5 / 18
05
しおりを挟む
(……そういえば、国王陛下はずっと反対していらしたわ……)
実は、リュシエルとハージェスの婚約破棄の話が出たのはこれが初めてではない。過去には一度、ベクレル侯爵家から、そしてハージェスからは何度も国王に婚約破棄の希望が伝えられているのだが、普段ハージェスに甘い国王も、なぜかこの件に関してはがんとして首を縦に振らなかったのだ。そのためハージェスとモルガナも、強引に妊娠という手段をとることにしたのだろう。
「それ、は……。いや、しかし、彼女のお腹には子供がいるんだぞ? 他ならぬ私の子だ! 聞けば、お前とは手すら繋いだことのない、清い仲だったのだろう!?」
「そうだ」
クロードが答える声は、どこか自慢げに聞こえた。不安そうに見上げれば、優しげな瞳がリュシエルを見つめる。
「これ以上話しても無駄だ。……行こう」
クロードにそっと肩を押され、リュシエルはハージェスが何やらわめく声を聞きながらその場を後にした。ティーパーティーは急遽解散となり、両親が怒りながらもその対応に追われてバタバタとしていたが、リュシエルがその手伝いに駆り出されることはなかった。傷心だと思われたのだろう。実際呆然としていたから、その配慮はありがたかった。
*
「全く……! 今までもそうだったが、今度の今度だけは本当に許せない。俺はもう、ハージェスの側近などやめてやる」
「お兄さま、落ち着いてください。私は案外平気です」
客間で、怒りすぎて、一人称が“俺“になっているエドガーをなだめようとする。
「すまないリュシー。頼りない兄を殴ってくれ。今まで私が我慢すればいつかはうまくいくのではないかと思っていたが、こんな事ならもっと早くにあのバカを殴っておくべきだった……」
「お兄さま、それ不敬罪にあたりますからお口には気をつけて。心の中で思う分には自由ですわ」
注意すると、エドガーは無言で近くに置いてあったクッションを殴り始めた。兄がそんな行いをするのは初めてで、目を丸くして見ていると、クロードが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……リュシーは大丈夫なのか?」
「私?」
キョトンとして見返してから、リュシエルは言った。
「最初はあまりのバ……いえ、破天荒ぶりにびっくりしてしまったけれど、大丈夫どころかむしろ天にも昇る心地ですわ。私がハージェス様を好きになる要素、微塵もありませんもの」
それは嘘ではなかった。ハージェスとの結婚は義務感から耐えているだけで、あの男を一生の伴侶にしないで済むのなら、修道院へ行ってもいいと真剣に考えたことすらあるくらいだ。
「王妃という地位に、未練は?」
「ないですわ。どちらかというと、ハージェス様が国王に就いて我が国は大丈夫なのか心配する気持ちが強いです。……今のは内緒にしてくださいね」
しまったというように口を隠せば、クロードが笑った。途端に、胸が暖かくなる。リュシエルは、彼の笑った顔が大好きなのだ。
「ならよかった」
「……クロード殿下は、大丈夫ですか?」
リュシエルは恐る恐る訪ねた。モルガナ嬢を愛し、大事にしていたのは他でもない、クロードなのだ。
「私は大丈夫だ。……なんとなくそんな予感がしていたからな」
「え?」
「そもそもあの二人、本気で愛し合っていないだろう」
「それは私も思った」
いつの間にか立ち直ったらしいエドガーまでもが話に混じってきたので、リュシエルは驚いて目を見開いた。
「……なんとなくそうじゃないかとは思ってましたけれど……まさかみんなそう思っていたなんて」
実は、リュシエルとハージェスの婚約破棄の話が出たのはこれが初めてではない。過去には一度、ベクレル侯爵家から、そしてハージェスからは何度も国王に婚約破棄の希望が伝えられているのだが、普段ハージェスに甘い国王も、なぜかこの件に関してはがんとして首を縦に振らなかったのだ。そのためハージェスとモルガナも、強引に妊娠という手段をとることにしたのだろう。
「それ、は……。いや、しかし、彼女のお腹には子供がいるんだぞ? 他ならぬ私の子だ! 聞けば、お前とは手すら繋いだことのない、清い仲だったのだろう!?」
「そうだ」
クロードが答える声は、どこか自慢げに聞こえた。不安そうに見上げれば、優しげな瞳がリュシエルを見つめる。
「これ以上話しても無駄だ。……行こう」
クロードにそっと肩を押され、リュシエルはハージェスが何やらわめく声を聞きながらその場を後にした。ティーパーティーは急遽解散となり、両親が怒りながらもその対応に追われてバタバタとしていたが、リュシエルがその手伝いに駆り出されることはなかった。傷心だと思われたのだろう。実際呆然としていたから、その配慮はありがたかった。
*
「全く……! 今までもそうだったが、今度の今度だけは本当に許せない。俺はもう、ハージェスの側近などやめてやる」
「お兄さま、落ち着いてください。私は案外平気です」
客間で、怒りすぎて、一人称が“俺“になっているエドガーをなだめようとする。
「すまないリュシー。頼りない兄を殴ってくれ。今まで私が我慢すればいつかはうまくいくのではないかと思っていたが、こんな事ならもっと早くにあのバカを殴っておくべきだった……」
「お兄さま、それ不敬罪にあたりますからお口には気をつけて。心の中で思う分には自由ですわ」
注意すると、エドガーは無言で近くに置いてあったクッションを殴り始めた。兄がそんな行いをするのは初めてで、目を丸くして見ていると、クロードが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……リュシーは大丈夫なのか?」
「私?」
