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 リビアンが転生を繰り返して7回目の生を受けた。

 何で転生する度に記憶を引き継いでいるのかは全く分からない。だが確実に言えるのはリビアンはほぼ全部の転生であの男に捕まって殺されているということだ。

 3回も殺された時はそれはもう発狂してずっと家に引きこもっていた。何度も転生して、記憶を引き継いでいるだけでもおかしくなりそうなのに3回も同じ男に無残に殺されているんだ。頭がおかしくならない方が無理である。1度両親に話してみたが頭がおかしい子だと捨てられてしまってそのまま病気で死んでしまった。だけど流行り病で死んでからまた転生して次の人生でもあの男に捕まって殺されてようやく悟った。

 この地獄と向き合っていかなくちゃいけないということを。



 リビアンはこの転生について考察し、いくつか分かったことがあった。



 まず1つ目は性別と名前が変わらないこと。7回中7回とも女の子として生を受けている。正直言ってそれはすごく安心している。『私』という人格が女として成り立ってしまっているから男の身体で転生してしまうと生きにくい気がするから。だけど名前が変わらないというのには少し違和感を覚える。時代も場所も変わっているはずなのだから名前が同じというのはかなりレアケースなんじゃないかと思っている。だけど現時点では理由が見つからないから保留しておく。



 2つ目はどんな死に方をしても記憶は引き継がれたまま転生するらしい。4回目の転生では流行り病にかかって10歳になるまでに死んでしまったが男に殺された時と同様、転生して記憶を引き継いでいる。つまり自殺しようが死に方が変わるだけで根本的な解決にはなっていない。しかも、次の転生では他の転生の時よりも早く男に捕まり、殺されるのも早かった。迂闊に死ぬことも出来ない。



 そして最後、転生する度にあの醜い魔族が必ずリビアンを殺しにくる。

 6回中5回もあの魔族に捕まって殺されているんだ。それだけの頻度で出会うということはかなりの女性を攫ってあのような残虐なことをしているんだろう。

 なんて悍ましい。無理矢理攫って監禁し、力でねじ伏せて愛を乞うなんて。





 もう捕まりたくない。あんな暗闇に押し込まれたくない。その一心でリビアンは誘拐されないようにするには何をすべきかよく考えた。

 今まであの魔族に攫われたのはどれも小さな村にいた時だった。あの魔族もさすがに大勢の人間が行き交う街中では襲ってこないだろう。



 そう思い、リビアンは村を出て街へ出稼ぎに行くことにした。

 小さな村と違い、商人がたくさん出入りするこの街は右を見ても左を見ても人、人、人で埋め尽くされていた。これだけ大きな街ならば周辺の村で魔族が出たと聞けばすぐに逃げ出せるはずだ。





(薄情かと思われても良い。もう私は何度もあの魔族に殺されたんだ。1度くらい人生を謳歌したい。もうあんな殺され方、二度とごめんだし)



 リビアンは小さな集合住宅に身を寄せて、近くにある宿屋で働くことにした。女主人はとても気さくな人で他の従業員たちも新入りのリビアンに優しくしてくれた。

 以前頭がおかしいとのけ者にされていた頃と違い、周りに人がいることにホッと安心する。

 それからというものリビアンは只管働いた。女が1人で生きていくにはたくさんのお金と周りの人々の信頼が必要だ。それにいつか魔族が街の近くに現れても、すぐに荷を纏めて街から出られるように資金も貯めている。



 そんな生活を続けて2年……

 魔族が出たという知らせも噂も一切流れてこなかった。







「あの、魔族が女の子たちを攫うって話聞いたことないですか?」



 リビアンは思い切って働いている宿屋の女主人に聞いてみることにした。女主人なら外から来た旅人から色々聞いているかもしれない。そう思ったが、女主人の口から出てきたのは予想外のものだった。



「リビアンったら何言ってるの?魔族なんてお伽噺に出てくる生き物でしょう?」

「え?」



 魔族がいない……?でもそんなはずない。だって今まで転生してあの醜い魔族に何度も殺されてきた。あの痛みも、苦しさも、殺される、という死の体験を今も鮮明に覚えている。



(全部勘違いだっていうの……?)

