蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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六章

10 炎の壁、繰り出される刃

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 深夜美みやびが完全に車内に封じられたのを見届けて、鎮神しずかと、まどかを担いだ真祈まきは一階へ下りて来た。
 その頃には、宇宙のような色に染まっていた真祈の身体は、元に戻っていた。
 
 このまま庭へ出て、深夜美を始末するのだ。


 突如、何かが窓を突き破って飛び込んで来た。

 まず一つ。
 それが何か脳が認識しきる前に、雹が横殴りに降ってきたかのように次々と硝子が割られ、投げ入れられたものが屋内に蓄積していく。

 ――石に括りつけられた、穴の穿たれたカセットガスボンベだ。


 真祈に無言で強く手を引かれ、四方をガスで囲まれる中、唯一外気へ通じている二階部分へ駆け上る。

 これから起こることを想像すれば奥へ逃げるのは悪手であったが、他に方法も無かった。

 空の下に出た途端、背後で爆発が起こり、足元が崩れた。
 衝撃で二階の床が抜け、三人は燃え盛る瓦礫の中に叩き落される。

 爆心での直撃は免れたものの、落ちた先は炎の只中だ。

 黒煙に目や気道を潰されながら鎮神が必死に問いかける。
「真祈さん、さっきみたいに建物を吹っ飛ばせないんですか……!」
「私の雷は精密性に欠ける。
 雷が周囲に着火したり、瓦礫の摩擦でガスに引火したりすれば、今度こそ爆発に巻き込まれ――」
 真祈はそこまで言いかけて、咄嗟に腕を振り上げる。

 充満する黒煙の中からもりが出て来て真祈の手を強かに打ち据えた。
 銛の根元を目で追えば、一面の黒と赤から田村の姿が微かに覗いた。
 長年宇津僚うつのつかさ家に仕えるハウスキーパーである彼女がなぜここに居て、真祈に刃を向けてくるのか。

 鎮神は何も言えず、呆然としていた。
 自身に向かって繰り出された銛の柄を冷静に掴み返した真祈も、訝しむように田村を睨めつけている。


「赤松深夜美は、人を洗脳し、操ることができる……
 もちろん、宇津僚真祈と宇津僚鎮神を殺せ、という細かい命令を言い含めることも出来る」
 田村の口から出るのはおそらく、彼女を操る本人からの言伝だ。

 呪いに心を塗りつぶされて、ただ命令を遂行するために炎の中を潜ってきたのだ。
 肌は焼け焦げ、水疱が生じては弾け、じくじくと爛れていく。

「酷い……田村さんにこんなことさせるなんて」
 鎮神が見えない深夜美に向かって吐き捨てると、熱で揺らぐ空気のせいか、それとも笑みを浮かべたのか、田村の口許が歪んだ。
「私の呪術には、対象が心の底から拒んでいることを強制する力は無い。
 つまり今お前たちに襲い掛かる者は皆、心のどこかで宇津僚家を憎むなり妬むなりしていた負の感情を私に引き出されたに過ぎない! 
 この田村も、お前たちの財力に嫉妬を抱いていた一人だ」
 田村の口を借り、深夜美が哄笑する。

 鎮神の腕を背後から絡めとるものがあった。
 何人もの島民が心のたがを外され、増幅された殺意を向けてくる。
 
 田村は狂ったように叫んだ。
「宇津僚家に伸べられ絡み合う憎悪の糸……包まれて果てろ、カルーの……」
 何の前触れも無く、腕から胸にかけて田村の身体が内側から裂ける。

 真祈が掴んでいた銛に雷を流し込み感電させたのだ。

 一人を沈黙させたところで、相手は数で勝る上に、炎の壁は厚い。
 
 じりじりと追い詰められ、誰かの手に握られていた刃物が鎮神の腹に突き刺さるまで、そう時間はかからなかった。
 痛みと虚脱感に、鎮神は膝を折る。

 法衣の裾を千切って、鎮神の止血をしようと駆け出した真祈は、島民たちによって遮られる。
 そしてその中には鷲本与半よはんも居た。

 真祈の受ける加護も、恵まれた体躯も凶刃の前には無意味で、均整のとれた乳白色の肉体は切り刻まれて赤黒く染め上げられていく。
 それを惜しいとも思わず、ただその血族の使命を果たす遺伝子のためだけに真祈は歩みを止めず、挑みかかる目つきを崩さない。

 負の感情の無い真祈が、この状況に何を思ったのかは分からない。
 ただその筋肉は、確かに顔面に笑みを形作った。
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