あなたのライカ

さかしま

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第六話

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 補給を挟みながら四日かけてトチカ自治区炭鉱の町の軍駐屯基地に到着した。軍施設は四方を高い壁に囲まれているのだが、所々爆薬で半壊し、その場しのぎで補強されているところが何ヵ所か目についた。中で警備するのはみるからに二十代なかばばかりで、兵士たちには覇気がまるでない。葬式状態だった。丁度大陸戦争が終結したあたりに入隊した、経験を積んでいく最中の集まりなのだろう。

「司令官はどこですか?」
「軒並み逃げたんだと。今は数少ない実践経験者……っつっても一等兵が取りまとめしてくれていると報告があった」
「だから戦時に有能だった小、中隊は各基地に振りわけるべきなんですよね。戦死者の穴埋めで大量に若者を呼び込んだのならちゃんと育てなければ意味ないのに」
「だからあんたに隊を補佐してほしい声がひっきりなしなんだろ。経験不足で動けない兵の代わりになんでもかんでもダルムシュタット大佐呼び出して解決してもらってりゃいいなんて話じゃねえんだ」
「う……、ごもっとも過ぎて耳が痛い」

 ああだこうだ現状の問題点を話し合いながら、現場の引き継ぎを済ませる。俺はまだ二十五歳と年齢だけ見ればそこらの兵と変わりないので、はた目からは多少異様な空気を見た目から作り出していただろう。
 曹長なんて非戦時なら四十代前後でようやくなれるようなものだ。まあ、そこは戦時として激戦のさなかにあれば階級なんて上官が死ぬたびにその席が空くので、ただ、俺とダルム大佐はそのイスを着実に座りに行っただけなのだが。獣人の戦闘センスの賜物である。潜在能力が違うのだ。
 ちなみにハーウィン中佐は、たしかハロルド様と同年代だったはずだ。十ほど年上なのに接しやすい、いい友人。ダルム大佐は四十代に見えてまだ三十なのだから、老け顔は少々不憫でもある。でも、大佐は今の顔のまま四十代以降も全く老けない気がする。俺のボスは見た目と実年齢が一致したころからがきっとまたかっこよさを増す時期なのだろう。
 気を取り直して、これからの動きについて、ハーウィン中佐と司令官代理の一等兵、他数名で作戦会議を進める。

 一通りの過程を確認したところで、ハーウィン中佐の取りまとめが始まった。

「現時点では防衛に比重を置き、首謀者の本拠地は数ヶ所調べがついているものの踏み込むまでには至っていないと。ローデン曹長、どう考える」
「相手は地理的に優位だろうと戦闘のプロではないですから、そうですね……。正攻法の陽動でいきましょう。一般市民は私たちの敵ですか?」
「ええ、と、好意的ではありません……。直接手出しはしてきませんが、軍の動向が筒抜けの状態でして。本拠地を探すのにも何人かの兵士を旅行者や里帰りの者として装いなんとか諜報して、ようやく……」
「なるほど、市民が斥候の役割なんですね。……では先にラジオ塔の占拠をしましょう」
「ラジオ塔の占拠、ですか?」
「秘密裏に動けるならそれに越したことはないですが、そうもいかないのなら電波ジャックです。よくある手ですよ」

 司令官代理の一等兵くんが首をかしげるのを、微笑んで肯定する。簡単な情報戦をします、と。
 対してハーウィン中佐は一等兵くんのために「デマでも流すのか?」と教科書通りの質問で両腕を組んでみせるので、それに乗っかり、まさか、と首を横に振る。今回の場合、それでは市民も混乱して余計に動きづらくなってしまう。

「相手は町の稼ぎ頭が多く、怪我をさせても治るようにとなるべく不殺なんですよね?」
「えっ……?」
 一等兵くんが信じられないと言いたげに瞳の色を揺らす。
「俺がそう決めた。負傷者がすでに出ている状況でやるせないとは思うが、この方針を変えるつもりはない。なるべく打撲で済ませろ」
 ハーウィン中佐は一等兵くんの目をしっかりと見つめ、そう返した。

