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Chapter5 色欲の唇
第54話 悪魔の呼び方
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「大丈夫か黒時?」
二人の女性が去り、場に残された黒時と怜奈。
辺りは静寂に包まれ、本当の闇の中にあるような気さえする。そんな闇を晴らすように、怜奈は重い空気の中で口を開いたのだった。
「まあ、折れてるからな。問題ないとは言い切れないが、それなりに大丈夫だ」
怜奈が放った言外の意味は、黒時が答えたような身体についてではなく、二人の仲間が離れて行った、それに対しての心情を慮って尋ねたのだが、どうやら黒時には怜奈の思いやりが通じなかったようである。
普通ならばいつまでも引き摺って考えてしまいそうなことでも、黒時にとっては気に留めることでもないのかもしれない。
「これからどうする? 少し前に休んだばかりだがそんな脚だ。また休むか?」
「そうだな。できたらそうしたい。脚が折れてるのは中々不便だ」
骨折を不便、の一言で片付けることができるのは、寝れば治る、という確証があってこそだろう。
常人ならば医者の治療を受け、適切な処置を施しておかなければずれた骨が血管や神経を圧迫して後遺症を引き起こしたりしてしまうものだが、彼の場合はそんな心配をする必要がないのだ。
驚異的な自然治癒力。
換言すれば医者を廃業へと追い込む力と言えよう。まあ、この世界に医者などいないのだが。
黒時の脚を治癒させるため休息をとることにした二人は、すぐ側にあったホテルに入って行った。
先刻利用していたホテルと然程変わらず、黒時は適当に一番近い部屋を選んで無理矢理ドアをこじ開けて中に入る。
部屋に入っていく黒時に続いて怜奈も入ろうとしたが――
「マッサージは結構だ。骨だからな、マッサージじゃ治らないだろう?」
と言われ、やんわりと部屋への侵入を拒絶された。
もっともな意見を述べれられては怜奈も引き下がる他なく、しぶしぶ隣の部屋へと向かって行った。
静かな空間。
黒時は一人、ベッドの上に寝転がり天井を見上げた。一人だけの時間というものは人に思いを巡らさせるもので、それは黒時もまた例外ではなかった。
突然世界が変貌し、黒い人影が現れ、黒時は神によって選ばれた。
まるで二次元の世界の中のお話だ。仲間と力を合わせて悪魔を倒し、世界を破滅へと導こうとしている魔王を倒す、そして世界を元に戻すのだ。
きっと、そんなお話。
しかし、ここは二次元ではなく三次元、現実の世界である。現実の世界に二次元の定番は通用しない。詠唱したところで魔法など使えやしないのだ。
でももし、この世界に本当に魔王がいるのだとしたら、きっとそれは自分だろうと、黒時は思った。
破滅へと導く存在、それが魔王なのだから、元の世界を破壊して新たな世界を描き出そうとしてる自分は、勇者に倒される魔王なのだろう。
けれど、黒時は二次元の世界観には疎い。
だから、勇者や魔王を知っていても、魔王は勇者に倒されるものであるとは知っていても、倒され方を知らない。
野望を打ち砕かれる状況を知らない。まあ、そもそもこの世界に勇者なんて者がいればの話だが、もしいたとしても、知らないがゆえに、黒時は平然と勇者を殺しに向かうのだろう。何の感情も抱かず、勇者の放つ光に戸惑うこともなく、淡々と、事務作業をこなすかのように、黒時は勇者を殺す。
世界を元に戻そうと、決死の覚悟で闘いに挑んだ勇者たちを殺すのだろう。
ベッドの上に寝転がっている黒時は、何度か寝返りを打って、体勢をしきりなしに変えていた。
どうやら寝付けないようだった。
それもそうだろう、先刻まで眠っていたのだから、またすぐに眠れるはずもない。
睡眠は十分に足りているのだ。
しかし、寝なければ折れた足が治らない。
黒時は、はあ、と一つため息をついて、眠れないのならば寝ようとしても無駄だと悟り、そしてふと気付いたことがあった。
七体の悪魔と七人の人間。
これらに関係性があることはもはや疑う余地もないが、しかしだとしたら、器として選ばれた人間は、どのようにして悪魔を出現させているのだろうか。
この世界で初めて出会った悪魔、ルシファー。
恐らく奴の器は栄作だろう。
あの場にいたのが自分と栄作だけであることを考えれば、それが自然だ。だが、あの時栄作は何もしていない。何もしていなかったが悪魔は現れたのだ。
次の悪魔はマモン。奴の器は彩香だった。
マモンが現れた時、彩香は何かしていただろうか。栄作と同じで何もしていなかったようにも思うが、そういえば栄作とは違う部分があった。
彩香はあの時、怒鳴っていた。叫んでいた。己の欲をさらけ出すかのように、心の底から咆哮していたのだ。それが、マモンを出現させたのだろうか。
三体目はベルゼブブ。器は駄紋だ。
この時は、分かる。
明らかに駄紋は常人の域を逸脱した行為を行っていた。国際ホテルの食料全てを喰らうという、常識の範疇外のことをしてみせたのだ。
それがベルゼブブを出現させるきっかけになったとしたら、彩香の叫びとの因果関係はどこにあるのか。
いや、ある。
二つ共に共通している部分がある。そしてそれは、レヴィアタンが出現した際にも当てはまる。
ベルフエゴールがどのようにして出現したのかは知らないが、レヴィアタンは妬美が嫉妬した時に現れた。
自分と怜奈が仲睦まじく(黒時自身にそんな気はないが)している様子を見て、妬美が嫉妬した時に現れたのだ。
欲、食、嫉妬。
これらはつまり、三人の本質。
彼らが真の人間として覚醒を始めた、その時に悪魔は現れたのだ。いや、語弊がある。
悪魔は呼ばれたのだ。
もともと悪魔たちは存在していて、器の覚醒によって彼らのもとに呼ばれたのだ。器の中に収められるために、はたまた、器を破壊し自由となるために。
この世界の片鱗が見え出して、黒時は勢いよくベッドから飛び降りた。
所詮は黒時が導き出した答えではあったのだが、それは間違いではなかった。
見事に的中していたのである。
それはこれから起こる出来事を見れば、明確だ。黒時は、思惑どおり悪魔を呼んだのだから。
黒時はベッドから飛び降りた勢いのまま部屋からも飛び出した。
折れた足を引き摺りながら黒時は思う。
器が覚醒すれば、悪魔が呼ばれ現れる。
だとしたら――村々怜奈は。
あの器が適合する悪魔を呼び出すには、彼女を覚醒させてやればいい。
隣の部屋の前に立ち、黒時はドアノブをその手に掴んだ。ゆっくりと回し扉を開いていく。
「? どうした黒時? なにか用か?」
彼女の本質、真の人間としての基盤。それは性。情愛を欠いた淫欲。
ならば。
彼女を抱いてやれば、悪魔は現れるのでは、と黒時はそう思ったのだった。
二人の女性が去り、場に残された黒時と怜奈。
辺りは静寂に包まれ、本当の闇の中にあるような気さえする。そんな闇を晴らすように、怜奈は重い空気の中で口を開いたのだった。
「まあ、折れてるからな。問題ないとは言い切れないが、それなりに大丈夫だ」
怜奈が放った言外の意味は、黒時が答えたような身体についてではなく、二人の仲間が離れて行った、それに対しての心情を慮って尋ねたのだが、どうやら黒時には怜奈の思いやりが通じなかったようである。
普通ならばいつまでも引き摺って考えてしまいそうなことでも、黒時にとっては気に留めることでもないのかもしれない。
「これからどうする? 少し前に休んだばかりだがそんな脚だ。また休むか?」
「そうだな。できたらそうしたい。脚が折れてるのは中々不便だ」
骨折を不便、の一言で片付けることができるのは、寝れば治る、という確証があってこそだろう。
常人ならば医者の治療を受け、適切な処置を施しておかなければずれた骨が血管や神経を圧迫して後遺症を引き起こしたりしてしまうものだが、彼の場合はそんな心配をする必要がないのだ。
驚異的な自然治癒力。
換言すれば医者を廃業へと追い込む力と言えよう。まあ、この世界に医者などいないのだが。
黒時の脚を治癒させるため休息をとることにした二人は、すぐ側にあったホテルに入って行った。
先刻利用していたホテルと然程変わらず、黒時は適当に一番近い部屋を選んで無理矢理ドアをこじ開けて中に入る。
部屋に入っていく黒時に続いて怜奈も入ろうとしたが――
「マッサージは結構だ。骨だからな、マッサージじゃ治らないだろう?」
と言われ、やんわりと部屋への侵入を拒絶された。
もっともな意見を述べれられては怜奈も引き下がる他なく、しぶしぶ隣の部屋へと向かって行った。
静かな空間。
黒時は一人、ベッドの上に寝転がり天井を見上げた。一人だけの時間というものは人に思いを巡らさせるもので、それは黒時もまた例外ではなかった。
突然世界が変貌し、黒い人影が現れ、黒時は神によって選ばれた。
