蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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六章

4 有沙の遺した物、開戦

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 ダークブルーと黒のストライプのシャツの上に、黒いネクタイとベスト。
 少し折り返して紫の裏地を出した七分丈のズボンに、いくつかの刺々しいシルバーアクセサリー。
 紫のグラスを軽く引いてメイクを完成させ、ショートブーツを履いて、鎮神しずかは庭に出る。

 暫く日陰で待っていると、いつもの法衣を着た真祈まきが、詩祈うたき山から戻って来た。

 鎮神は朝から真祈に、吾宸子あしんすの仕事が終わったら深夜美みやびが外出していることを確認して、路加ろかと会うのに付いて来てほしい、と言われていた。
 路加には有沙の死について調べてもらっていたはずだ。


 いつも通りのほほんとした顔の真祈に従って、鎮神は歩き出す。
 無言のまま辿り着いたのは、有沙が死んだ雑木林であった。

 少し分け入るとそこには、既に路加が来ていた。
「お忙しいのに頼み事を引き受けてくれてありがとうございます。
 早速ですが例のものを」
 真祈が言うと、挨拶もそこそこに、路加は林の地図を広げた。
 
 目印になる木や沼地の間隙を縫う赤い線。
 これが、血液を酸に変える攻撃を受けてから息絶えるまで、有沙が想像を絶する痛みと共に這った道だ。
 その道筋は、助けを求めて真っ直ぐ道路へ出て行くのではなく、不自然に迂回していた。
 
 調べ上げた路加も、その結果に困惑している。

「お二人は、有沙の遺体の口の中に大量の木片が刺さっていたのを覚えていますか」
 真祈に言われ、鎮神と路加は頷く。
「あの木が何か調べてみたのですが、どうやらあれは赤松という樹だったようです」

 赤松。
 鎮神の脳裏を、赤い瞳の少年の沈んだ面持ちが、赤い瞳の男の笑顔が掠めた。

「有沙が倒れていた近くは陰樹の林で、日光を好む赤松は生えていない。
 路加さんが調べてくれた彼女の移動経路の中途にやっと、大木が枯死して出来たギャップの中に育ったであろう若い赤松の樹を見ることが出来る。
 痛みを紛らわせるための木切れなら迂回せずとも手に入るはず。
 有沙は釣りのためにこの林によく来ていたようですから、自身を襲った犯人を伝えるためにわざわざ迂回して赤松を口に含んだのでは……と」

「じゃあ深夜美さんが超能力者で、有沙さんを殺した犯人だと言うんですか!?」
 路加は喚く。
 それに対して真祈は首を傾げた。
「違うのですか?」
「いえ……それは分かりませんが……
 あんな優しそうな人が、有沙さんを……そんなの、信じ難いです。
 深夜美さんが有沙さんに対して何の恨みがあったんですか」
「分かりません。誰でも良かったんじゃないですか」
「誰でもって……!」
 行き場のない怒りのまま路加は叫ぶ。
 黙って聴いている鎮神も混乱で茹だる頭を抱えた。

「鎮神が深夜美さんについて不審な点を挙げてくれました。
 彼の性格が御母堂の死を境に変化したことから、深夜美さんは単に安住の地を得るために二ツ河ふたつがわ島に来たのではなく、何らかの目的を持ち戦うために戻って来たのではないかという仮説を得た。
 血液を酸に変えるという強力な能力を持ちながら、始めに心臓や脳を潰すのではなく、足からゆっくりと溶かしていくという、一見ふざけたような手口にも心当たりがある。
 私は深夜美さんを信仰を脅かす存在と断定し、抹消します」
 そう言うと真祈は法衣を翻し、林を出て行く方向へ歩き出した。

「鎮神、深夜美さんは士師宮さんのお宅にいると言いましたね」
「そう聞いています」
「路加さん、車で士師宮さんの家まで送ってもらえますか? 
 説明は移動中にいたします」
「……分かりました」
 鎮神と路加も、真祈の後を追う。
 
 深夜美が有沙を殺した。そして真祈が、深夜美を殺す。
 まだ実感が湧かず、鎮神の脚は何度も萎えかけた。
 しかし鎮神が立ち止まっても、真祈は気にせず進んでいくだろう。

 真祈の辿る神話を見届けると、存在を許されたあの夜、誓ったのだ。
 自身を奮い立たせ、鎮神は歩幅を広げて腐葉土を踏みしめた。
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