 優しさが仇になりそうで面倒ですよね、と一等兵くんに苦く笑ってみせて、話に戻す。
 相手は戦うことについては訓練を経ていない我流の素人ばかりだ。銃の精度は極めて低く、どちらかと言えば接近戦でツルハシやスコップで応戦してくる。射撃隊がここに一隊でもいれば射殺でこの内戦は一日で終わっていたかもしれない。そんな素人相手なのだから、一部の真実だけ流そう。本来なら敵側に漏らさないよう徹底するような、防衛の穴を。

「わざわざ戦場に向かってくる一般市民はいませんので、心置きなく迎え撃ちます。ラジオ塔占拠班、陽動のための囮班とペアの挟み撃ち班、首謀者制圧班に別れて動きましょう。首謀者の本拠地がすべて外れたときのために挟み撃ち班で捕らえたレジスタンスを丁重におもてなしすることは必須です」
「そうだな。そういうことだから、おびきだしにはこの基地を使う。炭鉱で仕掛けるような爆弾であちこち壁ボロボロにやられてるから、一部を捨ててそっから突入させるように仕向ける。相手の有利な町やら地形でドンパチする必要は最初からない」
「囮班が爆死しないか不安なところですけどね」
「つっても炭鉱じゃ火ぃつけて投げてくるようなものじゃなく設置して導線引いて遠くでスイッチ押すものが主流だからそこは大丈夫だろ。おい、あー……、ダイナー・ロンズ一等兵だったか? 俺の隊を小分けに全班に混ぜるからどの班も適宜自分等で判断して動ける。観て学べ。ただ実践を経るのではなく、経験しろ」
「り、了解であります……!」
「結局必要なのは責任をとってくれる上司と自分たちの度胸だけです。そしてその上司はここにいらっしゃるので、あとは行動あるのみですね。今までよく頑張りました。もう少しでようやく休めますよ」

 一等兵くん……ダイナーくんの背中を叩き、軽く鼓舞する。すると、寝不足に酷い隈ができた、まだあどけなさが残る顔が真っ赤に、瞳はくしゃりと涙を堪え床に伏せられた。そのまま肩を震わせ始めるものだから、ぐしゃぐしゃに金色の髪を撫でて少し力任せに顔をあげさせる。への字に曲がった口元に、濡れた薄緑の瞳がきらきら揺れて、あんまりにも好ましかったから、申し訳ないけれど少し笑ってしまった。

 トチカ自治区の炭鉱の町は、大小の岩石が転がる黄砂の荒野を眼前に、背後には丸裸の灰色の鉱山をそびえさせる乾燥した土地だった。度重なる鉱山の掘削に風が吹けば土埃が舞い、目を悪くする。肺の弱い者は咳が絶えなくなるような場所のため子どもが少なく、また、同じ理由から老人も少ない。働き盛りの男たちの働きでなんとか食いつないでいる現状が見てとれる、寂れつつある町。むしろ、寂れて忘れられる手前にある町だ。
 なにせ、軍施設すらろくな設備が整えられていない。人件費なんてこの現状でまるわかりだ。税収は帝都に搾り取られ、還元などされたこともないのかもしれない。
 だから……。これは、擁護でもあるのだけれど。
 ――賄賂、と言うよりは、補助金だろう。
 そんな思いが思考を埋めている。

 作戦は概ね当初通り。数日かけてわざと基地の守備を甘くさせ、決行日に町のラジオ塔をジャックして壁を突破されそうだなんだと無線の混入を装った放送をして、完全に基地を占拠できると思わせ突入させる。こんな作戦に引っかかるやつはいるのかと不安な声もあったが、実行するなら本気でやらねば。狂言に必要なのはリアリティで、そのために弾薬も惜しまない。炭坑夫に撃つことはないと思うが、このドンパチが終わったらきっちりしれっと帝都にお金を下ろしてもらい新調するので、残すだけ損だ。武器はなまもの。鮮度がいのち。戦争は資源をケチったら蹂躙されて終わりなのだから。
 やられた声だとか雄叫びだとかもちゃんとする。何人か気絶した振りをしてその身ひとつで横たわっている兵が一番恐怖を味わっているだろう。
 実際人は前を走る大男についていってしまうから炭坑夫にも劣らないガタイの軍人を何名か変装させて走らせ兵とチャンバラもした。軍服を脱いで敵に偽装するなんて実際は国際法違反なので、これは役員にバレたら大目玉だけどバレなきゃいいのだ。うつくしい心で人殺しなんてやってられないし、内戦だからセーフというのが現状の軍内部の暗黙の総意でもある。まあ、他の班への箝口令はきっちりさせてもらったが。

