それ以来、娘の姿を見た者は居ない。翌日の朝、近所の人間が異変に気づき、恐る恐る入った屋敷には刀傷のある娘の姿と血を吐いて死ぬ二人の男。姫と呼ばれた娘のモノはなかった。いつの間にか誰しもが語るようになった。
姫は茨木童子に攫われた。
『母上?』
何も知らない娘は汚れなき眼差しで母を見た。すると嫉妬や殺意の負に満ちた瞳が娘を捉えた。
『お前さえ居なければ!』
母の女らしい指が首に絡みつく。荒れた手は身分違いの証であった。その細く、長い、白い指が首を強く絞める。
苦しい、何故?
そんな疑問が娘の頭を巡った。
頭で思うよりも早く、叫び声が木霊した。目の前で顔から歪み、そして何かに吸い込まれるように消えていく母。断末魔のように響き渡った叫びも共に吸い込まれていく。母の叫び声に慌ただしく部屋にやってきた父や兄は畏怖の念を視線に乗せながら娘を見た。
その日のうちに娘は都から遠く離れた茨木の地に移された。たった一人の侍女だけを付けられて孤独の地に来た。環堵蕭然、それでも娘は寂しくはなかった。
『姫様、姫様。今日は何を読まれます?』
侍女は毎日のように色んなモノを持ってきた。和歌集、物語、絵巻物、様々な書物に飽きることなく毎日を過ごした。文字から解る言葉にまた惹かれていく。娘はいつの間にか仮名文字だけではなく漢文すらも解するようになった。
『姫様、この物語はどんな話しです?』
漢文の読めない侍女は漢文の物語の内容を娘に聞く。娘は分かり易く説明するようになった。娘の頭の中には八百万の言霊達が活きるようになった。
そんな楽しい生活は脆くも崩れ去った。侍女とたった二人の生活、それは危険であるのにその時に気付かされた。子の刻過ぎに扉が開く音が聞こえた。静かな音ではなく明らかに聞こえでも構わないといったような音だった。
『姫様、無事です、か?』
暫くの間、固まって居れば、目の前に灯る明りが揺れた。開いた扉から広がる暗がりの中、侍女の声が聞こえた。振り返った娘は目を疑った。腕に刀傷、その胸にも突かれた痕と赤黒い滲みが出来ていた。侍女は娘の部屋に入ると力を無くしたように崩れ落ちた。遠くで男たちの声と、物を物色する音が聞こえる。
『姫様、逃げ。』
娘は侍女に近づき、自らの衣が汚れるのを構わずに侍女を抱き締めた。侍女は泣きながら娘に逃げろと言い続けた。けれど娘は動かなかった。諦めた侍女は小さく言葉を紡いだ。
『私は姫様に仕えられて幸せでした。』
そうと遺した侍女の瞳はゆっくりと開かれる。その眼が何も映さなくなったのを確認した娘は名を呼んだ。
『ごめんなさい。』
娘の涙が侍女の頬に垂れる。私は何故こんな地に流されたのか、彼女は何故死ななければならないのか、私は何故生きているのだろうか、様々な疑問が娘の中を廻る。
『憎い、人が、欲が、世が。』
そう呟いた娘はまだ暖かい侍女の紅い液を啜る。そして斬られた腕から少しの欠片を喰らった。追悼のように瞳を閉じた。流れる涙をそのままに、瞼を開く。その眼からは黒が消えた。美しく長かった黒髪は月夜に照られ輝く白銀に、黒が消えた眼はまるで月と同じ淡い金色。
『ゆっくり眠りなさい。』
娘は侍女の瞼を降ろした。もう二度と開かないその瞼に涙を落として立ち上がった。
『我に与え賜え、イザナギの御身。』
言葉が震えた。力を持った言霊たちは娘の誕生を祝うかのように渦巻いた。そして渦から出て来たのは男だった。短き白銀の髪に月と同じ瞳を持つ少し小柄な男。
『赦さない。』
男は招かれざる客の元へ足を向けた。ゆっくりと、しっかりとした足取りでその場所に向かった。男たちは嗤いながら書庫にいた。本は高く売れる、そんな事を言いながら。
『欲、か。』
呟くような言葉に男たちは振り返った。数は二人。手に握られている刀には両方とも紅い液がこびり付いていた。その刀が男に向けられた。
『苦しんで死ね。』
真っ直ぐに見据えたまま言霊を発する。すると口から紅い噴水が出る。苦しそうな目は焦点が合わないようだった。男は死に逝く男たちの血に目もくれずに歩き出した。それ以来、娘の姿を見た者は居ない。翌日の朝、近所の人間が異変に気づき、恐る恐る入った屋敷には刀傷のある娘の姿と血を吐いて死ぬ二人の男。姫と呼ばれた娘のモノはなかった。いつの間にか誰しもが語るようになった。
姫は茨木童子に攫われた。
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