 最後に殺されてからせいぜい50年くらいしか時は経っていない。たくさんの女の子を攫って殺していたのなら国中大騒ぎのはずなのに。



「昔に読んだ話にそんな話があったかしら?でも真面目なリビアンが急にそんな話を出すなんて驚いたわ」

「いえ、お伽噺とかじゃなくて本当に、そんな話聞いたことないですか?」

「そうねぇ。旅人から人さらいの話は聞くけど魔族なんて聞いたことないわ」



 女主人の顔をじっと見つめて観察するが、嘘を吐いているようには見えない。



(本当に、聞いたことない?)



 戸惑っているリビアンに女主人はポンッと優しく肩を叩いた。



「リビアンも疲れているんじゃない?今日は早めに上がってゆっくり休みな。私が残りの仕事を終わらせておくから」

 そう女主人に言われて、リビアンはその好意に甘えて早めに家に帰ることにした。





 家についてからリビアンは着替えもせずにベッドに身を沈めた。女主人の言葉を何度も何度も思い返す。



(魔族は御伽話に出てくる生き物……、空想の生き物……)

 女主人が人を騙すような人ではないことは2年間働いていたリビアンがよく知っている。本当なのだ。魔族はいない。もしかしたらこの国の遠い地には存在するのかもしれないが少なくともこの国にはどこにもいない。

 そう、いない。もう攫われることも、殺されることもない。





(もう、怯えなくていいの?あんな怖い思いをしなくてすむの……?)

 涙が零れ落ちる。そうだ、あれは全部夢だったんだ……、もうあんな怖い思いをしなくていいんだ……

 こんなに安心できたのはいつぶりだろう。いつ魔族が来るか恐ろしくて仕方なかった。夜眠っている間にやってくるんじゃないかといつも気が気じゃなかった。



(もっと早めに聞いていれば良かった。魔族なんていないんだから……)

 やっと穏やかな気持ちで眠れる。リビアンはそのまま毛布を被って眠りについた。





 頬に冷たい風が当たり、リビアンは深い眠りから意識が浮上してきた。瞼を閉じたまま過ごしていると、キィ……、キィ……と窓が開く音が聞こえた。



(……あれ?私、閉め忘れてたのかな?)

 そう思いながらベッドから身を起こして窓の方を見た。カーテンがゆらゆらと風に揺られて冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。ベッドから降りて窓の方へと近づいて夜空を見上げた。今日は雲が晴れていて月がいつもよりも輝いて見える。







 後ろを振り向けば、すぐ目の前にあの醜い魔族の姿があった。



「ひぃっ……!!」

 何で、何でここに!!??突然のことに頭が真っ白になる。

 急いで扉の方へと逃げようとしたが一瞬でねじ伏せられて床に体を押さえつけられてしまった。



「かはっ……!!」

「ようやく会えたなァ?上手く隠れたもんだ……。時間がかかっちまったじゃねぇか」



 逃げようと体を動かすけど手足全て押さえつけられて身動き1つも取れない。







「……オレから逃げたのカ?逃げたんだろう?オレが恐ろしイか?恐ろしいんだろウッっ!?」



 ガブリッ!!!!

 魔族は尖った牙でリビアンの首筋に齧り付いた。

 噛みついたなんて優しいものじゃない。飢えた獣が目の前の獲物を貪るように魔族は何度も牙を首に喰いこませ、肉を噛み千切った。

 首に牙が喰いこんだ時点で既にリビアンは虫の息だった。



(何で、……魔族は、いないんじゃなかったの?)

 そんな疑問を抱えて、自身の肉を喰らう魔族の姿を歪んでいく視界で見つめながらリビアンは絶命した。

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