 乾いた空気に銃声はよく響いた。演技とは言え実弾なんだから、神経は尖っていく。ここに戦時あがりの射撃隊がいれば自分以外も気付いただろうが、支給品以外の銃声に顔を上げ、塀の外を盗み見る。扮装した兵に先導されたガタイのいい大勢の男たちが塀を越え、走り入ろうとしていた。

「釣れた。目算五十人。準備しろ。各班に連絡」

 俺とダイナー他三十名ほどは挟み撃ち班だ。ハーウィン中佐はボス探し。
 作戦開始に口から心臓が出そうになっている顔のダイナーの両頬をパンと叩き、つねり上げ、じっと目を合わせ、落ち着かせる。
「行けるか?」聞けば、唇を一直線に噛み、頷く。
「行きます!」決心した薄緑の瞳がたじろぐことなく俺を見つめ返す。いい目だ。
 叩いて少し赤らんでしまった頬を撫で、俺の班を見渡す。
「今日で全部終わらせるぞ、作戦開始!」

 敵の背後をとるには、怒号なんてもっての他だと思っている。ギリギリまで声も足音もたてずに近付いて一網打尽の狩りスタイルが一番だ。それでも腹から声を出すのと出さないのでは、モチベーションがかなり異なってくる。人を相手にする恐怖を腹のなかから追い出さなければ、とてもじゃないが、人は人には向かっていけない。
 雄叫びを上げながら囮を追う炭坑夫の背を追った。銃を持っていればそれを狙って、向かってくる者はなるべく投げ飛ばして孤立させたところを後方が数人がかりで首を絞めて意識を落とし縛り上げる。囮班はそもそも劣勢を装うために人数を少なく配置している。押され込まれるように作戦通り炭坑夫を広い閉鎖空間、食堂まで誘い込む。
 食堂のテーブルは最初から倒し盾としてのバリケードを形成し、中央をひらけさせ一種のリングステージに見立てさせていた。囮班が逃げ込み、炭坑夫たちがこの場所の異質さに気付いた頃にはテーブルの影に銃を持ち隠れていた兵に四方を囲まれている。
 退路は俺たちが塞ぎ、円を描くように囲い込みが成功した。それでもすべてはここからだ。
 射殺は最後の手段。甘い考えだが制圧のその先を見越すなら戦略でもあり先行投資でもある。これからハーウィン中佐は町作りをするのだから、人は大切な保護してしかるべき資源だ。刑務作業で働かせる算段なのだろう。だから銃は牽制用。合流した俺たち挟み撃ち班と囮班で一人ずつ確実に落とし確保していく。
 何人かとやりあって確信する。甘いのは、炭坑夫の方だ。大半はスコップの面部分で顔をぶん殴ってきたりツルハシで威嚇してきたりするが、どう見ても半殺し以上の殺意は見られない。頭をぱっくり割りに来ないのだから。そういった相手の膝を崩し、ひたすら投げ飛ばしてステージ中央から脱落させる。なにせ、数少ない本気の男とやりあうには手狭な空間ではやりにくいのだ。

 兵も炭坑夫も数を半数以上減らしたところで、その兵をひとりで半数以上減らしてくれた大男を相手にステゴロを挑まれた。ダイナーは腹を殴られ足元を吐瀉で滑りよくさせている。それを視認したところでダイナーの胃を裏返させた拳が俺の頬をかすった。
 不意討ちの直撃は歯が折れていただろう。
 避けられてよかった。振り向くように体勢を整えカウンターをかければ、男はそれを軽くいなし巨体を懐に入り込ませてきた。
 ――これ、退役軍人って言われたら信じてしまう!

