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 再び記憶を引き継いだまま転生してからリビアンはただひたすら泣き叫んだ。



(何で、何で……、魔族はお伽噺の中の生き物で……、空想の存在……って聞いたのに……。どうして殺されなくちゃいけないの……?あんな怖い思いをしなくちゃいけないの……?)



 ひとしきり泣いて泣いて泣きわめいて、ようやく冷静を取り戻すことができた。

 泣いてばかりじゃ駄目だ。殺されないように考えなくちゃ、生きるために、生き抜くために……



 リビアンはある程度、貯蓄してから村から出て山奥に1人で暮らすことにした。

 なるべく自給自足で生活して、日用品は月1で町まで降りてたくさん買い込み、山奥でひっそりと生きることに決めた。魔族も年老いた女を喰らうことはないだろう。それまであの魔族から隠れて生きる。今度こそ殺されないように。



 生まれ育った村から出て8年の月日が経った。妙齢の女性となったが今のところ転生した中で1番長く生きている。人との関わりをほとんど絶ち、若い女が1人で暮らしていることを誰も知られないようにしていた。ここは商人が通ることも旅人が通る道でもない。魔族もまさかこんな場所に女がいるとは思わないだろう。



(きっとうまくいく……。あと4年くらい過ごしたら町で暮らそうかな)

 今まで出来なかったことをこれからの人生で楽しむんだ。それだけを心の支えにリビアンは独りで生き続けた。街で見る家族に囲まれてる子どもや愛する人と手を繋いで歩く女性を見る度に締め付けられるほどの寂しさを覚えたが、





 ……油断していたと思う。リビアンの身を狙うのはあの魔族だけだと、この世の危険は魔族だけなのだと思い込んでいた。

 日が暮れて、畑で出来た作物を籠に背負い、家の方へと向かっていた。

 遠くの方から馬が駆ける音と荷車の音がした。珍しく商人が荷物を運んでいるのだろうか。そういえば西の方に貴族が住まう街があると聞いたことがある。そこにむかっているんだろう。

 そんなことを考えながら歩き続けた。





 歩き続けていると、後ろから先ほどの音が近づいてきていた。通行の邪魔になると思い、道の端に寄った。荷車が通り過ぎようかという時に頭上から男の声が聞こえてきた。



「こんなとこで女を見つけるなんてついてるぜ!!」

「商品が1つ増えたなぁ!!」



 なんのことかと思い、顔を上げた瞬間に男たちに捕えられて目隠しをされ、勢いのまま荷車に押し込まれてしまった。



 気が付いた時にはリビアンの体はスス汚れていて、手足には枷と鎖が繋がれていた。

 人攫い、そして奴隷商人……男たちの下品な会話でようやく自分が奴隷として捕まったと知った。



(何で、こうなっちゃったんだろう……)

 逃げようと枷を外せるか試してみたが非力な女の力では何も出来ず、3日程劣悪な環境の馬車に揺られているうちに逃げる気力を失ってしまっていた。



(……そういえば何度も監禁されてたけどあの魔族が私の体を枷で拘束することはなかったなぁ)

 ふとそんなことを思い出したがすぐに頭の中から消した。魔族から逃げようとした結果がコレだ。若い女が買われた先でどう扱われるかなんて分かりきっている。



(どうして……私だけが……)



 何で、何で、何で、私だけがこうなるんだろう……

 転生なんてしなければ、記憶を引き継がなければ、あの魔族に殺されてなければ、未来に希望が持てるのに。私の生は絶望しかない。

「どうして、私ばっかり……」

 そう思わず口から零れ落ちてしまった。



「貴女だけじゃないわよ」



 するとすぐ近くからそんな声が聞こえてきた。ゆっくりと顔を上げれば目の前で鎖に繋がれた女性がリビアンを鋭い眼で睨み付けていた。



「自分だけが不幸だと思わないで。ここにいる子は皆、奴隷として売られるのよ」

 そう言われて、周りを見渡せば同じように鎖で繋がれた女の子たちがたくさんいた。中には10歳くらいの子どもまでいる。

「すみません……。配慮に欠けていました……」

「ふん、どーせ今まで碌に苦労もしないでのうのうと生きてきたんでしょ」

「そんなことは……」

 急にそんなことを言われて言い返そうとしたが、冷たい目で女性に睨み付けられ、言葉を遮られた。

「だって貴女美しいもの。女から見ても綺麗なんだから男たちが言い寄らないわけがないわ。今までも男たちに大事にされてきたんでしょ」



 そんなことない。今まで独り誰とも関わらずに生きてきた。生き抜くために寂しさも辛さも独りで耐えてきた。なのに何でそんなことを言われなくちゃいけないんだろう。



「良い気味だわ!!アンタみたいな美しい女が私のような醜女と同じ地獄に落ちるなんて少しは胸がすくわ」

 罵倒を浴びせられてリビアンはただ虚ろな目のまま馬車の中を過ごした。やがて目的地に着いたのか少女や女性たちが次々を降ろされていき、狭い檻の中へと押し込められてしまった。いよいよ逃げることも出来なくなり、リビアンは涙が枯れるまで泣き続けた。



 それから数日間、ここは地獄のような場所であった。

「味見しちゃしいけねぇのか?こんな上玉、中々いねぇぞ?」

「やめろ。こいつは生娘みたいだ。この容姿で処女なんぞ中々いない。貴族に高く売れるぞ?」

「チッ……、仕方ねぇな。んじゃ別の女でも抱くか」

「そうしておけ。この商品は綺麗な状態で売る必要があるからな」



 そんな会話が聞こえた後に別の場所から女の悲鳴が聞こえてきた。何もかもが嫌になって耳を塞ぎ、目を閉じた。嫌だ嫌だ、これは全部悪い夢。きっと目が覚めたら元通りになる。そう願っても現実は無常で何も変わらない。



 数日後、檻の外ががやがやと騒がしく男たちが慌ただしく動き回っている。すると、次々と檻の中の女性や少女たちが鎖に繋がれたまま連れ出されていく。ついに来てしまった。商品として売られる時が。



 1人の男に乱暴に連れ出されると暗闇から一気にスポットライトの当たるステージへと立たされてしまった。





「今回の目玉商品でございます!!ご覧ください!!美しい容姿に豊満な体!!その上生娘でございます!!ここまで美しく成長して男を知らない女も珍しいでしょう!!たっぷりと無垢な娘に男を教えることができますよ!!」

「なんて美しい娘だ!!」

「本当に生娘か!?欲しイ!!」

「中々楽しめそうな娘だなぁ!!」



 司会であろう男の声が響き渡り、会場にいる客たちが一斉に湧き上がった。まだ慣れない光の中、周囲を見渡すと大勢の人たちで溢れかえっている。身なりがいいから恐らく領主や下級貴族など金持ちが集まっているんだろう。





「では10万ジェルからスタート!!」

「50万出すぞ!!」

「いや60万ジェル!!」

「80万!!」



 次々と貴族たちが札を上げて私を買おうと躍起になっている。



 私は買われる。この会場にいる誰かに……

 そして、きっと抱かれる。私の気持ちなんて無視して自分の欲望のままに。



 想像しただけで酷い嫌悪感に襲われて思わず吐きそうになった。

 嫌だ嫌だ嫌だ……お願い、お願い……私をそんな目で見ないで……見ないで、私をそんな目で見ないで……!!



 いつもいつも魔族に殺されて、意味も分からず記憶を継いだまま転生して、この苦しみを誰かに理解してもらえずに、ただ殺されていく。

 そして今回も、こうして奴隷として貴族に買われて人として扱われることなく、モノのように嬲られて欲の捌け口として抱かれて死んでいく。

 それなら、それなら、いっそのこと……



 唇を少し出して思いっきり噛み切ろうとした瞬間。ガシャン、とガラスの壊れる音がした。



「なんだ!?何の音だ!?」

 音の近くで客たちが騒ぎ出した。



「おいっ!!誰か確認し……ぐふっ!!!!」



 そう命令していた男の声が途中で途切れる。一瞬、静寂に包まれるが上の方から何かが落ちてきた。

 ごろん、と足元に転がってきたのは舌をだらりと出した血塗れの男の首だった。



「ひ、うわああああああああああ!!!!」

 ステージに転がってきたグロテスクな生首に司会の男が恐怖で叫んだ。



 真っ暗で一体何が起きたのか分からない。……分からないけど、この感覚を知ってる。だって何度も何度も彼に会ってきたんだから。

 目が慣れてきてぼんやりとこの騒ぎの元凶の姿が見えてくる。痩せ細った体から何かが意思を持っているかのように蠢き、動いている。人間ではない。そう、あれは……



「ま、ま、魔族だあああああああああ!!!!」

 1人の叫び声により会場はパニックに陥ってしまった。逃げ惑う人々の悲鳴と足音で会場が揺れ響く。私を掴んでいた司会の男も腰を抜かしてステージの上で転がり震える足で逃げていた。



 私は逃げることも出来ずにただそこに佇んでいた。



 ……どうして、あの魔族がここに?

 そう思ったと同時にゾクリと背筋が凍った。遠くからでも分かる。彼に見られている。彼が私を見ている。

 暗闇にいるのに彼の目だけが怪しく光を放っている。その隻眼がゆらっと細められる。



『よ う や く 見 つ け た』

 そう耳元で囁かれたような気がした。



 今まで僅かに考えていた可能性が頭をよぎる。考えて、でもありえない、そんなはずない、と否定してきていたこと。否定して、そう願っていたこと。



 無差別に女を捕まえているんじゃない。あの魔族は『私』を狙っている、と。





 魔族はゆっくりとリビアンの元へと歩みを進める。護衛や警備の男たちが応戦するが魔族は表情も変えずにあっという間に殺していく。まるで道端に生えている雑草を踏みつぶすかのように何の感情もなく人を殺していく。





 パァァァンッッ!!

 そんな音が聞こえたかと思えば、胸に鋭く熱い痛みが走った。



「…………え?」

 コホッ……と口から血が溢れだす。自分の胸を見ればじわじわと赤い血が広がっていた。



「お前がっ!!お前があの魔族をおびき寄せたのか!!」

 司会の男が震えたまま銃を持っていた。

「くそっ!!せっかく上手くいっていたのに!!お前がハッ……!!」

 男が言い切る前に彼の首はいつの間にか消えて宙を舞っていた。



 ヒュー、ヒュー、と空気が漏れる音が聞こえる。あぁ、もう助からないな、と他人事のようにリビアンはそう悟った。

(今度はあの魔族に殺されなかったけど、似たようなものかな……)

 そう思った時には既に体に力が入らなくなり、その場に倒れこんでしまった。



 そんな倒れたリビアンの姿を見て、魔族の動きが止まった。



「あ、ああ、ア、アああアア、あああああああああああああああああああああああ!!!!」

 咆哮とも思うような耳が破裂しそうな程の叫び声が会場に響き渡る。そして一瞬にして近くにいた男たちの体が消えていた。



 彼の身体から無数の鎖が現れ、まるで生きているかのように四方八方に動き回り、会場にいる者たちを貫き、引き裂いていく。ぐちゃぐちゃに切り裂き、人間が簡単にただの肉塊へと変わり果てていく。



 霞んでいく視界の中、見たのは夥しい数の死体と血の海と化した会場。そして、その中央で体中に血を浴びた魔族が佇んでいた。



 ユラユラと覚束ない足取りで近づいてくる。もう死ぬと分かっているからだろうか、彼から逃げようとも思わなかった。

 鮮血の中で横たわるリビアンの元へ来ると、魔族はそのまま力を失った体を抱き上げた。



 視力をほとんど失い、彼の顔は見えない。あの醜い容姿でまた乞うのだろうか。人殺しの癖に、魔族の癖に。



「死ぬのカ……」

 そんな声が聞こえて思わず笑みが零れてしまった。

 ……私を殺す癖に、誰かに殺されるのは嫌なの?本当に傲慢で身勝手な男だ。

 まさか魔族相手に笑うなんて思っていなかったが、何故か死ぬと分かっているのにリビアンは怖いとは思わなかった。



「どうせ、……また、会うで、しょ……」

 最期にその言葉を紡いでリビアンの意識は闇の中へ消えた。この時、初めてリビアンはあの魔族に恐怖以外の感情を抱いたまま息絶えた。

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