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第二部
*カナリア視点 (5)
しおりを挟む風が止み、視界が戻ったことで私は目を開けた。
すると私とあの女の間に見知らぬ女が立っていた。
金の髪を靡かせ佇む姿はそれだけでどこかの貴族の令嬢であることを理解させた。
それだけではなく、その女は真っ直ぐに私に視線を向けていた。
その赤い瞳は私のすべてを見透かすかのようで、恐ろしく感じるのだがなぜか目が離せなかった。
「だ、誰よあんた。突然現れて一体何なのよ」
「最初から見ていたので、突然というわけではないかと」
「お嬢様、そういうことではありません」
よく見ると、女の後ろには黒髪のメイドが立っていた。
それに傍らには大きな白い虎が寄り添っていた。
その存在感はさっきも感じたもの。しかしそれ以上のものを感じた。
おそらくあの犬と同じ。もしくはそれを上回る何か。
「……なっ、わ、ワームが消え……」
「ああ、先ほどの魔物でしたら、うちのカイが全て処分いたしました。私、いろいろな動物さんたちとお友達になれますが、さすがにあれは遠慮しました。なので、こう、ブオンと」
「ブオン、という効果音はいかがなものかと。先ほどのを表すのでしたらもっと別の言い方が」
「もうっ。いいじゃない、別に。今はそんなこと言っている場合ではないでしょう」
「そんなことありません。私たちとしてはそう切羽詰まっているわけではないですし、何より先ほどので脅威の全ては排除できたかと思います」
「そうなの? なら、あとは彼女たちだけね。どうしますか、アリア?」
女が声をかけると、同じように呆けていた姉が我に返った。
「は、はいっ。えっと……私はカナリアを何とかできればそれで。あとはお任せしてもいいですか?」
「そうね。そちらはあなたがすべきことだわ。私たちはあそこの魔導士さんを捕まえましょう。ねぇ、ミシェル」
「そうですね。おそらく裏で糸を引いていたのはあの魔導士かと。他は唆されただけでしょうし。彼にはいろいろと聞きたいことがありますし」
そう言ったメイドの視線は私たちの遥か後方。
側にいた魔導士はいつの間にか逃走していた。
しかも、その背中からは今まで見たことないくらい焦燥感を感じる。
何をそんなに焦っているのやら。
「では、行きましょう。カイ、お願いしますね」
『任された』
金髪の女とメイドは白虎に乗って魔導士を追いかけていった。
まるで嵐のような勢いで場を乱して、そのまま。
「それでは、そろそろ終わりにしましょう。もういいでしょう、カナリア?」
「っ! あんたのそういうところが嫌いなのよ……」
「知ってる」
「いつも私の先にいて。同じことをしているのに褒められるのはいつもあんた。私がどれだけ努力してもあんたと比べられて……それでもあんたはそれが当然のようにしているから! 私が、どんなに頑張っても誰も……誰もっ、認めてくれない! 全部あんたがいたから! 私の進むところ全てにあんたなんかいるから!」
――だから私は、あんたのものを奪った。
その言葉を口にするのは憚られた。
あの女の顔を見たら、もう意味のないことだと理解したから。
なんで? どうして?
どうしてあんたがそんな顔をするのよ。
そんな苦しそうに笑うのよ。
惨めだと笑えばいい。憐れだと同情するのはやめろ。
せめて。
せめて、こんな私を、嘲笑っていればいいじゃない。
なのに、なんであんたは、そんな。
「……私は、あなたが羨ましかった。人に期待されるのは、重い。私には苦しい枷でしかなかった。でも、私はその期待を裏切れない。応えなければならない。その重い枷の外し方を知らない。
あなたは自由だった。その自由が、私にはとても羨ましかった。その自由が、私も欲しかった。誰も与えてくれない。私を放してくれない。聖女という立場に縛り付けて私から自由を奪った。……だから、正直聖女から解放されて、安心したのかもしれない。あなたが私から奪ったものは、私にとっては邪魔なものだった。
……今後悔しても遅いけど、もっと早く、あなたとこうして面と向かって話していたら。もしかしたら、何か変わったのかもしれないわね」
「……そんなの言われたって…………もう、遅いわ…………」
私の心はもう、どうにもならないのだから――――。
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