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第四話
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雨の庭園のよさは、人の少なさと濡れた草木、土の匂いだろうか。今はもう雨は止んだけれど、雨雲は見る世界を白く暗くさせている。これなら自分たち以外のお客はさぞ少ないだろう。
リラは白と緑の街だ。緑を維持するために郊外にはいくつもの花卉栽培農家があり、その中に、観光用というよりは市民のピクニック広場として公開されている庭園がある。
緑の草花が両手に茂るレンガの小道や木の歩道。
散策途中の休憩にと適当な間隔で設置されている白いベンチや、屋根とそれを支える柱がある以外は吹き抜けの、大人三人入る程度から二十人程度が入るほどの雨宿りや茶会用のガゼボ。これも白基調なのだから、リラ市民は自分たちの色に誇りを持っていることがよくわかる。
自然に近くなるようにと最小限の手入れはあるものの、花壇と呼べるようなものはなく、こじんまりと作られただけの道へ、肩に触れるように伸びた花々が咲き誇っている。
広場に出ればなだらかな草原が目の前に広がり、池の中央にかかるアーチ型の石橋は水面に足元を反射させ絵画的だ。晴れていれば、幼い子どもをつれた夫婦や仲睦まじい老夫婦がバスケットを持ってランチを楽しむ風景をよく見かけた。
「よく来るんですね。迷ってしまいそうだ」
「来ますよー。長期の任務が発生する前に何度も見に来ているので、もう自分の庭みたいです」
雨露が花に涙を残し、花弁はしっとりとシルクのような見目で麗しさを増している。水も滴るとは人以外にも使える言葉だ。
雨の日には雨の日の花の美しさがあって、それを見れば雨雲の仄かな暗さなど視界から吹き飛んでしまう。
「花を見るだけで楽しいですか? 動き回ることの方が好きそうなのに」
「獣人に偏見がありますね。まあ、ひっきりなしに外に散歩に出掛けてた自覚はあるので間違いではないんですが。美的感覚は一般的にありますよ。俺の場合は、花に蜂や蝶がセットならようやくとても楽しいと言えるレベルですね。普段はお気付きの通り週末に花屋に入ってその日に気に入った花を花瓶に生けて愛でる程度です」
「相当ですね」
「ですね。俺、お花好きなんです。だって綺麗じゃないですか。美しいものはずっと身近に見ていたいです」
世の中汚いものばっかりじゃないですか。肩を下げて笑って見せれば、ハロルド様も同意するように鼻で笑い腰を屈めて花を見る。彼に熱心に見つめられる、白と赤が混ざった鯉みたいなダリアが、少しだけ羨ましい。
「花を愛でられる感性なんて私にはありませんでした」
「また自分を貶すみたいに……。ハロルド様は本当にご自分がお嫌いですよねえ」
「好きになれる要素がありませんから」
つまらなそうな声色で言うくせに、花に向かう視線はどこまでも柔らかい。
「俺もこっちに来るまで花なんて興味なかったんですよ。これっぽっちも」
故郷は雪景色だ。枯れ木に近い木々と、寒さに強い深く濃い緑の葉ばかり。二ヶ月程度の夏だろうと花は極端に少なく、若く淡い草ばかりが長い冬に備え広がっていく。けれど、たぶん、俺はそれすら好きだった。
雪の白が好きだ。雪がきらきらと輝く虹色が好きだ。それを知ったのはあなたを追いかけ森から出てからで、それから様々な美しいものを知っていった今は、世界は汚いものだけでなく美しいものでも溢れていると、ちゃんと知っている。
――俺は、白が好きだけど、あなたの黒い髪も好きだ。
絶対に言えない言葉が喉元でじわりと疼いて、代わりに頬が赤らむ。
「綺麗なものは綺麗だと言えばいいんですよ。好きなものは好き。嫌いなものはなるべく考えないでスルーするんです。ご自分のこともスルーしてあげればいいんです。そのうち愛着かなにかで「普通です」って言えるようになるかもですよ。そういう感性の方がこんな世の中でものびのび生きられます」
「……否定はしません。まあ、どうあれこの庭園は気に入りました。私は男二人で花を愛でる趣味なんてないんですが、一人で来るには敷居が高い」
「基本的に家族恋人向けですからね。ハロルド様は長身ですから、晴れていたらならさぞ目を引いたでしょう。でも、また、別の花の時期にお誘いしますね。ここ、バラ園もあるんですけど、もう夏バラの時期は終わっちゃったので。秋バラには少し早いし。もうちょっとで咲くかなあ。俺、バラ好きなんですよね。美味しいし。春バラの砂糖漬けが待ち遠しい」
「紅茶でも飲んでなさい。この花、売ってますかね」
「花茶ですね、好きです。それも併設の花屋にありそうな気がします。行きましょっか」
歩き出せば後ろにハロルド様がついてくる。付かず離れずの距離だけど、それでよかった。あまり、人に見せたくない表情であることは自覚しているから。
雨雲は相変わらず空を鈍く白に覆って、今日一日晴れることはないだろう。それでも池や水たまりはきらきらと輝いて、風に揺れる鏡のように世界を閉じ込め揺らめいている。誰かの見るその中には俺がいて、ハロルド様がいるのだろう。そう思えば少し胸がむず痒く、どうしようもなくはにかんでしまう。
花の名前を教えるていで彼を見上げる視線に下心は隠れている。けれど、一瞬一瞬でその緊張を忘れてしまうほど、透けた花弁も、甘さの溶けた露も、彼の柔らかな睫毛も。その、ただの美しさに胸が潰れそうで俯いた。
