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prologue

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 昔、『転生』を題材にした書物を読んだことがある。前世の知識を生かして今世で上手く生きてゆき、人々を助ける物語だった。だけど、すべての転生が幸せな結末を迎えるとは限らない。光を失っていく目から鮮血の涙が零れ落ちた。



 暗く湿った部屋に少女が横たわっていた。薄い衣服しか纏っていないせいで徐々に体温が奪われてゆく。ここから出ようとは全く思えなかった。逃げ出そうとした時の結末を知っているから。

 この暗い部屋に少女を監禁するこの男と会うのはこれが初めてじゃない。少女は今まで何度も監禁されて殺され続けている。殺されているのに初めてじゃないとはおかしな話だ。だけどそれは真実だった。少女は転生者であり、今までの人生の記憶を引き継いでいる。そして、転生する度に少女の前には醜い男が現れた。





 キィ……と扉が開いて1人の男が部屋に入ってきた。コツコツと靴音を立てながら少女の方へと近づいていく。そして少女を見下ろすように傍らで立ち止まった。

 目の前の男は人間じゃない。もう何度も転生を繰り返しているが、少なくとも150年の時が過ぎているはずなのに彼は若い姿のままで衰えることがない。恐らく魔族、という生き物なんだろう。



 魔族とはどの時代にも存在する人の姿をしたヒトは異なる生き物。自分以外の存在を下等なものだと見下し、蹂躙し、簡単に屠る力を持つ。どの魔族も残虐で非情であり、姿はヒトと同じでも人間性の欠片も持たない。





 今の少女はただの村娘だった。村で細々と農作物を育てている最中、あっという間に男に連れ攫われてしまった。

(他の村人たちは無事かな……)

 村には小さな魔物を追い払うくらいしか力のない男たちがいるだけで魔族に対抗できる術はない。

 魔族が姿を見せれば街が一夜にして滅ぶと聞いたことがある。大昔、1つの国が1人の魔族によって壊滅したらしい。

 どうか無事でいてほしい、そう思っていると思いっきり髪を掴まれた。何本か髪が抜けたようで頭皮がズキズキと痛む。



 顔を合わせた魔族は醜い容姿をしていた。

 酷く爛れた肌に剥き出しになった皮膚。片目は完全に潰れていて、瞼のない青い隻眼だけが異様に目立っている。真っ黒な髪もボサボサで長さもバラバラ。体も顔同様に爛れている上に蛇の鱗のようなものが所々付いている。この姿を前にして発狂せずにいられるのは初めてじゃないからだろうか。

 発狂しないからといって見慣れたわけじゃない。その醜い姿で触られる度に悍ましさと恐怖で体がいう事を聞かなくなる。





 魔族は私の体の上に覆いかぶさり、硬く歪な手で肌に触れてきた。

「なぁなぁオレを見ロ、オレだけを見ろ。目を逸らすな」



 何度もこの魔族はそう言って少女の体を抱きしめる。

(無差別に女を攫い、監禁している癖に愛されたいのか。この魔族は)

 なんて哀れな存在だろう。こんなことをしても誰からも愛されるわけがないのに。ヒトの心を持ちえない魔族がヒトと同じように愛されたいと望むなんて。



(お願いお願い、……見ないでよ私を)

 瞼のない魔族が目を閉じることはない。一瞬たりとも少女を捉えて離さない。それが苦しくて辛くて今にも叫びだして逃げたくなる。

 至近距離にある剥き出しの隻眼に耐えられなくなり、少女は思わず目を逸らしてしまった。



(……しまった!!)

 すぐに魔族を見るが、その顔は怒りや悲しみ、憎しみといった全ての負の感情を混ぜ合わせたもので染まっていた。

 この表情を少女は知っていた。彼の理性が崩壊する時の顔だ。





「そうかヨ……。逃げるのカ……そうやって、オレから……オレから逃げるんだよなァ!!!!????」

 魔族は何もないところから大きな鎌を出すと一気に少女めがけて振り下ろした。鈍い肉を絶つ音が部屋に響き渡る。何度も何度も叩き付けるような音だけが繰り返されていく。

 魔族が動きを止めた時には、少女の姿はなくただの肉塊と化していた。



 魔族はその肉塊の1つを手で掬い上げてそのまま自分の口へと押し込んだ。

 ぐじゅ……、ゴリ、じゅる……じゅぐ……じゅる……ぐちゅ……

 肉を咀嚼し、飲み込むと魔族はその血の海の中へと横たわる。辛うじて原型を留めていた少女の手に触れた。冷たい体を持つ魔族にとって少女の残された体温は少し熱すぎるくらいだった。



「ハハ、はハはハハハハッッ!!!!」

 魔族は嗤い続けた。月日が経ち、少女の肉が腐り、骨だけになっても魔族は嗤っていた。







 こうしての少女、リビアンの5度目の人生の幕が下りた。

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