女化町の現代異類婚姻譚

東雲佑

文字の大きさ
23 / 36
最終章 帰つ寝

4.『たつのこ』の意味

しおりを挟む
 人工山にして市内最高峰であるたつのこ山の斜面には、その高低差を活用した長い長い滑り台、その名も『まいりゅうのしっぽ』というロングスライダーが設置されている(何度か書いたけれど、まいりゅうくんは龍ケ崎市のマスコットキャラクターである)。

 ローラー式ではなく最新のポリエチレン樹脂を使用したグリッサンド式であることが密かな売りであるこの滑り台は、実に全長三十メートルを誇る。
 僕も後で一度だけ滑ってみたのだけど、これが思った以上に、すごい。
 摩擦係数の小さな素材を利用しているはずなのに、滑りきったあとには見事に尻が熱くなった。
 また、滑り台の近くには数種類の遊具が一体となった複合型のアスレチックジムも存在しており、この周辺は子供たちに大人気の遊び場となっている。

 もちろん、我々の連れてきた子供たちもご多分に漏れない。
 お腹いっぱいお弁当を詰め込んだが早いか、松竹梅の三人はピット作業を終えたフォーミュラカーよろしく飛び出していった。
 そんな年少組の背中を見送った少しあとで、今度は小次郎君と桔梗ちゃんが揃って立ち上がった。

「ありがたいね。面倒見のいいお兄さんとお姉さんがいてくれるおかげで、今日の僕らは少しならず楽が出来る」
「そうだな。でも覚悟しとけよ? あの三人、きっとまた電池が切れるまで遊び倒してくるから。最近あいつら重くなったからな、抱えて運ぶのは骨が折れるぞ」

 うへぇ、とわざとらしく僕が言い、それに輪をかけてわざとらしく夕声が肩をすくめる。
 そんな僕たちのやりとりを、水沼さんがくすくすと笑いながら見守っている。

「あの子たちには感謝しなくちゃですね」

 水沼さんが、ふとした調子でそう口にした。

「あんなことがあったのに、桔梗ちゃんと仲直りしてくれたこと」

 なにかを感得したように、「……ああ」と夕声が言う。
 僕も同じ気持ちだった。

 水沼さんが言っているのは、まいんバザールでのあの一幕のことだった。
 桔梗ちゃんの爆竹に怯えて、子ダヌキたちは危うく正体をさらしかけたのだ。

「ま、あんま根に持つたちでもなければ細かいこと気にするたちでもないからな。三匹が三匹ともさ」

 夕声が言った。どこか、照れを隠すような調子で。

「いい子たちですね」
「ええ、いい子たちなんですよ」

 時々ぶん殴ってやりたいほど憎たらしいことがありますけど。僕がそう言い、水沼さんが笑う。まぁ、なんてこと言うんですか。

「それもこれも、椎葉さんのおかげですね。武勇伝の数々は私の耳にも入ってますよ」
「ぶゆ……!? しかも数々!? なんですかそれ!?」
「うふふ。いろいろ聞いてますよ。いろいろね」
「いやそれ多分めちゃくちゃ尾ひれついてますから!」
「なんでも『いま板東太郎とねがわのこっち側で最もホットな若者』とか……」
「やめてー!」

 恥ずかしさに頭を抱えてうずくまる僕。
 夕声が口に出して「やれやれ」と言った。

「……『たつのこアリーナ』、『たつのこステージ』、そしてこの『たつのこ山』」

 突然、水沼さんが市内各所の『たつのこスポット』を列挙しはじめた。

「そういえば、この公園の前にある派出所も『たつのこ交番』って名前でしたね」
「そうなんですか?」
「そうなんです」

 駐車場に入るときに目に入りました、と水沼さん。

「ねぇ椎葉さん、この『たつのこ』って言葉が元々どこで使われはじめたのかって、ご存知ですか?」

 はて、そういえば知らない。なにか由緒があるのだろうか。

「最初に『たつのこ』って言葉を使ったのは、市内の小学校なんですよ。龍ケ崎第一小学校で、その学校の児童を『龍の子』と呼んだのがはじまりだそうです。それで、最初こそ『龍ケ崎第一小学校の子供』という意味だったのが、やがて『龍ケ崎市の子供』と変化して、今ではすっかりそっちの意味で使われているんですね」

 つまり『たつのこ』とは龍ケ崎で育つ子供のことなんです、と水沼さん。
 さすがは学校関係者の家族という感じの説明だった。

「椎葉さん」

 水沼さんが、改まった調子でこちらに向かい治る。

「おかげさまで、桔梗ちゃんも『たつのこ』です。椎葉さんが頑張ってくれたおかげで、うちの子はこの街の仲間になれたんです」

 本当に、ありがとうございました。そう言って水沼さんは深々と頭を下げた。

「よ、よしてください!」

 僕は大慌てて頭をあげてくれるようお願いする。

「僕は、そんな大したことはしていません」

 謙遜ではなく、本心からそう言った。

 桔梗ちゃんを『たつのこ』にしたのが誰かなんて、わかりきっている。
 もちろんそれは、若くして(話によれば、水沼さんのご主人はまだ二十代の半ばを過ぎたくらいのはずだ)血のつながらない娘を、それも人ではない女の子を家族に迎え入れる決心をした熱血教師と。
 それから、まだ引き取って日の浅い、まだ一度もお母さんと呼んでくれていない子供を「うちの子」と呼んで、その娘の為にこんな若造に対して真剣に頭を下げている、目の前のこの女性に他ならない。

「……僕の方こそです」

 あのまいんバザールの日に、僕は憎しみに駆られた桔梗ちゃんを見て思ったのだ。
 この子の周りの大人はなにをしているんだ? と。

 結局、蓋を開けてみれば事情は僕の想定以上に最悪だった。
 あの頃、桔梗ちゃんの周りには彼女を守ってくれる大人なんて一人もいなかったのだ。

 だけど、今は違う。
 桔梗ちゃんの側には、彼女を安心して子供でいさせてくれる大人が現れたのだ。

 彼女を『たつのこ』でいさせてくれる大人が。

「……お礼を言わなければいけないのは、僕のほうこそです」

 今度は僕が頭を下げた。本当に、ありがとうございます。
 頭を下げていて見えなかったけど、視界の外で水沼さんが息を呑んだのがわかった。

 夕声が、「こういう奴なんだよ」と言った。
 やっぱり得意そうに、誇らしげに。

 そのまま少しの間、僕は頭を下げたままでいた。

 やがて、水沼さんが僕に向かって言った。
 おそらくは万感を込めて。

「どういたしまして」と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

離縁の雨が降りやめば

碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。 雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。 だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。 幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。 白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。 御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。 葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...