蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

文字の大きさ
11 / 117
一章

2 母の裏切り

しおりを挟む
「私は吾宸子あしんす宇津僚真祈うつのつかさまき。よろしく、鎮神しずか

 不気味なまでに均整のとれすぎた姿は、紫色の大きな瞳と朗らかな口調で、無機質な印象を打ち消している。
 真祈と名乗ったその人は、鎮神の傍らにしゃがむと、鎮神を観察するかのように鼻や前髪が擦れるほど顔を近付けてくる。
 麝香の香りは、真祈の体から放たれていたようだった。

 鎮神は布団を蹴って、壁まで退る。
「ここはどこなんですか……? ちょっと状況がよく分からないんですけど……」
「実は私も今しがた仕事を終えたばかりで、よく状況が分かってないんですよね」
 真祈は、与半よはんと宮守に振り向く。
 そのなりで仕事しているのかとか、今自分がどこに居るのかすら把握していないおれと困惑の程度を一緒にするなとか、色々思うことはあるが整理できない。

「しかし察するに、少々手荒なやり方で連れてくることにしたようですね」
「はい、玖美様が、その方がやりやすいだろうと仰るものですから」 
真祈と与半の会話の意味を受け入れかねているうちに、真祈に手を引かれた。
「喉渇いたでしょう。客間にいらして、ゆっくり話しましょう」

 確かに、夏の暑さの中で何時間も眠りこけていた体は、汗に湿り、その代わりに内側の水分を失っていた。
 真祈の言葉を聞くなり、与半は立ち上がって小走りに部屋を出て行った。
 そろそろと立ち上がると、真祈がよろめく身体を支えてくれた。

 鎮神が寝かされていたのは、二階だったらしい。襖には淡く色付けされた花鳥が描かれているが、それでも建物そのものの陰気さは拭えない。
 部屋には小窓しか無かったが、廊下には大きな窓があり、そこから見える空は青白い早朝のものだった。

 最後の記憶が昼過ぎということは、昨日の夕方や夜は丸々眠りこけていたことになる。
 高い庭木と深い朝霧が邪魔して外の景色はよく見えないが、畔連べつれ町では聞こえるはずのない海鳴りが微かに大気を震わせた。

「本当にここはどこなんですか……おれ、攫われて……」
 強い語調で真祈に迫ろうとするが、咳き込んでしまう。
「無理に喋らないで。お茶を御用意させますから、そこで落ち着いて話しましょう」
 真祈はおっとりと言うが、どこか感覚がずれている。
 鎮神の恐怖や焦りは真祈には一切伝わっていないようだった。

 階段を降りると左手に玄関、右手に続く廊下の先に客間があった。
 古く広い、風雅な日本家屋といったところだ。
 客間は二階よりもさらに豪華な造りで、出入口は色つきの硝子障子、中庭と前庭に向けて大きく開かれた窓があり、シックな調度品がレトロかつ爽やかな雰囲気だ。
 中庭には花園と、池に浮かぶ東屋がある。
 澄んだ美しい庭だが、コの字型の家屋に囲まれており、縦線の部分が東側で太陽を背にしているせいで水底に居るのかと思わせるほど薄暗い。
 
 二人はテーブルを挟んで、ゴブラン生地のソファに向かい合う形で座った。
 すぐに小太りの中年女性がお茶を置いて出て行った。
 先ほど走って行った与半から、真祈が茶を御所望だ、とでも伝言を受けて用意したのだろう。
「遠慮せずに飲んでください」
 そう言って自身も優雅に茶を飲む真祈を、鎮神は睨みつけた。
「馬鹿にしないでください。
 おれは畔連町のアパートに居たはずなのに、いつの間にかここにいた。貴方たちに攫われたと言ってもいいんですよ。
 このお茶だって、何が入っているんだか……」
 すると真祈は鎮神の側に置かれたコップを手に取り、口を付ける。
 確実に中身の減ったコップが再び鎮神の手元に返ってきた。
「毒なら入ってませんよ。これには、ね」
 そこまでされては仕方なく、鎮神も喉を潤した。
 それを見届けてから真祈が喋りだす。

「改めまして、私は宇津僚真祈。
 ここ二ツ河島ふたつがわじまで、吾宸子……まあ、祭司のようなことをしております」
「二ツ河島……って、あのオカルトの!?」
「あ、ご存じでしたか?」
 真祈がくだけた感じで笑うと、髪の放つ光がその形を変える。

 見惚れると同時に、まずった、とも思った。情報源である翔のことは、彼女には隠しておいた方がいいかもしれない。さもないと、翔にるいが及びかねない。
 
 しかし二ツ河島とは、畔連町からはずいぶん離れた所まで連れて来られてしまった。眠っている間は丸々移動させられていたのだろう。
 そしてやはり、母のメモはこのことと関係がある。

「えっと……たぶん知ってると思うけど、おれは諏訪部鎮神です」
「ええ、存じ上げています。
 私が鷲本と宮守に、貴方を二ツ河島まで連れてくるよう命じました。
 彼らも二ツ河島の住人なのです。
 そこから先のことは彼らに丸投げしていたので私もよく知らないのですが……鎮神はどこまで自分にあったことを理解しているのですか」
「昼飯を食べてからすぐ、眠たくなって、目覚めたらここに居た。それだけです!」
「では睡眠薬を盛られたのでしょう。
 玖美さんは、こちらの事情を話したところで鎮神がおとなしく二ツ河島へ来てくれるとは考えなかったということです」
「母がおれに薬を盛ったって言うんですか……!」

 頭の中に浮かんだのはメモのことだ。
 とても信じたくはないが、一時に鷲本、宮守と待ち合わせて、睡眠薬で眠らせた鎮神をナンバーが777の黒い車で二ツ河島まで運ぶ――そういう意味なのだろう。

 久々に母の手料理を食べて、自分が作るのとは異なりやや濃い目の味付けを懐かしんでいた十数時間前の心が、一気にひび割れていく。

「では、まず関係性の説明から。
 鎮神、貴方と私は異母きょうだいなのです。
 私はあなたの父親とその本妻の間の子」
 真祈のアレキサンドライトのように光る髪は異様だが、ベースは同じ銀髪だった。
 父の血から受け継いだそれが、何よりの証拠なのだ。

「私と鎮神の父、淳一は既に故人です。淳一の血を引くのはこの世に私たち二人だけ」
 自信に満ちた瞳。輝く髪。朗らかな声。なにもかもが眩しい。

「今更おれを探し出して、どういうつもりですか?
 父は亡くなってるって言いましたよね……おれに遺産を奪われたいんですか?
 それとも、罪滅ぼしでもしたくなりました?」
「遺産を奪い合う必要も、貴方に贖罪しょくざいする義理も、私にはありません。私と鎮神は夫婦となるのですから」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...