35 / 36
最終章 帰つ寝
16.甘く幸せなバッドエンド
しおりを挟む
そのようにして僕は夕声の心を取り戻した。
僕と彼女はこれまで通りに、いや、これまで以上に強い信頼に結ばれ、そうして末永く幸せに暮らしたでしょう。
めでたしめでたし、とっぴんぱらりのぷぅ。
……というわけにはいかないのが現実である。
深まり続けた夕暮れの朱色が、夜の藍色へと推移する時間帯となっていた。
境内は夕暮れ時とはまた違った神秘さを醸し出している。結局のところ、この女化神社はあらゆる瞬間に美しいのだ。
その静かに神さびた境内に、静けさとは正反対に騒々しい我々がいた。
「ハ、ハチ! さぁ、こっちは覚悟を決めたぞ! あらためて、あ、あ、あたしを物にしてみせろ!!」
「待って待って待って、待って!」
なにかを促すように目を閉じて背筋を伸ばした夕声を、慌てて制する。
そっちの覚悟が決まってもこっちの覚悟は全然決まってない。
「……なんだよ、さっきの恥ずかしい告白の数々は、嘘だったのか?」
「いやもちろん、もちろん全然嘘じゃないけど……」
「だったら、ほ、ほら」
責任の履行を求めるように、夕声は再び瞳を閉じて顎をあげる。
しかし残念ながら、フィーバータイムはすでに終わってしまっていた。
平気で『好き』とか『恋』とか『愛しい』とか連呼出来ていた魔法の(あるいは狂気の)時間は過ぎ去って、我々は二人とも色恋に免疫のない恋愛初心者に戻ってしまった。
というか、さっきまでの反動でいつもよりその手の言動に対して敏感になっている気すらする。
だから。
「今日これ以上そういうことを言ったり聞いたりしたりされたりしたら……最悪、僕たちは色恋の過剰摂取で死んじゃうんじゃない?」
冗談ではなく真剣にそう言った僕に、夕声もまたゴクリと生唾を飲み込む。
しかしそのあとで、彼女はまなじりを決して言った。
「だ、だったら、い、一緒に、死ぬか?」
あた、あたしはそれでもいいよ! と。
そう言って上目遣いに覗き込んでくる潤んだ瞳に、殺されはしないまでも完全に悩殺される。
本当に、この娘は存在そのものが反則だ。
社務所から宮司さんが出てきて、僕たちの近くを通り過ぎた。
僕と夕声が一緒にいるのを見て、君たちはいつも一緒だなぁ、と笑いながら茶化した。
親しい第三者からのそんな好意的な冷やかしにすら僕と夕声は赤面する。
それから少しだけ遅れて、やっぱりもうお祓いの必要はないのだと、そう悟った。
女化神社は巫女を取り戻したのだ。
「……まぁ、なんにせよ大団円かな、これは」
結局、僕は彼女の魅力に抗しきることが出来なかった。
大人として未成年を正しく諭し導くこともできなかったし、ポリシーもモラルもすべてを投げ出す羽目にもなった。
そしてその結果として手に入れたのは、スペシャルにチャーミングな彼女の尻におそらくはこのさき一生敷かれ続ける権利だけ。
やれやれ、なんて甘やかで幸せな大団円だろう。僕が夕声を物にしたのではなく、夕声が僕を物にしたと言ったほうが正しいんじゃないだろうか。
これからのことを思うと少しだけ先が思いやられるけど、まぁそれはまたいずれ考えればいい。
終わり良ければすべてよし、今日のところはそういうことにしよう。
と、そんな風にエンディングを意識しはじめた、そのとき。
「あ……」
まだもう一つだけ、とんでもないやり残しがあることに気付いた。
「ゆ、夕声!」
「ひゃ、ひゃい!」
いきなり名前を呼ばれた夕声が、飛び上がらんばかりに驚いた。
その彼女に、僕はゆっくりと手を伸ばす。
僕の手が触れた途端、夕声の肩がびくんと跳ねた。
怯えるように瞳を閉じる夕声に、閉じないで、とお願いする。
そうして開かせた瞳を、至近の距離からまっすぐに見つめながら。
「夕声、あの、僕は……」
僕は、万感の思いを込めて彼女にそれを伝える。
ずっと言いたくて、なのにずっと言いそびれていた言葉を。
「僕は、君の夕声という名前が、とても、とても好きです」
最終章・了
僕と彼女はこれまで通りに、いや、これまで以上に強い信頼に結ばれ、そうして末永く幸せに暮らしたでしょう。