吐息に熱が混じる苦しさでにやけ顔だなんて、好きな人には見せられないだろう。
好きな人と好きな場所を歩くだけで、耳の先が、甘くジンジンと痺れている。
リラは白と緑の街だ。緑を維持するために郊外にはいくつもの花卉栽培農家があり、その中に、観光用というよりは市民のピクニック広場として公開されている庭園がある。
緑の草花が両手に茂るレンガの小道や木の歩道。
散策途中の休憩にと適当な間隔で設置されている白いベンチや、屋根とそれを支える柱がある以外は吹き抜けの、大人三人入る程度から二十人程度が入るほどの雨宿りや茶会用のガゼボ。これも白基調なのだから、リラ市民は自分たちの色に誇りを持っていることがよくわかる。
自然に近くなるようにと最小限の手入れはあるものの、花壇と呼べるようなものはなく、こじんまりと作られただけの道へ、肩に触れるように伸びた花々が咲き誇っている。
広場に出ればなだらかな草原が目の前に広がり、池の中央にかかるアーチ型の石橋は水面に足元を反射させ絵画的だ。晴れていれば、幼い子どもをつれた夫婦や仲睦まじい老夫婦がバスケットを持ってランチを楽しむ風景をよく見かけた。
「よく来るんですね。迷ってしまいそうだ」
「来ますよー。長期の任務が発生する前に何度も見に来ているので、もう自分の庭みたいです」
雨露が花に涙を残し、花弁はしっとりとシルクのような見目で麗しさを増している。水も滴るとは人以外にも使える言葉だ。
雨の日には雨の日の花の美しさがあって、それを見れば雨雲の仄かな暗さなど視界から吹き飛んでしまう。
「花を見るだけで楽しいですか? 動き回ることの方が好きそうなのに」
「獣人に偏見がありますね。まあ、ひっきりなしに外に散歩に出掛けてた自覚はあるので間違いではないんですが。美的感覚は一般的にありますよ。俺の場合は、花に蜂や蝶がセットならようやくとても楽しいと言えるレベルですね。普段はお気付きの通り週末に花屋に入ってその日に気に入った花を花瓶に生けて愛でる程度です」
「相当ですね」
「ですね。俺、お花好きなんです。だって綺麗じゃないですか。美しいものはずっと身近に見ていたいです」
世の中汚いものばっかりじゃないですか。肩を下げて笑って見せれば、ハロルド様も同意するように鼻で笑い腰を屈めて花を見る。彼に熱心に見つめられる、白と赤が混ざった鯉みたいなダリアが、少しだけ羨ましい。
「花を愛でられる感性なんて私にはありませんでした」
「また自分を貶すみたいに……。ハロルド様は本当にご自分がお嫌いですよねえ」
「好きになれる要素がありませんから」
つまらなそうな声色で言うくせに、花に向かう視線はどこまでも柔らかい。
「俺もこっちに来るまで花なんて興味なかったんですよ。これっぽっちも」
故郷は雪景色だ。枯れ木に近い木々と、寒さに強い深く濃い緑の葉ばかり。二ヶ月程度の夏だろうと花は極端に少なく、若く淡い草ばかりが長い冬に備え広がっていく。けれど、たぶん、俺はそれすら好きだった。
雪の白が好きだ。雪がきらきらと輝く虹色が好きだ。それを知ったのはあなたを追いかけ森から出てからで、それから様々な美しいものを知っていった今は、世界は汚いものだけでなく美しいものでも溢れていると、ちゃんと知っている。
――俺は、白が好きだけど、あなたの黒い髪も好きだ。
絶対に言えない言葉が喉元でじわりと疼いて、代わりに頬が赤らむ。
「綺麗なものは綺麗だと言えばいいんですよ。好きなものは好き。嫌いなものはなるべく考えないでスルーするんです。ご自分のこともスルーしてあげればいいんです。そのうち愛着かなにかで「普通です」って言えるようになるかもですよ。そういう感性の方がこんな世の中でものびのび生きられます」
「……否定はしません。まあ、どうあれこの庭園は気に入りました。私は男二人で花を愛でる趣味なんてないんですが、一人で来るには敷居が高い」
「基本的に家族恋人向けですからね。ハロルド様は長身ですから、晴れていたらならさぞ目を引いたでしょう。でも、また、別の花の時期にお誘いしますね。ここ、バラ園もあるんですけど、もう夏バラの時期は終わっちゃったので。秋バラには少し早いし。もうちょっとで咲くかなあ。俺、バラ好きなんですよね。美味しいし。春バラの砂糖漬けが待ち遠しい」
「紅茶でも飲んでなさい。この花、売ってますかね」
「花茶ですね、好きです。それも併設の花屋にありそうな気がします。行きましょっか」
歩き出せば後ろにハロルド様がついてくる。付かず離れずの距離だけど、それでよかった。あまり、人に見せたくない表情であることは自覚しているから。
雨雲は相変わらず空を鈍く白に覆って、今日一日晴れることはないだろう。それでも池や水たまりはきらきらと輝いて、風に揺れる鏡のように世界を閉じ込め揺らめいている。誰かの見るその中には俺がいて、ハロルド様がいるのだろう。そう思えば少し胸がむず痒く、どうしようもなくはにかんでしまう。
花の名前を教えるていで彼を見上げる視線に下心は隠れている。けれど、一瞬一瞬でその緊張を忘れてしまうほど、透けた花弁も、甘さの溶けた露も、彼の柔らかな睫毛も。その、ただの美しさに胸が潰れそうで俯いた。
吐息に熱が混じる苦しさでにやけ顔だなんて、好きな人には見せられないだろう。
好きな人と好きな場所を歩くだけで、耳の先が、甘くジンジンと痺れている。
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