 腹と背中が拳の形にくっつく。背骨はどこに消えたんだろう。

 馬鹿なことを考え歯を食い縛り「ぐっ……!」と息を漏らすように飲み込み痛みを受け入れる。上がってくる胃液はぐっと飲み下し、拳が腹から離れようとしたところを踏み込み首を狩るようにラリアットをかける。そのまま腕を曲げ、背後に回り込み首を絞める。
 これで落ちてくれるとは思っていない。俺の腕力は弱い方で武器なしの接近戦にはまったく向いていない。
 実際その通り、ほんの少し仰け反り反動をつけただけの前方への腹筋に投げ飛ばされて、床に背中を叩きつけられた。不思議と背中よりも腕が痛かった。
 とりあえず立ち上がり、投げ飛ばしてきた男に向かってファイティングポーズをとる。俺、本当に、脚力や噛む力と体力はあっても腕力ないんだけどなあ。

 近付いては何発か受けたりお見舞いしてまた距離をとる。受ける数は殴ったり蹴りつける回数より少ないが、一発がひたすらに重い。顔面殴られるわ顔面殴られるわ腹に受けたと思ったら顔面殴られるわで口の中が血でどろどろだ。すでに片方の瞼が腫れて前が見づらい。
 もう、最後の手段に出ていいのかもしれない。最後でなくとも足に一発撃って他の男を減らしたい。どうしようか考えながら周囲を見渡す。もう、残った敵は片手で足りる程度しかいない。それと同時にこちらの兵ものされて数人しか立っていない。それもノックアウトされた挟み撃ちと囮班の代わりにステージに入ってきた射撃班ばかりだ。こちらが手加減しているとは言え、炭坑夫、実際本当に強い。
 誰だよ戦いに関しては素人とか言ったのは!
 そのまま周囲を見渡していると、男の奥にいた別の男と目が合う。殴り相手の方が強いことはわかるのに、なぜか肌がぴりぴりしてそいつを注視する。不自然に上着が盛り上がっている。まさかな。馬鹿な考えを追い出すように再度注視してみれば、手には何か、コードが伸びたスイッチが握りしめられていて。これには戦時、何度も対面させられた。似たようなものを、俺も胸に抱えたことすらある。
 男が俺に目をあわせ、不器用に笑う。瞳孔が開く。肌がぴりぴりして、直感のまま叫んだ。

「伏せろ!」

 今までやりあっていた男に捨て身で駆け寄り胸ぐらを掴み、火事場の獣人力で背負いテーブルの向こう側へ投げ飛ばす。ダイナーを小脇にかかえ、自分もテーブル向こうへジャンプしながらダイナーに覆い被さった。それと同時か、いや、爆弾の起爆の方が早かった。

 瞼を閉じても光は直進し壁に反射して、目の前が赤白く爆散する。人には知覚できないほどの少しの遅れで鼓膜を突き破るような音と衝撃。
 ドクドクとけたたましい音で心臓が脈を打ち、その一方でキンとした耳鳴りがすべての音を塗り潰し鳴り響いている。爆弾で怖いのは爆風だ。全方位散弾銃となんら代わりない。
 息をすれば肺が痛かった。テーブルが弾け飛んで来たのは背中をもろに打ち付けてきた痛覚でわかっていた。でもそれが、まさか木片として脇腹に刺さっているとまでは思っていなかったが。
 貫通はしていない。内臓は少し傷ついたかもしれないが、ほんの表面だけだろう。
 抜いてもそれほど出血は酷くない。
 呼吸はできる。吐血もまだ。
 頭が少し切れて目に血が垂れてくるが打ち付けてはいない。手足はちゃんと動く。いや、手は、動きが鈍いかもしれない。わからない。
 動けば身体のどこかしらは痛むから骨は何ヵ所かヒビでも入っているのかもしれない。それでも、細々とした爆発の擦り傷は多いが、脇腹以外は大したものではない。耳鳴りも消えつつある。
 自分の身体の確認を急ぎ終えれば次は部下の確認だ。