めでたしめでたし、とっぴんぱらりのぷぅ。
……というわけにはいかないのが現実である。
深まり続けた夕暮れの朱色が、夜の藍色へと推移する時間帯となっていた。
境内は夕暮れ時とはまた違った神秘さを醸し出している。結局のところ、この女化神社はあらゆる瞬間に美しいのだ。
その静かに神さびた境内に、静けさとは正反対に騒々しい我々がいた。
「ハ、ハチ! さぁ、こっちは覚悟を決めたぞ! あらためて、あ、あ、あたしを物にしてみせろ!!」
「待って待って待って、待って!」
なにかを促すように目を閉じて背筋を伸ばした夕声を、慌てて制する。
そっちの覚悟が決まってもこっちの覚悟は全然決まってない。
「……なんだよ、さっきの恥ずかしい告白の数々は、嘘だったのか?」
「いやもちろん、もちろん全然嘘じゃないけど……」
「だったら、ほ、ほら」
責任の履行を求めるように、夕声は再び瞳を閉じて顎をあげる。
しかし残念ながら、フィーバータイムはすでに終わってしまっていた。
平気で『好き』とか『恋』とか『愛しい』とか連呼出来ていた魔法の(あるいは狂気の)時間は過ぎ去って、我々は二人とも色恋に免疫のない恋愛初心者に戻ってしまった。
というか、さっきまでの反動でいつもよりその手の言動に対して敏感になっている気すらする。
だから。
「今日これ以上そういうことを言ったり聞いたりしたりされたりしたら……最悪、僕たちは色恋の過剰摂取で死んじゃうんじゃない?」
冗談ではなく真剣にそう言った僕に、夕声もまたゴクリと生唾を飲み込む。
しかしそのあとで、彼女はまなじりを決して言った。
「だ、だったら、い、一緒に、死ぬか?」
あた、あたしはそれでもいいよ! と。
そう言って上目遣いに覗き込んでくる潤んだ瞳に、殺されはしないまでも完全に悩殺される。
本当に、この娘は存在そのものが反則だ。
社務所から宮司さんが出てきて、僕たちの近くを通り過ぎた。
僕と夕声が一緒にいるのを見て、君たちはいつも一緒だなぁ、と笑いながら茶化した。
親しい第三者からのそんな好意的な冷やかしにすら僕と夕声は赤面する。
それから少しだけ遅れて、やっぱりもうお祓いの必要はないのだと、そう悟った。
女化神社は巫女を取り戻したのだ。
「……まぁ、なんにせよ大団円かな、これは」
結局、僕は彼女の魅力に抗しきることが出来なかった。
大人として未成年を正しく諭し導くこともできなかったし、ポリシーもモラルもすべてを投げ出す羽目にもなった。
そしてその結果として手に入れたのは、スペシャルにチャーミングな彼女の尻におそらくはこのさき一生敷かれ続ける権利だけ。
やれやれ、なんて甘やかで幸せな大団円だろう。僕が夕声を物にしたのではなく、夕声が僕を物にしたと言ったほうが正しいんじゃないだろうか。
これからのことを思うと少しだけ先が思いやられるけど、まぁそれはまたいずれ考えればいい。
終わり良ければすべてよし、今日のところはそういうことにしよう。
と、そんな風にエンディングを意識しはじめた、そのとき。
「あ……」
まだもう一つだけ、とんでもないやり残しがあることに気付いた。
「ゆ、夕声!」
「ひゃ、ひゃい!」
いきなり名前を呼ばれた夕声が、飛び上がらんばかりに驚いた。
その彼女に、僕はゆっくりと手を伸ばす。
僕の手が触れた途端、夕声の肩がびくんと跳ねた。
怯えるように瞳を閉じる夕声に、閉じないで、とお願いする。
そうして開かせた瞳を、至近の距離からまっすぐに見つめながら。
「夕声、あの、僕は……」
僕は、万感の思いを込めて彼女にそれを伝える。
ずっと言いたくて、なのにずっと言いそびれていた言葉を。
「僕は、君の夕声という名前が、とても、とても好きです」
最終章・了
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
離縁の雨が降りやめば
碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる