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最終章 帰つ寝
14.椎葉八郎太
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声がして。
聞きたくてたまらなかった声がして。
僕はその声がしたほうへと振り返る。
「……スケベ」
狛狐の台座に背中を預けて、膝を抱えた彼女が、上目遣いにこちらを睨んでいた。
彼女が、夕声が。
「来て寝よって、たぶん、そういう意味もあんだぞ」
だから、スケベ。夕声はそう言って立ち上がると、スカートの尻を叩いて埃を払う。
間を持たせる為だろうか、そうする必要もないのにジャージのお腹もパンパンする。
そのあとで、ようやく彼女はこちらを見た。
「……おっす」
幾分決まり悪そうに言ったあとで、気恥ずかしさに屈して彼女は視線を逸らす。
――夕声!
名前を呼ぼうとして声が詰まった。
声だけでなく、様々な想いが渋滞を起こして、溢れかえりそうになった。
言いたいことは山ほどあった。
会いたかったと言いたかったし、心配をかけるなと叱りたかった。
おっすと挨拶を返したくて、それから、ごめんよと謝りたかった。
だけどその全部を差し置いて、僕は開口一番に言った。
「夕声、君が好きだ! 一生僕と一緒にいて欲しい!」
一切の回り道は抜きで直入に、面と向かってそう叫んだ。
「なっ……にゃっ……!」
真っ向から僕の先制攻撃を浴びた夕声が、わかりやすいほど狼狽する。
だけど、僕は攻撃の手を緩めない。
「君が好きだ、大好きだ! 言っとくけどこれは『いなくなって大切さに気付いた』みたいな嘘っぽい古典的展開じゃないぞ! 僕は君に告白される前から君に恋してたんだ! というか君が僕を好きになるよりも僕が君を好きになったほうが全然先なんだからな!
ずっとずっと、僕は君に思い焦がれてた!」
一つセンテンスを重ねるごとに、真っ赤になっている夕声がさらに赤さを増す。
人間の姿の彼女に、全身を総毛立たせて尻尾もパンパンにしている狐の姿を重ね見た。
「僕はありとあらゆる君が好きだ! ご飯を美味しそうに食べる君も、はしたなく口をあけて笑う君も、自分が魅力的だってことに全然気付いてない君も、僕にバカみたいに好き好き言われてどんな顔していいかわかんなくなってる今この瞬間の君も!」
「あ……や……そん、そんにゃ……」
「怒ってる君も笑ってる君も、それにおそらくは泣いてる君も! 君という君が、夕声という夕声が、僕には恋しくて愛しい!
だから夕声、僕の物になれ! 僕のお嫁さんに、なってください!」
花束も指輪もなかったけど、それは正真正銘、命がけのプロポーズだった。
夕声は見るからにふにゃふにゃになっている。
無理もない、僕も彼女も恋愛ごとに関して免疫が皆無なのだ。
これ以上言ったらお互いに死んでしまうかもしれない。
というわけで、そこで小休止を挟むことにした。
「だ、だだ、だまされないぞ!」
やがて息を整えた夕声が、ぴしゃりと僕を指さして言った。真っ赤な顔のままで。
「あまりのことになんかくらっときちゃったけど、でも、騙されないかんな! なにしろあんたの本心はもう知ってるんだ!」
「ああ……」
夕声がなんのことを言っているのかは明白だ。
僕が呪にかからなかったことを彼女は指摘している。
「そうか、まずはそこの誤解から解くのが先か」
「誤解だと? 誤解もなにもあるもんか、あんたは――」
「誤解だよ」
ボルテージのあがった夕声の言葉を、静かな口調で遮った。
馬鹿馬鹿しすぎて、冷静になろうと勤める必要すらなかった。
こんなつまらない誤解、一秒でもはやく解いてしまわなければ。
「君は『名前』と『条件』によって僕に呪をかけたんだよね? 『椎葉八郎太』という名前と、『僕がキツネの君を受け入れているなら』という条件で。それで僕が呪の影響を受けなかったから、君は僕のことを信じられなくなった」
「そ、そうだよ」
「はぁ、やれやれ」
僕は目一杯村上春樹的にため息をついた。
「あのね、それが誤解なの。間違ってたのは『条件』じゃなくて、もう一つのほうなの」
つまり、と僕は続ける。
「つまり、こう見えて僕は椎葉八郎太じゃない」
聞きたくてたまらなかった声がして。
僕はその声がしたほうへと振り返る。
「……スケベ」
狛狐の台座に背中を預けて、膝を抱えた彼女が、上目遣いにこちらを睨んでいた。
彼女が、夕声が。
「来て寝よって、たぶん、そういう意味もあんだぞ」
だから、スケベ。夕声はそう言って立ち上がると、スカートの尻を叩いて埃を払う。
間を持たせる為だろうか、そうする必要もないのにジャージのお腹もパンパンする。
そのあとで、ようやく彼女はこちらを見た。
「……おっす」
幾分決まり悪そうに言ったあとで、気恥ずかしさに屈して彼女は視線を逸らす。
――夕声!
