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最終章 帰つ寝
4.『たつのこ』の意味
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人工山にして市内最高峰であるたつのこ山の斜面には、その高低差を活用した長い長い滑り台、その名も『まいりゅうのしっぽ』というロングスライダーが設置されている(何度か書いたけれど、まいりゅうくんは龍ケ崎市のマスコットキャラクターである)。
ローラー式ではなく最新のポリエチレン樹脂を使用したグリッサンド式であることが密かな売りであるこの滑り台は、実に全長三十メートルを誇る。
僕も後で一度だけ滑ってみたのだけど、これが思った以上に、すごい。
摩擦係数の小さな素材を利用しているはずなのに、滑りきったあとには見事に尻が熱くなった。
また、滑り台の近くには数種類の遊具が一体となった複合型のアスレチックジムも存在しており、この周辺は子供たちに大人気の遊び場となっている。
もちろん、我々の連れてきた子供たちもご多分に漏れない。
お腹いっぱいお弁当を詰め込んだが早いか、松竹梅の三人はピット作業を終えたフォーミュラカーよろしく飛び出していった。
そんな年少組の背中を見送った少しあとで、今度は小次郎君と桔梗ちゃんが揃って立ち上がった。
「ありがたいね。面倒見のいいお兄さんとお姉さんがいてくれるおかげで、今日の僕らは少しならず楽が出来る」
「そうだな。でも覚悟しとけよ? あの三人、きっとまた電池が切れるまで遊び倒してくるから。最近あいつら重くなったからな、抱えて運ぶのは骨が折れるぞ」
うへぇ、とわざとらしく僕が言い、それに輪をかけてわざとらしく夕声が肩をすくめる。
そんな僕たちのやりとりを、水沼さんがくすくすと笑いながら見守っている。
「あの子たちには感謝しなくちゃですね」
水沼さんが、ふとした調子でそう口にした。
「あんなことがあったのに、桔梗ちゃんと仲直りしてくれたこと」
なにかを感得したように、「……ああ」と夕声が言う。
僕も同じ気持ちだった。
水沼さんが言っているのは、まいんバザールでのあの一幕のことだった。
桔梗ちゃんの爆竹に怯えて、子ダヌキたちは危うく正体をさらしかけたのだ。
「ま、あんま根に持つたちでもなければ細かいこと気にするたちでもないからな。三匹が三匹ともさ」
夕声が言った。どこか、照れを隠すような調子で。
「いい子たちですね」
「ええ、いい子たちなんですよ」
時々ぶん殴ってやりたいほど憎たらしいことがありますけど。僕がそう言い、水沼さんが笑う。まぁ、なんてこと言うんですか。
「それもこれも、椎葉さんのおかげですね。武勇伝の数々は私の耳にも入ってますよ」
「ぶゆ……!? しかも数々!? なんですかそれ!?」
「うふふ。いろいろ聞いてますよ。いろいろね」
「いやそれ多分めちゃくちゃ尾ひれついてますから!」
「なんでも『いま板東太郎のこっち側で最もホットな若者』とか……」
「やめてー!」
恥ずかしさに頭を抱えてうずくまる僕。
夕声が口に出して「やれやれ」と言った。
「……『たつのこアリーナ』、『たつのこステージ』、そしてこの『たつのこ山』」
突然、水沼さんが市内各所の『たつのこスポット』を列挙しはじめた。
「そういえば、この公園の前にある派出所も『たつのこ交番』って名前でしたね」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
駐車場に入るときに目に入りました、と水沼さん。
「ねぇ椎葉さん、この『たつのこ』って言葉が元々どこで使われはじめたのかって、ご存知ですか?」
はて、そういえば知らない。なにか由緒があるのだろうか。
「最初に『たつのこ』って言葉を使ったのは、市内の小学校なんですよ。龍ケ崎第一小学校で、その学校の児童を『龍の子』と呼んだのがはじまりだそうです。それで、最初こそ『龍ケ崎第一小学校の子供』という意味だったのが、やがて『龍ケ崎市の子供』と変化して、今ではすっかりそっちの意味で使われているんですね」
つまり『たつのこ』とは龍ケ崎で育つ子供のことなんです、と水沼さん。
さすがは学校関係者の家族という感じの説明だった。
「椎葉さん」
水沼さんが、改まった調子でこちらに向かい治る。
「おかげさまで、桔梗ちゃんも『たつのこ』です。椎葉さんが頑張ってくれたおかげで、うちの子はこの街の仲間になれたんです」
本当に、ありがとうございました。そう言って水沼さんは深々と頭を下げた。
「よ、よしてください!」
僕は大慌てて頭をあげてくれるようお願いする。
「僕は、そんな大したことはしていません」
謙遜ではなく、本心からそう言った。
桔梗ちゃんを『たつのこ』にしたのが誰かなんて、わかりきっている。
もちろんそれは、若くして(話によれば、水沼さんのご主人はまだ二十代の半ばを過ぎたくらいのはずだ)血のつながらない娘を、それも人ではない女の子を家族に迎え入れる決心をした熱血教師と。
それから、まだ引き取って日の浅い、まだ一度もお母さんと呼んでくれていない子供を「うちの子」と呼んで、その娘の為にこんな若造に対して真剣に頭を下げている、目の前のこの女性に他ならない。
「……僕の方こそです」
あのまいんバザールの日に、僕は憎しみに駆られた桔梗ちゃんを見て思ったのだ。
この子の周りの大人はなにをしているんだ? と。
結局、蓋を開けてみれば事情は僕の想定以上に最悪だった。
あの頃、桔梗ちゃんの周りには彼女を守ってくれる大人なんて一人もいなかったのだ。
だけど、今は違う。
桔梗ちゃんの側には、彼女を安心して子供でいさせてくれる大人が現れたのだ。
彼女を『たつのこ』でいさせてくれる大人が。
「……お礼を言わなければいけないのは、僕のほうこそです」
今度は僕が頭を下げた。本当に、ありがとうございます。
頭を下げていて見えなかったけど、視界の外で水沼さんが息を呑んだのがわかった。
夕声が、「こういう奴なんだよ」と言った。
やっぱり得意そうに、誇らしげに。
そのまま少しの間、僕は頭を下げたままでいた。
やがて、水沼さんが僕に向かって言った。
おそらくは万感を込めて。
「どういたしまして」と。
ローラー式ではなく最新のポリエチレン樹脂を使用したグリッサンド式であることが密かな売りであるこの滑り台は、実に全長三十メートルを誇る。
僕も後で一度だけ滑ってみたのだけど、これが思った以上に、すごい。
摩擦係数の小さな素材を利用しているはずなのに、滑りきったあとには見事に尻が熱くなった。
また、滑り台の近くには数種類の遊具が一体となった複合型のアスレチックジムも存在しており、この周辺は子供たちに大人気の遊び場となっている。
もちろん、我々の連れてきた子供たちもご多分に漏れない。
お腹いっぱいお弁当を詰め込んだが早いか、松竹梅の三人はピット作業を終えたフォーミュラカーよろしく飛び出していった。
そんな年少組の背中を見送った少しあとで、今度は小次郎君と桔梗ちゃんが揃って立ち上がった。
「ありがたいね。面倒見のいいお兄さんとお姉さんがいてくれるおかげで、今日の僕らは少しならず楽が出来る」
「そうだな。でも覚悟しとけよ? あの三人、きっとまた電池が切れるまで遊び倒してくるから。最近あいつら重くなったからな、抱えて運ぶのは骨が折れるぞ」
うへぇ、とわざとらしく僕が言い、それに輪をかけてわざとらしく夕声が肩をすくめる。
そんな僕たちのやりとりを、水沼さんがくすくすと笑いながら見守っている。
「あの子たちには感謝しなくちゃですね」
水沼さんが、ふとした調子でそう口にした。
「あんなことがあったのに、桔梗ちゃんと仲直りしてくれたこと」
なにかを感得したように、「……ああ」と夕声が言う。
僕も同じ気持ちだった。
水沼さんが言っているのは、まいんバザールでのあの一幕のことだった。
桔梗ちゃんの爆竹に怯えて、子ダヌキたちは危うく正体をさらしかけたのだ。
