女化町の現代異類婚姻譚

東雲佑

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第一章 きつね火

4.『女』に『化』ける

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 ハローハロー、グッモーニン!
 さぁ、時刻は朝八時を回りました。龍ケ崎市のみなさま、おはようございます! 
 ラジオ竜ヶ崎『どらごんちゃんねるモーニング』、お相手はわたし葛生窓雪、みんなのユッキーが今朝もここ佐貫SKビル内のサテライトスタジオから生放送でお届けします。
 お便り、リクエストは番組サイト及び公式ツイッターで受付中。今日もたくさん、ラジオと仲良くしてくださいね。
 八時台最初はウェザーとトラフィック、お天気と道路交通情報です。そのあとは市役所からのお知らせと、それから龍ケ崎市商工会からのご案内もお伝えしちゃいます。
 今日もジモティな情報、どんどん発信していきますよお!
 でもその前に、今朝の一曲目、いってみよう! えー、こちらのリクエストはラジオネーム――。

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 引っ越しの翌日は土曜日だった。新生活一日目にはまずうってつけの、よく晴れた三月の第二土曜日だ。
 テレビ台の横にラジカセがあったのでスイッチを入れてみたところ、周波数が合わせられていた地元のコミュニティFMが流れはじめた。
 地方ラジオのワイド番組にしては妙に若くてかわいい声のパーソナリティが(まるでアイドル声優みたいだ)、ひたすら地元に特化したトークを展開している。それも、なんだかものすごく楽しそうに。

 溢れてるなあ、と感心して僕は思う。
 溢れてるなあ、地元愛に。

 そして、続いて決意する。
 僕も溢れさせるぞ。この街への愛を。

 なにしろ今日からは僕もこの龍ケ崎市の一員なのだ。
 だから、溢れるぞ。そして、まみれるぞ。

 ということで、午前中は『どらごんちゃんねるモーニング』をお供に荷解きの続きをすることにした。

 実家から送った荷物はそう多くはない。というか、かなり少ない。
 先にも書いたけれど、叔父夫婦はほとんどの家具・家電をそのまま僕に残してくれていた。
 テレビとラジオだけでなく、冷蔵庫も乾燥機付きのドラム型洗濯機も、それに炊飯器や電気ケトルまで。
 おかげで、僕が実家から持ってきたり新たに買い足したりする必要はまったくと言っていいほどなかったのだ。

 ありがたい、と素直に感謝する僕である。
 そしてさらにありがたい事には、叔父夫婦の残していってくれたものは、そのほとんどが丁寧に洗浄掃除されていた。
 断言してしまうけど、この気遣いは絶対に叔父のものではない。叔父は良い人だし大好きな人だが、こんな風に細やかな配慮ができる人ではないのだ。
 となれば、消去法的に残される答えはひとつ。
 本当に、あの叔父にあの奥さんはもったいない。

 ――叔父の奥さん。

「……なにが白鳥だ。馬鹿馬鹿しい」

 昨夜の出来事を思い出して、ちょっぴり腹を立てる僕であった。
 昨日その場では気づかなかったけど、よくよく考えてみれば、昨夜のあの女子高生の言葉は、叔父夫婦への侮辱に他ならないではないか。
 妖怪変化と仲良くしていたとか、動物と結婚したとか、そもそも人間じゃないとか。
 一風変わっているのは認めるけど、僕は叔父もその奥さんも人として好きなのだ。
 だから、二人のために怒るのは僕の役目であり義務でもある。
 まったく、なにがタヌキだ。なにがキツネだ。けしからん、まったくけしからん。
 中二病はともかく、他人にまで変な設定をつけちゃいかんよ。

 ひとしきりプリプリと腹を立てたあとで、僕は荷解きの作業を続行する。
 仕事の資料や趣味の小説に漫画など、荷物の半分以上が本だった。だから(お約束だけど)ついつい読み始めて作業が滞ってしまったりする。
 十時過ぎに仕事のパートナーから引っ越し祝いの電話があった。
 新しい住まいのことや街の雰囲気のことが話題に出た後で、抜け目なく『仕事のインスピレーションには役立ちそうですか?』と確認される。余計なお世話である。