「っ……、ダイナー、怪我は?!」
「わ、だ、大丈夫です!」
「待機させている衛生兵を呼んでこい。怪我人の面倒をみてやってくれ。捕虜も、全員だ」
「班長、血が!」
「大したことはない。重傷者が先だ。これでも戦時は軍医送りにされるたびに手負いながら重傷者の手当てを手伝わされていたから、限界はわかる。さ、行け」

 上の階の床が爆心地上部だけ落ちて、天井には穴が開いている。それを尻目にしながら辺りを見渡せば、人がひとり弾けとんで、その肉片や飛沫が四方に飛び散り現場は地獄と化していた。人は血の詰まった肉袋であるとはよく言ったものだ。もうこの状態を前に、戦う気力がある者はこの場にいなかった。
 俺が投げ飛ばした炭坑夫に近寄れば、彼も額から血を流し、赤く濡れた顔で壁にもたれていた。足は見るからに折れていたし、片腕をだらんと投げ出し肩を押さえていたので、押し退ける力すら残っていない腕を叩き落として見てみれば、脱臼だろう、骨が変にでっぱっていた。
 俺がやったのか爆風なのか、これは聞かない方がいいだろう。

「クソッ……! 軍なんて、この町には要らねえんだ……!」

 痛みの苦しさ、そして悔しさを表情に滲ませ彼は言う。俺は、そうですね、なんて言いながら、背負うように彼の腕を掴み伸ばして外れた肩の骨を無理矢理入れ治した。男は歯を食いしばって痛みを我慢しているが、肩がはまったことは感覚で理解できたのか、殴ってくることはなかった。足は、複雑には折れていないだろうから、真っ直ぐに伸ばして衛生兵を待つことにした。
 男の隣に座り、壁にもたれる。うーん、腹が痛い。息が熱い。

「……今回赴任したこの基地の責任者は俺の友人なんです。知ってました? 実は数日前に、代替わりしたんです」
「ンなこと知るかよ……」
「でしょーね。彼、可能なら殺すなと何度も言っていましたよ。足や腕を狙って、命まではとらないようにと。炭坑夫は身体が資本だから、むしろ打撲で済ませろなんて無茶も言われました。なので、今回の作戦は絞め技メインだったんです。ステゴロするとは思ってなかったですけど。おじさんめちゃくちゃ強いですね、顔殴られたとき奥歯欠けましたよ」

 口の中がジャリジャリすると笑い、笑みが終わるタイミングで、呟く。まさか、あなた方が自身で弾けるなんてそれこそさすがに予想してませんでしたけど。言えば気まずい顔で舌打ちされたが、これはわざとなので反省はしない。せっかく殴られてきたのに、結局足を骨折させたなんて最悪だ。

「あなた方は軍に攻撃を仕掛けたので然るべき対処で裁きますが、刑期が終わるころには、また家族のためにこの町でやっていけます。そういう町にしていけるやつなんですよ」
「……どうだかな」
「ね、そう言われたって行く末心配でしょう? わかります。だから、この暴動で得たものを、失ったものを、この結果を抱えていてください。それで、ちゃんと、どうなったのかって見届けるんですよ。それがあなた方が必死になって手に入れた変化なんです。そこでようやく、俺も殴られた甲斐があるというものです」

 衛生兵が到着する。それと同時に首謀者確保の連絡が入り、任務完了に兵たちの安堵の歓声が響いた。
 言われなくてもわかってる。隣の鼻をすするようなくぐもった声は、たぶん、俺にしか聞こえなかった。


「よぉ。ずいぶんとかっこよくなったな」
「いーだろ。俺も俺には包帯とかガーゼが似合うと思ってた。見て、首絞めようとした腕がなんとがっつりひび割れ折れてた」
「ははっ、どんな首だったんだよ。顔の紫あざは痛々しくてやだねぇ。ペイント?」
「そ。俺の大佐くらいのゴリラマッチョの絵描きが居たんだ」

