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「おや、こんなところに可愛いスナギツネが紛れ込んでいるね?」

 予想通り、リュシエルが姿を表した途端、ハージェスはすぐさま彼女をからかった。途端に、彼に追従する若い貴族たちがくすくすと嫌な笑みを漏らす。

「……ごきげんよう、ハージェス様」

 苛立ちをグッと堪えて無理に笑顔を作れば、「おや? 目はどこに行ってしまったのかな? 細すぎて見えないね」などとさらに追い討ちをかけてくる。彼のタチの悪いところは、兄のエドガーや、リュシエルの両親が見ていないところでこういうことを言ってくる点だ。そういう狡猾さもまたリュシエルを苛立たせていた。黙っていれば見た目はいいのに、性格はほんと最低! と、心の中で毒づく。

「おねえさま、スナギツネってなあに?」
「とっても可愛い狐さんのことよ」
「そうさ。可愛すぎて図鑑で見た時は、すぐにリュシエルのことを思い出してしまったよ」

 ハージェスがそう言うと、周りがどっと笑った。リュシエルは心底うんざりしつつ、アンジェラの手を握る。

「ハージェス殿下、妹のお腹が空いているようなので、何か食べさせてきます。また後でお会いしましょう」
「ああ、そうだな。私も君に話がある。また後で会おうじゃないか」

 できれば二度と会いたくない。そんな本音は飲み込んで、リュシエルはアンジェラを連れてその場を離れた。幼い妹には、できるだけハージェスとその取り巻きには近寄らせたくなかった。

 アンジェラを気遣いながらその場から離れると、リュシエルたちを探していたかのように、一人の人物が足速に近づいてくる。その人物の顔を見て、リュシエルはホッと息をついた。

「リュシー、大丈夫か? また兄に何か言われていただろう」

 しかめ面でリュシエルのことを愛称で呼んだのは、ハージェスの弟であり、第二王子であるクロードだった。王譲りの金髪で、どこか軟派な雰囲気が漂うハージェスとは対照的に、クロードは王妃譲りの黒髪で、その目元はともすれば冷たいとも勘違いされがちな硬質な美貌を持った王子だ。

「お気遣いありがとうございます。いつものことなので、もう慣れてしまいました」

 軽くため息をつきながら答えると、「全く、ハージェスのやつ……」とクロードが文句を言っているのが聞こえた。

 ハージェスとクロード、そして兄のエドガーとリュシエルの四人は幼馴染だった。リュシエルたちの父、ベクレル侯爵が王の側近であるため、幼い頃より交流を持たされていたのだ。やがて大きくなり、兄のクロードはハージェスの側近に、リュシエルはハージェスの婚約者に収まったのだが……。

「兄は昔から軽薄なところがあったが、最近は特にひどい。今日はもう、私から離れない方がいい」
「ありがとうございます、クロード様」

 リュシエルは嬉しくなって微笑んだ。

 リュシエルにとって風当たりが強いこの社交界の中で、唯一クロード王子だけはいつも彼女の味方をしてくれていた。彼は決してリュシエルの外見をからかわなかったし、リュシエルの悪口を言うものがいれば、例えそれが実の兄でもきつく注意してくれた。そのせいで近年、ハージェスとクロードの関係がやや拗れ始めてしまっており、リュシエルは罪悪感を感じていたが、それでもありがたかった。彼以外に、ハージェスに注意できる貴族はいないからだ。

(ああ……クロード様が婚約者だったら、どんなに良かったことか)

 アンジェラの遊び相手になってくれているクロードを見ながら、ついそんなことを考えてしまう。
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