 インターフォンが鳴ったのは十一時少し前だった。

「こんにちは」

『今側』の玄関に出てみると、昨日挨拶に伺ったお隣の若奥さんが立っていた。

「今日はね、近所の神社でお祭りがあるんですよ」
「お祭り?」
「そう、毎年二月最初の|午(うま)の日――って言うのがなんなのかはわたしもよく知らないのだけど――にやる、お稲荷さんのお祭り」

 もう三月だけど、今のカレンダーじゃなくて旧暦に合わせるのね、と若奥さん。

「昨日教え忘れちゃったから、言っておこうと思って。よかったら行ってみてね。屋台とかもたくさん出るから、きっと楽しいですよ」


   ※


 雑木林に沿って道を歩く。
 お隣さんの説明によると、件の神社までは十分も歩けば着くらしい。

『この道を真っ直ぐ行くと丁字路にぶつかるから、そこを左に折れて、あとは真っ直ぐ。看板も出てるし迷いっこないですよ』

 そう教えてくれたあとで、若奥さんは実に可愛らしく会釈して帰っていった。
 お礼を言って彼女を見送ると同時に、僕は家に引っ込み、普段着のジーンズとポロシャツに着替えてすぐに出かけてきたのだった。

 ゆるやかにカーブする一本道を歩きながら、僕が考えていたのは昨夜のあの子のことだった。

 栗林夕声。

 叔父夫婦に関する戯言には腹が立ったけれど、不思議と嫌悪感はなかった。
 他人を自分の中二病設定に巻き込むのはどうかと思うし、彼女のおかげでせっかくのピザはひと切れしか食べられなかった(おかげで今朝はひどい空腹と共に目を覚ました)。
 しかしそれらの問題を差し引いても、彼女はきっと良い子なのだろうと僕は思う。根拠というほどの根拠はない。強いて言うならば、ご飯を気取らず美味しそうに食べる女の子に悪い子はそうそういないはずだからだ。

 それに、夕声というのはその、とても素敵な名前だ。
 風流でどこかしら雅やかで、なのに牧歌的で、温かくて。

 昨夜彼女の名前を褒め忘れたことを、今さらになって悔やむ。
 もしもまた会うことがあったら、その時は忘れずに褒めよう。

 そんなふうに考え事をしながら歩いていると、いつのまにかお隣さんの言っていたT字路にたどり着いていた。そしてこれもお隣さんの言っていた通り、信号機のすぐ下には看板も立っていた。

『女化神社 500メートル先』

「オンナカ神社……?」

 それとも、ジョカ神社? いずれにしろだいぶ変わった名前だ。
 じょか、じょか……中国の神話に登場する人間を創造した女神で伏羲ふっきの妻……ってありゃ女媧《 じょか》だ、字が違う。
 んじゃ、ジョーカー……いや、こっちは字が違うどころかはなはだ見当違いだ。

 ……って、あれ? ジョーカー?

 最近、どこかでその単語を聞いた気がする。
 だけどそれがどこでだったかは、どうしても思い出すことができない。

 ともかく、思い出せないことにはそれ以上こだわらず、僕は歩みを再開させる。

 こうして歩いてみると、ニュータウンほどではないけれどこのあたりにも結構家がある。
 とはいえ、やはり新品ピカピカの家というのは一軒もないのだけど。
 みんな我が家の『昔側』に通じるような家づくりで、ある家の庭には今では使われていないはずの家庭用の焼却炉が置きっぱなしになっている。
 どの家も歳月の洗礼を受けて色褪せていて、それが生み出す空気というか雰囲気は、なんだか懐かしく心地よい。とても。

 セピア色の町。

 さてそこからはもう、神社は本当に目と鼻の先だった。
 看板に従って少し行くと片側二車線の幹線道路があって、その道を渡りきると、向かう先から祭囃子まつりばやしが聞こえてきた。
 あとはその音を目印に歩けば、すぐに鎮守ちんじゅの森らしき緑と道路上にはみ出した屋台とが見えた。