 腕にギプスをつけ負傷者としてベッドの上で横たわりながら、そのベッド横にイスを持ち寄り座ったハーウィンと冗談を交わしくつくつと笑う。骨に響いて少し痛いが、ゆっくりと上半身を起き上がらせて向き合った。軽口はそこまでで、次には視線を鋭く、ハーウィンは中佐として口を開いた。

「このまま俺の部隊にいてくれないか? 育てるべき兵士はここには多くいる。ダイナーもお前にすっかり懐いてる。ダルムシュタット大佐は引き抜きには応じないが、お前が言えば最後は折れてくれるだろう」
「必要とされているのは視線が身に染みてわかるんですが、そしてそのまま西部勤務ですか? ちょっと俺には、あんまり魅力がないです」

 これをハーウィン中佐が職務放棄と呼ぶことはないが、不機嫌に表情をしかめる。

「……正直に言えよ。あんたは大陸戦争のときから帝都勤務を望んでいた。現場主義の大佐が帝都なんて平和ボケした場所を拠点にしてんのはただあんたがそう望んでるからだ。そんなにあの野郎……ハロルド・モーガン中佐がいいのかよ」

 ハーウィン中佐は舌打ちして自分の髪をくしゃりと掻きあげる。もともとのオールバックが崩れて何房か額にこぼれてしまったが、気にすることなく言葉を続ける。

「ダルムシュタット大佐目当てなら諦めきれた。代々の陸軍名家だ。家柄がいいだけでなくその上で人柄がものを言った。だから俺はお前を俺の隊から手離したんだ。だがモーガン中佐に尻尾を振るなんて。……お前を諦められない現場の士官は多いんだ。これからもちょくちょくこういった呼び出しは来るぞ」
「兵は基本的に現場主義ですからね。現場主義上がりの軍曹や曹長が箱庭育ちの士官にどう接するかでその隊の兵の士気が変わる。その点俺は、いつだって士官の味方で兵を統率して接していましたから。戦場での心の支えですもん。何年後も気にかけてもらえるまでに好かれるなんて歓迎です。直接お礼を言いたいくらいですよ。中佐、ありがとうございますね」
「この、士官を駄目にするたらし野郎め」
「駄目になんてしてないです。みんな立派に育ってくれました。ダルム大佐も兵たちも。何人かは軍曹、曹長にまでなってくれていますし、ハーウィン中佐だって。随分とお強くなりましたね。被害は実際に最小。こちらに来てからからまだ五日も経っていないのに制圧完遂、動きは迅速。素晴らしい采配です」

 胃痛のお薬が煙草に代わっただけはありますね。
 笑いかけるとハーウィン中佐は唇を尖らせて照れ、ぽりぽりとこめかみを掻いてみせる。それに笑えば頬を朱色に染め、大きな息を吐いて腕を組んだ。

「……実際、あんたに認められたくて頑張れた奴らは多いんだよ。俺ですらまだ褒められるとすげー嬉しいんだ。あんたが思ってるよりずっとな」
「喜ばしい限りです」
「茶化すな。本当に」

 昔からの悪い癖だと反撃されて、すみませんと苦く笑って謝る。

「いい男だよ、あんたは。こんないい男、選ばないなんてどうかしてる。そんなやつならやめちまえ」
「……まだ、選ばれてないわけじゃないよ」

 柔く反論するも、語尾は弱まった。
 褒められつつも諭されるなんて、困る。うまく笑えなくて、弱音を吐いて、すがりたくなってしまう。いや、もう、弱音しかでない。
 帰ったとき、また握手すらしてくれないハロルド様に戻っていたら泣ける。

「今のところ好かれるような要素、俺にはなんにもないんだよね……」
「はっ。そりゃいい。振られたら来てくれ、優しく慰めてやる」
「振られても片想いをやめようと思わないはずだから、そんな傷心旅行とかしないよ」
「わかってねえな。そういう奴ほどいざ実際に振られると死にたくなるんだ。だから振られたら黙って俺んとこ来ればいいんだよ」
「そういうものかな」
「そういうもんだよ」

