蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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六章

6 士師宮家の惨劇

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深夜美みやびさんの正体……いえ、赤松一族の正体は、おそらくアサルルヒです」

 路加が運転する車の後部座席で、真祈まきが語りはじめる。
 その隣に座っていた鎮神しずかは、以前真祈が語った二ツ河ふたつがわ島の神話の記憶を手繰り寄せた。

「アサルルヒって、人の恨みを用いてルルーの民に進化する生物でしたっけ」
 つまり深夜美は、人間ではないうえに、宇津僚うつのつかさ家とは神代からの因縁がある存在ということになる。


「ルルーの民に変化しきっていなかったために神の鎗から逃れることができたアサルルヒが本土へ渡り、
黒頭たちに雑じって暮らすうちに、変温から恒温に、卵生から胎生に変化して周囲と適応したものが赤松家だと思います。
 彼らの生物的特性は、呪いを身体に蓄積して力とすること。
 そして呪いの素は他者が彼らに向ける負の感情。
 アサルルヒが黒頭の恨みを用いてルルーの民に進化するというのもそういう原理です。
 あえて急所を外し、じっくりと嬲るような殺害方法は、深夜美さんができるだけ多くの恐怖や憎しみを有沙から抽出して呪力を得ようとしていたからだと考えられます」


「……私は結構信心深い方だと自負していたのですが、奴らが呪いを身体に蓄積するとかいうのは、初めて聞きましたね」
 少し不満を滲ませながら路加ろかは言うが、幸か不幸か、真祈にその機微は伝わらない。

 どうして今まで言わなかったんですか、と鎮神が小声で促すと、真祈はやっと答えた。
「それは私が神殿の古代文字を解読して判明した、口伝では失われていた情報ですから、私以外が知らないのは当然です」
 悪びれもせず言われると、路加は引くしかなかった。
 真祈から見れば路加は罪人の末裔であり、信用に値しない黒頭でしかないのだ、と諦観する。

「呪いを集めれば集めるほど彼らは成長し、いずれルルーの民となる。
 深夜美さんの超能力は酸を操るものだけだとは思わない方がいい」
「複数の超能力を持ってるってことですか!?
 カルーの民が持つウトゥの加護は一人一つなのに……! 
 勝ち目なんてあるんですか」
 今度は鎮神が焦りだす。

 人智を超えたものに立ち向かうならば、鎮神たちも同様に人ならざる力を振るわねばならないだろう。
 しかし鎮神にあるのは、自らと人間の社会との間に膜を張り続けた異形の証、何の役にもたたない念動能力だけだ。
 久々に死が身近に感じられて、癒えたはずの首筋がちりちりと痛む。

「カルーの民はルルーの民よりも頑丈に造られた生き物です。
 我々の血には、ある程度ルルーの民の呪術を弱体化できる力が備わっている。
 神々が埋め込んだ『メ』がそうさせるのです。
 それに、これは研究の過程で浮上した仮説ですが……ウトゥ神の加護もルルーの民の呪術も、術者の願望や資質、性格の類が発現する超能力に反映されているのではないかと思うのです」

もう少し分かりやすく説明しましょう、と真祈は続ける。

「神殿から発見された伝説の中に、こんなものがありました。
 ソトのとある村が不作に見舞われ、一人の村人が二ツ河島へやって来た。
 彼は宇津僚家への謁見を求め、それが叶うといきなり宇津僚家の者に斬りかかって流れた血を呑んだ。
 村人は食物を生み出す力を得たが、島を脱出することはなく始末された、と。
 おそらくこのような事件があったために、加護と願望の関係性は秘匿され、やがて忘れ去られたのでしょう。
 つまり、深夜美さんの人物像や目的から、発現する超能力を予想できるかもしれません。
 例えば、鎮神が言うように笑顔で本性を覆い隠しているというのなら……幻惑の類が発現しているかも。
 鎮神はどう見ますか」
「深夜美さんって妙なカリスマがあるから……洗脳とか出来てもおかしくないかも」
「大いに有り得ますね。
 いくら神からメを与えられたカルーの民とはいえ、精神的動揺があればそれにつけこまれて呪いを浴びるかもしれません。
 実際に伝わるカルーの民とルルーの民の大戦は一進一退だったとされていますから、こちらのワンサイドゲームとはいかないはずです。
 しかし、こうして相手の出方を予想して身構えていれば、防げる攻撃もあるでしょう。
 くれぐれも、気持ちで負けないように」


 おそらく慰めるつもりなど毛頭ないのだろうが、今は真祈のそんな態度が、横顔が、救いだった。
 己に降りかかった異常でしかなかった真祈が、日常の象徴として隣に居る。
 
 鎮神は一度深呼吸をすると、肩にかかる髪を振り払ってから窓の外を見た。
 士師宮ししみや家の和洋折衷の外観がすぐ近くまで来ている。


 高くなった日射しの下、仕事を終えた漁師たちが家に帰ったり食事処へ向かったりしているのを何人か追い抜いてから、車は士師宮家の庭に乗り入れる。

 ブレーキのかかりきらないうちからドアを半ば開いて家屋を見据えると、真祈は指示を出す。
「路加さんはここに残っていてください。
 鎮神は一緒に来て、背後を守ってくれますか」


 路加を車に残し、鎮神と真祈は士師宮家へ突入していく。
 田舎特有の緩さなのだろう、当然のように施錠はされていなかった。

 まずは一階で、真祈が階段を見張りながらそこから見渡せる風呂やトイレ、物置などの範囲を、鎮神はアトリエのある奥を家探しする。
 以前訪れたときには穏やかで仲の良さげな家族が迎えてくれたキッチンは、外から差す昼の光を受け入れず、濁った水底のような暗緑色に沈んでいる。
 
 足音を殺しながらアトリエに忍び込むと、よく知った顔が出迎えた。
 しかしそれを本物と見紛うことは無かった。
 本物というにはあまりに凄味に欠ける、万華鏡のように複雑な彼の表情のほんの上澄みかのような、上手いだけの絵画。
 以前見たまどかの絵にはもっと迫力があった。
 これが、庄司が描いたという深夜美の肖像なのだろう。

 奥が無人であることを確認した鎮神は、真祈の元へ戻る。
 真祈の目は既に、階段の先を見つめていた。
「風呂場からはまだ仄かに湯気が感じられ、足拭きマットも湿っていた。
 何か起こっていたとしても、それほど時間は経っていないはずです」
 そう呟くと、真祈は迷いなく階段を上っていく。


 鎮神もその後を追い、二階へ辿り着くと即座に異常を悟った。
 四つ並んだドアのうち一つが溶け、朽ちている。
 木は毛羽立ち、金属は錆に覆われている。
 ならば、中に居た人は――。

 恐怖よりも、自分を救ってくれた団の安否を案じる気持ちが先立ち、鎮神は真祈の隣に並ぶと同時に部屋へ踏み込んだ。

 災厄の天使が蝗の群れと共に通り過ぎた後というのはこんな光景なのだろうか、と思わずにはいられない腐食した空間。
 その中で、団だけが、多少火傷をしているものの人の形を保ったまま倒れていた。

 駆け寄ろうとして、真祈に止められる。
 半歩踏み出した足が水音を立てた。

 赤い粘液が腐った床板をふやかしている。
 慌てて下がると、今度は靴の下で砂利を踏んだような音が鳴る。
 見下ろすと、それは白化した珊瑚のような物体であった。
 表面が溶けかかって、やけにすべすべしている。
 鎮神はこれと似たようなものを見たことがあった。
 有沙の骨だ。

「っ……血と骨……まさか、団さんのご両親の……!」
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