「ま、あんま根に持つたちでもなければ細かいこと気にするたちでもないからな。三匹が三匹ともさ」
夕声が言った。どこか、照れを隠すような調子で。
「いい子たちですね」
「ええ、いい子たちなんですよ」
時々ぶん殴ってやりたいほど憎たらしいことがありますけど。僕がそう言い、水沼さんが笑う。まぁ、なんてこと言うんですか。
「それもこれも、椎葉さんのおかげですね。武勇伝の数々は私の耳にも入ってますよ」
「ぶゆ……!? しかも数々!? なんですかそれ!?」
「うふふ。いろいろ聞いてますよ。いろいろね」
「いやそれ多分めちゃくちゃ尾ひれついてますから!」
「なんでも『いま板東太郎のこっち側で最もホットな若者』とか……」
「やめてー!」
恥ずかしさに頭を抱えてうずくまる僕。
夕声が口に出して「やれやれ」と言った。
「……『たつのこアリーナ』、『たつのこステージ』、そしてこの『たつのこ山』」
突然、水沼さんが市内各所の『たつのこスポット』を列挙しはじめた。
「そういえば、この公園の前にある派出所も『たつのこ交番』って名前でしたね」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
駐車場に入るときに目に入りました、と水沼さん。
「ねぇ椎葉さん、この『たつのこ』って言葉が元々どこで使われはじめたのかって、ご存知ですか?」
はて、そういえば知らない。なにか由緒があるのだろうか。
「最初に『たつのこ』って言葉を使ったのは、市内の小学校なんですよ。龍ケ崎第一小学校で、その学校の児童を『龍の子』と呼んだのがはじまりだそうです。それで、最初こそ『龍ケ崎第一小学校の子供』という意味だったのが、やがて『龍ケ崎市の子供』と変化して、今ではすっかりそっちの意味で使われているんですね」
つまり『たつのこ』とは龍ケ崎で育つ子供のことなんです、と水沼さん。
さすがは学校関係者の家族という感じの説明だった。
「椎葉さん」
水沼さんが、改まった調子でこちらに向かい治る。
「おかげさまで、桔梗ちゃんも『たつのこ』です。椎葉さんが頑張ってくれたおかげで、うちの子はこの街の仲間になれたんです」
本当に、ありがとうございました。そう言って水沼さんは深々と頭を下げた。
「よ、よしてください!」
僕は大慌てて頭をあげてくれるようお願いする。
「僕は、そんな大したことはしていません」
謙遜ではなく、本心からそう言った。
桔梗ちゃんを『たつのこ』にしたのが誰かなんて、わかりきっている。
もちろんそれは、若くして(話によれば、水沼さんのご主人はまだ二十代の半ばを過ぎたくらいのはずだ)血のつながらない娘を、それも人ではない女の子を家族に迎え入れる決心をした熱血教師と。
それから、まだ引き取って日の浅い、まだ一度もお母さんと呼んでくれていない子供を「うちの子」と呼んで、その娘の為にこんな若造に対して真剣に頭を下げている、目の前のこの女性に他ならない。
「……僕の方こそです」
あのまいんバザールの日に、僕は憎しみに駆られた桔梗ちゃんを見て思ったのだ。
この子の周りの大人はなにをしているんだ? と。
結局、蓋を開けてみれば事情は僕の想定以上に最悪だった。
あの頃、桔梗ちゃんの周りには彼女を守ってくれる大人なんて一人もいなかったのだ。
だけど、今は違う。
桔梗ちゃんの側には、彼女を安心して子供でいさせてくれる大人が現れたのだ。
彼女を『たつのこ』でいさせてくれる大人が。
「……お礼を言わなければいけないのは、僕のほうこそです」
今度は僕が頭を下げた。本当に、ありがとうございます。
頭を下げていて見えなかったけど、視界の外で水沼さんが息を呑んだのがわかった。
夕声が、「こういう奴なんだよ」と言った。
やっぱり得意そうに、誇らしげに。
そのまま少しの間、僕は頭を下げたままでいた。
やがて、水沼さんが僕に向かって言った。
おそらくは万感を込めて。
「どういたしまして」と。
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