 反論したい。それでも、まるで自分がそうだったみたいにやるせない表情をするから、なにも言えなくなって眉が下がる。

「ま、どうしても成就させたいなら手伝いくらいはしてやるさ。あんたは頼りになる元部下で、手離したくない補佐で、可愛い年下の友人で、あとは憧れでもあったかな。いつでも呼んでくれ。しばらくは忙しいが、落ち着いたら何かしらアイツの腹に横槍ぐっさぐさに突き入れてやるよ」
「物騒だなぁ……」

 イスからベッドに座り直し、中佐の仮面を外した友人のハーウィンは俺の首に腕を回し身体を引き寄せる。そのまま胸を貸してもらい体重を預ければ、片手で頭をわしゃわしゃと撫でられ粗末に慰められて、ようやく少し笑えた。

「明日の帰宅は鉄道使っていい? 日中夜運転しっぱなしで四日かかる道が夜の眠れる二日ドライブで鉄道に乗り込んで一日でリラに帰れる」
「明日ってなぁ。怪我治ってから帰りゃいいだろ」
「そのまま帰してくれないのなんてお見通しです。怪我治ったらまた来る。お酒持って来るよ。一緒に飲もう」

 ちゃんとうまい高価なの持って来いよと軽く首を腕で絞められながらじゃれあい、夜が更ける前に少し早い解散をする。ハーウィンは明日の朝から被害状況等の現状確認と書類作りで会えないだろう。人を寄越すと出ていった背中によろしくと声をかけて、その日は眠った。
 翌朝、来てくれたのはダイナーくんだった。

「ダイナーくんが送ってくれるの?」
「はい! 僭越ながら班長……ライカ曹長の運転手に立候補させていただきました」

 にこにこと笑顔を浮かべる様子に、尻尾を振る大型犬が重なって見えて目をこする。――ハーウィンが懐いてるなんて言うから!――ただ、確実に作戦を立てた日から今日の決行日という短い期間で、彼から受ける視線は日増しに熱量を増していた。
 松葉杖をつきながら歩けば「おぶりましょうか?」と背に触れないギリギリの距離の手のひらでフォローされ、車高の高い軍用車に乗り込むときなんて「俺の背を踏み台に!」と言わんばかりに地面に膝をつこうとしだしたのを咄嗟に止めた。こういう子は恐ろしいほどストイックに出世するんだよなあ。

「ライカ曹長は、西部勤務はされないんですか……?」

 ダイナーくんの運転に揺られながら、横目に見たダイナーくんの頭部にしゅんとした犬の垂れ耳が見えてため息を吐く。あからさまに、これは良心を刺激というか、攻撃する。ハーウィンの嫌がらせだろう。脳裏ににやにやと笑うハーウィンの顔が浮かんで熱のとけた息を吐く。

「俺は、ダルムシュタット大佐の部下でいるって決めちゃってるからなぁ。でもハーウィン中佐は数少ない俺の友人だから、長期休暇や呼ばれたときはまた行くよ。優先的にね」
「俺が会いに行ったりとかは、迷惑ですか……?」
「ん、ぜんぜん。帝都観光おいでよ。都会だからお店がずらーって並んでて目移りするし、かといってちゃんと公園も広くて緑たくさんだし、住宅街も見た目綺麗だし、案内するよ」

 パッと華やぐ笑顔が咲いて、一瞬車がガタンと道をそれた。衝撃が骨に響いて身悶えする。慌てて謝るダイナーくんの運転がブレブレになって危ない。平気だからと必死に諭し、笑って、痛みが落ち着くころに窓枠に額を預けて広がる黄砂を眺める。
 風の静かな日は遠くの山が霞んで見える。時間さえあえば、おぼろに走り行く鉄道も見えるだろう。けれど大体はどこかしらでつむじ風が起きていて、車の窓を開ければ土埃が入り込む。雨も降っていないのにワイパーをつけなければ積もった砂に前が見えなくなって、その砂も雨というよりは雪に近かった。
 寂れた土地だ。夕日は一面を朱に染めるだろう。物悲しさで胸を刺激して、いつまでも尾を引くように。
 ここの景色、好きだな。
 そう呟いて、少しだけ眠った。

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