キョトンとして見返してから、リュシエルは言った。
「最初はあまりのバ……いえ、破天荒ぶりにびっくりしてしまったけれど、大丈夫どころかむしろ天にも昇る心地ですわ。私がハージェス様を好きになる要素、微塵もありませんもの」
それは嘘ではなかった。ハージェスとの結婚は義務感から耐えているだけで、あの男を一生の伴侶にしないで済むのなら、修道院へ行ってもいいと真剣に考えたことすらあるくらいだ。
「王妃という地位に、未練は?」
「ないですわ。どちらかというと、ハージェス様が国王に就いて我が国は大丈夫なのか心配する気持ちが強いです。……今のは内緒にしてくださいね」
しまったというように口を隠せば、クロードが笑った。途端に、胸が暖かくなる。リュシエルは、彼の笑った顔が大好きなのだ。
「ならよかった」
「……クロード殿下は、大丈夫ですか?」
リュシエルは恐る恐る訪ねた。モルガナ嬢を愛し、大事にしていたのは他でもない、クロードなのだ。
「私は大丈夫だ。……なんとなくそんな予感がしていたからな」
「え?」
「そもそもあの二人、本気で愛し合っていないだろう」
「それは私も思った」
いつの間にか立ち直ったらしいエドガーまでもが話に混じってきたので、リュシエルは驚いて目を見開いた。
「……なんとなくそうじゃないかとは思ってましたけれど……まさかみんなそう思っていたなんて」
23
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて追放寸前だったのに、なぜか冷徹なはずの氷の公爵様から世界で一番甘く愛されています。
黒崎隼人
ファンタジー
「リゼット・フォン・ヴァインベルク! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
卒業パーティーの夜、公爵令嬢リゼットは婚約者の王太子から冤罪を突きつけられ、全てを失った。
絶望の淵に沈む彼女に手を差し伸べたのは、『氷の公爵』と噂される冷徹な美青年、キリアン・アシュフォード。
「ならば、俺が君を娶ろう」
彼の屋敷で始まったのは、戸惑うほどに甘い溺愛の日々。
不器用な優しさに触れるうち、凍てついた心は少しずつ溶かされていく。
一方、リゼットを陥れた偽りの聖女は王宮で増長し、国に災いを招き寄せていた。
やがて真実が暴かれる時、元婚約者は後悔の涙を流すけれど――もう、遅い。
これは、不遇の令嬢が本当の愛を見つけ、世界で一番幸せになるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるような溺愛があなたを待っています。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる。
恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」
学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。
けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。
ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。
彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。
(侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!)
実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。
「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。
互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……?
お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
婚約破棄された千年転生令嬢は、名も居場所も縛られずに生きると決めました ――助けを乞うなら条件付きですわあ
ふわふわ
恋愛
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。
――はいはい、またその流れですわね。
貴族令嬢シェリア・ド・ラファルジュは、ある日突然、王太子から一方的に婚約を破棄され、平民出身の“聖女”リリカを選ばれる。
しかし彼女は嘆かない。なぜならシェリアは、千年分の転生の記憶を持つ存在だったから。
魔法、剣技、治癒術。
過去の人生で極めた力をすべて備えた彼女にとって、追放は「面倒事から解放されただけ」の出来事だった。
隣国ガルディア王国で“名も名乗らぬ旅人”として静かに暮らし始めたシェリア。
誰にも縛られず、期待も背負わず、助けるかどうかは自分で選ぶ――
そんな自由な日々を送っていた彼女のもとへ、やがて崩壊寸前となった祖国から「助けてほしい」という声が届く。
けれど、彼女はもう無償では救わない。
「私はもう、あの国の国民ではありません」
「条件を飲むなら向かいましょう。国民に罪はありませんから」
謝罪、対価、そして国を変える覚悟。
すべてを差し出した時、初めてシェリアは手を差し伸べる。
これは、
聖女でも英雄でもなく、
“選ぶ側”として生きることを決めた令嬢の物語。
婚約破棄ざまぁのその先で、
彼女は今日も、自分の居場所を選び続ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる