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Chapter5 色欲の唇
第52話 問答
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ベルフェゴールとの死闘が終わり、未だ怒髪天突と闘っているであろう栄作の加勢に行こう、という彩香の提案を断った黒時《くろとき》。
これまで黒時がどんな発言や行動をしても常に彩香は黒時に賛同してきたのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
駄紋も死に、そして栄作も死ぬなんてことになれば、まだか弱い少女には少々残酷すぎた。
黒時は彩香へ否定の言葉を発した後、怜奈の背から降り、若干回復した足を引き摺る形で駄紋の死体へと歩いて行った。
場の女性たちはそれをじっと静かに見守る。哀悼の思いが、黒時の中に溢れているのだろう、と思いながら。
しかし、やはり違った。
黒時にはそんな思い、微塵もなかった。
駄紋の死は、ただの死。事実を事実として捉えた、それだけだった。
悲しみなんて、一切ない。
黒時が彼の元に向かったのは、折れた足を引き摺りながら必死に彼の元へ向かったのは――ベルゼブブのコアを回収するためであった。
「!? 先輩何を――」
駄紋の死体の側に立ち、黒時は駄紋の開いた腹の穴の中に手を差し込んだ。
ぐちゃぐちゃと、不快な音を立てながら体内をかき回していく。黒時を神聖視している怜奈も、この光景にはおぞましさを感じずにはいられなかった。
少しばかりかき回し、ようやく見つける。ベルゼブブのコア。駄紋の体から引き抜き、それを高らかに掲げると、コアは黒時の身体の中へと吸収されていった。
用は済んだ。
そう思って黒時は皆のところに戻ろうと振り向いたが、それぞれの顔の歪みようを見るに、歓迎されそうにはなかった。
むしろ、嫌悪感を抱いている、そんな感じだった。
「あのさ――」
口を開いたのは、瑠野である。
「聞きそびれてたんだけど、この人がアンタらの探してた女教師だよね? で、もう一人の教師はどうしたの?」
瑠野の質問がただの質問ではないことに気付かなかったのは、彩香だけだった。
もう一人の教師、つまり妬美が『どこに行った』ではなく、彼女は『どうした』と言ったのだ。
普通ならば、そうは言わないだろう。瑠野だってそんな聞き方をするつもりはなかった。
黒時の、死体の体内をかき回す、という常軌を逸した行動を見るまでは。
「ね、ねえ、黒時先輩、妬美先生は?」
「…………」
黒時は何も答えない。
そもそも黒時自身、実のところ彼がどうなったのか知らないのだ。多分死んでいるだろう、とそう思っているだけで、本当にそうなのかどうかは分かってはいないのである。
まあ、事実は黒時の予測通りなのだが、それでもやはり明確でない答えを提出するというのは彼の性格上できることではなかった。
「なんとか言いなよ。それとも何か言えないわけでもあんの?」
まるで糾弾するかのような瑠野の発言。
こうなってしまっては今更『知らない』と言っても信じてはもらえないだろう。むしろ、逆に疑いが増すような気がする。
黒時は何も答えず、口を閉じたまま佇み続ける。
しばしの沈黙。そしてやっと、当の本人が、妬美を殺した犯人が口を開いたのだった。
「妬美先生は……、悪魔に殺されたんだ」
「殺された? だったら、なんで黙ってたわけ?」
「目の前で一人死んだ。そんな状況で、実はもう一人死んでいた、なんて簡単に言
えるわけがないだろう。私だって、黒時だって」
ふーん、と納得したような雰囲気を漂わせながらも、瑠野は怜奈の目から視線を外さない。
「そっか、妬美先生も、殺されちゃったんですね。あーあ、彩香も殺されちゃうのかなぁ」
「大丈夫だって、彩香はアタシが守るよ」
「あ、あはは……はは、あ、ありがとう」
「お礼はベッドの中でいいよ」
冗談なのか本気なのか、少々怯えながらも元気付けようとしてくれていることを彩香は感じ、少し顔が綻んだ。まあ、すぐにまた歪んでしまうのだが。
「で、二人も死んで、おまけに今、悪魔と闘ってる奴がいるわけだけど、アンタはどう思ってるワケ?」
瑠野の黒時を責める言葉は止まらない。
黒時も分かっている。
ここで本心を言ってしまえば面倒な状況になってしまうことを。
瑠野の望んでいる答えを適当に述べてやればきっと面倒を回避できるのだろうけれど、考えてみれば、回避する必要性なんてどこにもなかった。
最終的に七体の悪魔のコアが手に入ればそれでいいのだから、誰にどう思われようが別に構わない。何の問題もない。
だから黒時は至って冷静な顔で――
「別になんとも」
と言った。
この答えを聞いた瑠野と彩香は、解答者の顔つきとは逆にその顔を歪ませた。
これまで黒時がどんな発言や行動をしても常に彩香は黒時に賛同してきたのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
駄紋も死に、そして栄作も死ぬなんてことになれば、まだか弱い少女には少々残酷すぎた。
黒時は彩香へ否定の言葉を発した後、怜奈の背から降り、若干回復した足を引き摺る形で駄紋の死体へと歩いて行った。
場の女性たちはそれをじっと静かに見守る。哀悼の思いが、黒時の中に溢れているのだろう、と思いながら。
しかし、やはり違った。
黒時にはそんな思い、微塵もなかった。
駄紋の死は、ただの死。事実を事実として捉えた、それだけだった。
悲しみなんて、一切ない。
黒時が彼の元に向かったのは、折れた足を引き摺りながら必死に彼の元へ向かったのは――ベルゼブブのコアを回収するためであった。
「!? 先輩何を――」
駄紋の死体の側に立ち、黒時は駄紋の開いた腹の穴の中に手を差し込んだ。
ぐちゃぐちゃと、不快な音を立てながら体内をかき回していく。黒時を神聖視している怜奈も、この光景にはおぞましさを感じずにはいられなかった。
少しばかりかき回し、ようやく見つける。ベルゼブブのコア。駄紋の体から引き抜き、それを高らかに掲げると、コアは黒時の身体の中へと吸収されていった。
用は済んだ。
そう思って黒時は皆のところに戻ろうと振り向いたが、それぞれの顔の歪みようを見るに、歓迎されそうにはなかった。
むしろ、嫌悪感を抱いている、そんな感じだった。
「あのさ――」
口を開いたのは、瑠野である。
「聞きそびれてたんだけど、この人がアンタらの探してた女教師だよね? で、もう一人の教師はどうしたの?」
瑠野の質問がただの質問ではないことに気付かなかったのは、彩香だけだった。
もう一人の教師、つまり妬美が『どこに行った』ではなく、彼女は『どうした』と言ったのだ。
普通ならば、そうは言わないだろう。瑠野だってそんな聞き方をするつもりはなかった。
黒時の、死体の体内をかき回す、という常軌を逸した行動を見るまでは。
「ね、ねえ、黒時先輩、妬美先生は?」
「…………」
黒時は何も答えない。
そもそも黒時自身、実のところ彼がどうなったのか知らないのだ。多分死んでいるだろう、とそう思っているだけで、本当にそうなのかどうかは分かってはいないのである。
まあ、事実は黒時の予測通りなのだが、それでもやはり明確でない答えを提出するというのは彼の性格上できることではなかった。
「なんとか言いなよ。それとも何か言えないわけでもあんの?」
まるで糾弾するかのような瑠野の発言。
こうなってしまっては今更『知らない』と言っても信じてはもらえないだろう。むしろ、逆に疑いが増すような気がする。
黒時は何も答えず、口を閉じたまま佇み続ける。
しばしの沈黙。そしてやっと、当の本人が、妬美を殺した犯人が口を開いたのだった。
「妬美先生は……、悪魔に殺されたんだ」
「殺された? だったら、なんで黙ってたわけ?」
「目の前で一人死んだ。そんな状況で、実はもう一人死んでいた、なんて簡単に言
えるわけがないだろう。私だって、黒時だって」
ふーん、と納得したような雰囲気を漂わせながらも、瑠野は怜奈の目から視線を外さない。
「そっか、妬美先生も、殺されちゃったんですね。あーあ、彩香も殺されちゃうのかなぁ」
「大丈夫だって、彩香はアタシが守るよ」
「あ、あはは……はは、あ、ありがとう」
「お礼はベッドの中でいいよ」
冗談なのか本気なのか、少々怯えながらも元気付けようとしてくれていることを彩香は感じ、少し顔が綻んだ。まあ、すぐにまた歪んでしまうのだが。
「で、二人も死んで、おまけに今、悪魔と闘ってる奴がいるわけだけど、アンタはどう思ってるワケ?」
瑠野の黒時を責める言葉は止まらない。
黒時も分かっている。
ここで本心を言ってしまえば面倒な状況になってしまうことを。
瑠野の望んでいる答えを適当に述べてやればきっと面倒を回避できるのだろうけれど、考えてみれば、回避する必要性なんてどこにもなかった。
最終的に七体の悪魔のコアが手に入ればそれでいいのだから、誰にどう思われようが別に構わない。何の問題もない。
だから黒時は至って冷静な顔で――
「別になんとも」
と言った。
この答えを聞いた瑠野と彩香は、解答者の顔つきとは逆にその顔を歪ませた。
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