まるで二次元の世界の中のお話だ。仲間と力を合わせて悪魔を倒し、世界を破滅へと導こうとしている魔王を倒す、そして世界を元に戻すのだ。
きっと、そんなお話。
しかし、ここは二次元ではなく三次元、現実の世界である。現実の世界に二次元の定番は通用しない。詠唱したところで魔法など使えやしないのだ。
でももし、この世界に本当に魔王がいるのだとしたら、きっとそれは自分だろうと、黒時は思った。
破滅へと導く存在、それが魔王なのだから、元の世界を破壊して新たな世界を描き出そうとしてる自分は、勇者に倒される魔王なのだろう。
けれど、黒時は二次元の世界観には疎い。
だから、勇者や魔王を知っていても、魔王は勇者に倒されるものであるとは知っていても、倒され方を知らない。
野望を打ち砕かれる状況を知らない。まあ、そもそもこの世界に勇者なんて者がいればの話だが、もしいたとしても、知らないがゆえに、黒時は平然と勇者を殺しに向かうのだろう。何の感情も抱かず、勇者の放つ光に戸惑うこともなく、淡々と、事務作業をこなすかのように、黒時は勇者を殺す。
世界を元に戻そうと、決死の覚悟で闘いに挑んだ勇者たちを殺すのだろう。
ベッドの上に寝転がっている黒時は、何度か寝返りを打って、体勢をしきりなしに変えていた。
どうやら寝付けないようだった。
それもそうだろう、先刻まで眠っていたのだから、またすぐに眠れるはずもない。
睡眠は十分に足りているのだ。
しかし、寝なければ折れた足が治らない。
黒時は、はあ、と一つため息をついて、眠れないのならば寝ようとしても無駄だと悟り、そしてふと気付いたことがあった。
七体の悪魔と七人の人間。
これらに関係性があることはもはや疑う余地もないが、しかしだとしたら、器として選ばれた人間は、どのようにして悪魔を出現させているのだろうか。
この世界で初めて出会った悪魔、ルシファー。
恐らく奴の器は栄作だろう。
あの場にいたのが自分と栄作だけであることを考えれば、それが自然だ。だが、あの時栄作は何もしていない。何もしていなかったが悪魔は現れたのだ。
次の悪魔はマモン。奴の器は彩香だった。
マモンが現れた時、彩香は何かしていただろうか。栄作と同じで何もしていなかったようにも思うが、そういえば栄作とは違う部分があった。
彩香はあの時、怒鳴っていた。叫んでいた。己の欲をさらけ出すかのように、心の底から咆哮していたのだ。それが、マモンを出現させたのだろうか。
三体目はベルゼブブ。器は駄紋だ。
この時は、分かる。
明らかに駄紋は常人の域を逸脱した行為を行っていた。国際ホテルの食料全てを喰らうという、常識の範疇外のことをしてみせたのだ。
それがベルゼブブを出現させるきっかけになったとしたら、彩香の叫びとの因果関係はどこにあるのか。
いや、ある。
二つ共に共通している部分がある。そしてそれは、レヴィアタンが出現した際にも当てはまる。
ベルフエゴールがどのようにして出現したのかは知らないが、レヴィアタンは妬美が嫉妬した時に現れた。
自分と怜奈が仲睦まじく(黒時自身にそんな気はないが)している様子を見て、妬美が嫉妬した時に現れたのだ。
欲、食、嫉妬。
これらはつまり、三人の本質。
彼らが真の人間として覚醒を始めた、その時に悪魔は現れたのだ。いや、語弊がある。
悪魔は呼ばれたのだ。
もともと悪魔たちは存在していて、器の覚醒によって彼らのもとに呼ばれたのだ。器の中に収められるために、はたまた、器を破壊し自由となるために。
この世界の片鱗が見え出して、黒時は勢いよくベッドから飛び降りた。
所詮は黒時が導き出した答えではあったのだが、それは間違いではなかった。
見事に的中していたのである。
それはこれから起こる出来事を見れば、明確だ。黒時は、思惑どおり悪魔を呼んだのだから。
黒時はベッドから飛び降りた勢いのまま部屋からも飛び出した。
折れた足を引き摺りながら黒時は思う。
器が覚醒すれば、悪魔が呼ばれ現れる。
だとしたら――村々怜奈は。
あの器が適合する悪魔を呼び出すには、彼女を覚醒させてやればいい。
隣の部屋の前に立ち、黒時はドアノブをその手に掴んだ。ゆっくりと回し扉を開いていく。
「? どうした黒時? なにか用か?」
彼女の本質、真の人間としての基盤。それは性。情愛を欠いた淫欲。
ならば。
彼女を抱いてやれば、悪魔は現れるのでは、と黒時はそう思ったのだった。
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