名前を呼ぼうとして声が詰まった。
声だけでなく、様々な想いが渋滞を起こして、溢れかえりそうになった。
言いたいことは山ほどあった。
会いたかったと言いたかったし、心配をかけるなと叱りたかった。
おっすと挨拶を返したくて、それから、ごめんよと謝りたかった。
だけどその全部を差し置いて、僕は開口一番に言った。
「夕声、君が好きだ! 一生僕と一緒にいて欲しい!」
一切の回り道は抜きで直入に、面と向かってそう叫んだ。
「なっ……にゃっ……!」
真っ向から僕の先制攻撃を浴びた夕声が、わかりやすいほど狼狽する。
だけど、僕は攻撃の手を緩めない。
「君が好きだ、大好きだ! 言っとくけどこれは『いなくなって大切さに気付いた』みたいな嘘っぽい古典的展開じゃないぞ! 僕は君に告白される前から君に恋してたんだ! というか君が僕を好きになるよりも僕が君を好きになったほうが全然先なんだからな!
ずっとずっと、僕は君に思い焦がれてた!」
一つセンテンスを重ねるごとに、真っ赤になっている夕声がさらに赤さを増す。
人間の姿の彼女に、全身を総毛立たせて尻尾もパンパンにしている狐の姿を重ね見た。
「僕はありとあらゆる君が好きだ! ご飯を美味しそうに食べる君も、はしたなく口をあけて笑う君も、自分が魅力的だってことに全然気付いてない君も、僕にバカみたいに好き好き言われてどんな顔していいかわかんなくなってる今この瞬間の君も!」
「あ……や……そん、そんにゃ……」
「怒ってる君も笑ってる君も、それにおそらくは泣いてる君も! 君という君が、夕声という夕声が、僕には恋しくて愛しい!
だから夕声、僕の物になれ! 僕のお嫁さんに、なってください!」
花束も指輪もなかったけど、それは正真正銘、命がけのプロポーズだった。
夕声は見るからにふにゃふにゃになっている。
無理もない、僕も彼女も恋愛ごとに関して免疫が皆無なのだ。
これ以上言ったらお互いに死んでしまうかもしれない。
というわけで、そこで小休止を挟むことにした。
「だ、だだ、だまされないぞ!」
やがて息を整えた夕声が、ぴしゃりと僕を指さして言った。真っ赤な顔のままで。
「あまりのことになんかくらっときちゃったけど、でも、騙されないかんな! なにしろあんたの本心はもう知ってるんだ!」
「ああ……」
夕声がなんのことを言っているのかは明白だ。
僕が呪にかからなかったことを彼女は指摘している。
「そうか、まずはそこの誤解から解くのが先か」
「誤解だと? 誤解もなにもあるもんか、あんたは――」
「誤解だよ」
ボルテージのあがった夕声の言葉を、静かな口調で遮った。
馬鹿馬鹿しすぎて、冷静になろうと勤める必要すらなかった。
こんなつまらない誤解、一秒でもはやく解いてしまわなければ。
「君は『名前』と『条件』によって僕に呪をかけたんだよね? 『椎葉八郎太』という名前と、『僕がキツネの君を受け入れているなら』という条件で。それで僕が呪の影響を受けなかったから、君は僕のことを信じられなくなった」
「そ、そうだよ」
「はぁ、やれやれ」
僕は目一杯村上春樹的にため息をついた。
「あのね、それが誤解なの。間違ってたのは『条件』じゃなくて、もう一つのほうなの」
つまり、と僕は続ける。
「つまり、こう見えて僕は椎葉八郎太じゃない」
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