蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

文字の大きさ
58 / 117
五章

7 有沙を取り込む闇

しおりを挟む
「有沙様、少しお頼みしてよろしいでしょうか」
 田村が有沙のがさつさを注意することはあっても、有沙に頼み事をしてくるなど前例が無い。
 面倒の予感しかしなかった。

「手短にな。引き受けるかどうかは聞いてから決める」

 そして田村が告げた頼み事というのは、妙なものだった。
「艶子様が何やら悩んでおられるようなので、有沙様から事情を訊いていただけないかと」

 有沙は首を傾げる。
「そうか? そうは見えなかったけど」
「それは有沙様が、
 朝は全く起きて来ないうえに自室に籠るか釣りに行くかのほぼ二択のために艶子様と生活リズムが大きく異なることと、
 単に鈍感だからでしょう」
「言ってくれるな、あんたも……。
 で、いつ頃から様子がおかしいんだ?」
要らぬ舌戦が始まりそうになったので、落ち着いて軌道修正する。
「一昨日です」
「ふーん……でも何で私に振るかな」
「私がお仕えする家の内情に立ち入るわけにはいきませんので」

 確かに、悩みの相談に真祈まきほど不向きな者もいないだろう。
 鎮神しずかは優しさでは申し分ないが、頼りない。
 
 なら、深夜美は――と考えて、有沙は気付いた。
「まさか、艶子さんの悩みの種が深夜美さんじゃないかって、目星つけてるのか?」

 それについて田村はノーコメントだった。
 つまり、そういうことらしい。
 だとすればなんで私がババアとそのツバメの痴話喧嘩に口出しせねばならんのか、と脱力感を覚える。

「ま、気が向けば訊いといてやるよ」
適当に返事をして田村を納得させたが、約束通りに動く気など無かった。


 ただ、一度聞かされてしまうと、鈍感な有沙でも艶子の異常を感じずにはいられなかった。
 誰とも目を合わせようとせず、発言に妙な間がある。
 まるで失言を恐れているかのようだ。
 しかし深夜美を全く無視しているわけではない。
 むしろその視線は、真祈を避けているように見えた。

 有沙は内心、その光景を嘲笑った。
 一族だけで血を繋ぎ、多くの屍の上に成る家には様々な因縁が渦巻いている。
 ここでは悲しみに囚われ、血の業に圧し潰された者が敗者だ。
 その点、真祈はいい性格をしていると言える。

 いつも以上に異様な空気の中、五人の家人は黙って夕餉ゆうげを食べ進める。
 鎮神がちらちらと、艶子と深夜美、そして真祈の間を困ったように見渡しているのが、癇に障った。


 その夜は珍しく寝つきが悪かった。
 看護士の手が鉈を振るう光景が、闇に煙る襖をスクリーンにして展開する。
 その白刃の先には、有沙の両親が居た。

 両親は、殺されても仕方ないような異常な島に喧嘩を売って、負けた。
 自分がこの島に縛り付けられていることも含めて、有沙はそれを当然の末路だと納得している。
 両親は異常な信仰を持ってはいたが、有沙のことを心から愛していた。
 その娘が敵地で生きながらえて灰色の日々を送っているというのは、両親の魂を最も苦しめるに違いない。
 きっとその罰のために自分の命はある。
 だから夢も希望も無く惰眠を貪って時々趣味に興じる、生きていても死んでいても同じようなこの生活を受け入れている。

 鎮神だって、二ツ河島に関わって人生を狂わされたはずだ。
 宇津僚うつのつかさ家に利用され、実母に裏切られ、憎悪さえ抱いていてもおかしくはない。
 なのに彼は馬鹿みたいに、宇津僚の連中に優しく接する。
 有沙のように運命を受け入れる潔さがあるわけでもなく、時折うじうじと考え込む。
 理解出来ないし、そんな弱い気持ちを知りたいとも思えなかった。



 なんてことはない、少しぎすぎすした一日が終わって、また同じような朝が来る。
 食堂に下りると、吾宸子あしんすの勤めから帰って来たばかりの真祈と、ただ駄弁っていたらしき鎮神が居た。

 有沙の姿を認めるなり真祈は寄って来る。
「有沙、手を見せてくれますか」
真祈がろくな説明も無いまま話を進めてくるのはいつものことだ。
 悪意が無いことは分かっているので、言われた通りに手を差し出してやる。
 真祈は掌をしばらく見た後、感心した様子で呟いた。
「掌の皴が深いですね、さすが有沙」
「だったら何なんだ」
「手相占いでは線の濃さも性格に関係があって、濃いほどきっぱりした人柄なのだと鎮神が教えてくれたのです」
「馬鹿らしい。
 私は釣りでよく手先使ってるんだから、そりゃそうもなるだろ」
「鎮神だってお裁縫で手を動かしていますが、ここまでではありませんよ」
 奥で鎮神が、いかにも気弱そうにはにかんでいる。
 呆れているうちに真祈は食堂を出て行ってしまい、有沙は鎮神と二人きりになった。

「あの、何か飲みますか」
 そう鎮神が訊いてきたのを無視して、彼の向かいに座った。
 スリッパを脱いで椅子に片足を上げ、楽な姿勢で鎮神を見下ろす。
「あんたは、真祈のこと好きか? 
 あ、別になよっちい話がしたい訳じゃねえから、勘違いすんなよ」
 有沙が言うと鎮神は明らかに動揺した。
 それだけで返答は終わったようなものだが、一応弁解を聞いてやる。
「結婚させられて何か変わったって訳でもないし、恋かどうかは微妙なんですけど……
 真祈さんと一緒に居て楽しいって、今は本心から思ってます」

「ふーん、だいたい分かった。
 あんたは恋とか家族とかにちょっと夢見すぎだな」
 やっと、鎮神を見ていると呆れ、苛立つ理由が分かった気がした。

「それって、どういう……」
「前にも言っただろう。この島は異常だ。
 神なんて居もしないものに振り回されて、人を殺すわ攫うわ……あんたもそうやってこの島に連れて来られたはずだ。
 なのに真祈に情でも湧いたのか知らねえけど、宇津僚の連中ににこにこへりくだりやがって、馬鹿みてえ。
 そうまでして家族って名のつくものに囲まれて居たいのかよ」
 説教してやるつもりはない。
 ただの悪態だったが、鎮神はおとなしく聞いていた。
 悪態を吐かれて黙っているところも嫌いだ。

 お菓子でもかっぱらって部屋に戻ろう、と立ち上がりかけた時、鎮神が口を開いた。
「有沙さんの言う通りかも。
 おれ、母さんと父さんが真剣に恋して生まれた子どもでありたかったのに結局そうじゃなかったみたいだし、母さんには利用されるし……
 だから平和な家庭を無いもの強請りしちゃってるのかもしれないです。
 でも、それでもいいかなって思ってます。
 自己と世界に問いを繰り返す姿は美しいって、真祈さんが言ってくれたから」

 他人に気を遣いすぎて痛い目を見たのは事実だから、それは反省してますけど、と付け加えながら笑う。

 数千年に及ぶ空磯からいそへの妄執で歪み切った一族に、理想の愛を見出そうとするなど、こいつは意外と自分勝手なのかもしれない。
 共感は出来なくても、彼の本心が分かれば十分だった。
 くだらないが、まだ落ち込んでいる艶子の所に行って、痴話喧嘩の一つでも仲裁してやるか、と思った――鎮神が夢見ている、平和な家庭とやらを守るために。

 そして有沙は初めて、艶子の部屋に自分から足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...