 風変わりな名前に反して、ジョカ神社は(暫定ざんてい的にそう呼ぶことにした)意外なほど立派な神社だった。
 広い境内けいだいや鎮守の森ももちろんだけど、まずもって印象的なのはその表参道だ。
 四〇〇メートルかあるいは五〇〇メートルはあるかもしれない長い長い参道が、一直線に社殿まで伸びている。
 参道にはいくつもの鳥居が建てられていて、その様子が京都の伏見稲荷を想起させる。
 そういえばここもお稲荷さんの神社だってお隣さんが言ってたっけ、と僕は思い出す。

 境内はお祭りの活気に満ちていた。
 立ち並ぶ屋台や出店を眺めながら、ぶらぶらと歩く。
 焼きそばや大判焼き、それにじゃがバターに鳥の手羽先。それらお祭りではおなじみの食べ物の屋台がそこかしこにあって、しかしそれ以上に目を引くのは個性豊かな出店 でみせの数々だ。
 農具や草木の苗、乾物やら唐辛子をあきなう出店に、洋服や帽子の出店まで。わかめ、ちりめん、川エビ、しらすを並べた店からは磯の香りが強烈に漂う。

 多様性に満ちた出店の数々が立ち並ぶ様はお祭りというよりも昔ながらのイチを思わせて、僕にはそれが面白かった。

 参道の終点、社殿の側の屋台で鳥の唐揚げを買った。
 アツアツの唐揚げを頰張りながら歩いていると、女子高生らしき女の子たちが巫女さんを囲んで記念写真を撮っている場面に遭遇した。
 自撮り棒のスマホに向かってピースサインの女子高生、そして巫女さん。おいおいお前もピースするんかい、と僕は心の中でツッコミを入れる。

 と、その時。

 不意に、その巫女さんと目があった。
 巫女さんはしばし僕を凝視した後で、女子高生のグループから離脱して、真っ直ぐこちらに歩いてくる。

 それから、僕に向かって笑った。
 知己ちきの気安さと親しみを込めて。

「おっす、ハチ。祭りは楽しんでるか?」

 いきなり名前付きで話しかけられて、目一杯きょとんとしてしまう僕である。
 だけど、よくよく見れば、僕はその巫女さんの顔を見知っていた。
 それにこの新天地で……というかこの日本全国まるごとひっくるめても、僕をハチと呼ぶのはただ一人だ。

「……夕声さん?」

 僕がそう呼ぶと、「だから呼び捨てでいいって」と巫女さんは楽しそうに笑って言った。
 僕の背中をバシバシ叩きながら。

 巫女装束にばかり目が行っていて(それに昨夜は後ろで結びあげていた髪を今は下ろしてもいる)気づかなかったけれど、それは、間違いなく昨夜の女子高生。

 栗林夕声だった。

 そうこうしていると、さっき夕声と一緒にいた女の子たちがこちらにやってきた。

「なにジョーカー? それカレシ?」

 ジョーカーと呼ばれた夕声が、そんなんじゃねーよ、と笑って反論している。

『ガッコの友達はボイスとかジョーカーとか呼ぶから』

 昨夜の彼女の言葉を思い出す。それから、どこでジョーカーを聞いたのかも。
 続いて、もうひとつ連鎖的に蘇る。

『あたし、近所にある神社で世話になってんだけど』

 謎めいた点と点が今、線で繋がった。
 つまり、彼女がお世話になっている、ついでにジョーカーというあだ名の由来となった神社は、他ならぬこのジョカ神社なのだ。

 しかし、星座よろしく線で繋がる点は直後、もうひとつ煌《きら》めいた。

「つかジョーカーって読み方それ、何度も言ってるけど間違ってっからな」

 それも、赤星並みの特大の点が。

「いいか、ジョカじゃなくてオナバケ、女に化けるで『女化オナバケ』な。つかお前ら、わかっててわざと間違えてんだろ?」

 そのようにして謎のオナバケは謎のベールを剥ぎ取られたのだった。いとも唐突に。
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