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Chapter5 色欲の唇
第56話 村々怜奈
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村々怜奈。
彼女は異常な性欲の持ち主である。
歴史を紐解けば、いや、そんな大仰にしなくても現代の中でも色を強く好み、己の身を淫欲の渦の中に溺れさせる者がいないとは言い切れないが、彼女はきっとそんな者たちから見ても異常である、とそう思われてしまうだろう。
彼女には心の奥底で常に望んでいたことがあった。
何がきっかけでそうなったのかは判然とはしないが、恐らく幼少期の影響だろう、と怜奈自身は思っている。
怜奈が小学校に入学したくらいの頃からだろうか、偶然ではあるのだが、彼女は頻繁に情を交わす人間たちを目にするようになった。
家では両親が、学校では教師が、公園では高校生が、車の中では男の集団と一人の女が。
これでも一部、到底全てを挙げることなどできはしない。
何故なら彼女は、毎日目にしていたのだから。
年齢も性別も関係なく、人間という種が交わる光景を、いたるところで彼女は毎日目にしてきたのだ。これまでも、世界が変貌するまでずっと――。
だからそんな日常が、自分を歪ませたのだろう。そういうことにしておかなければ、怜奈は自分が恐ろしくてたまらなかった。
あまりに異常だったから。
自分が心の奥底でずっと望んでいるそれが、あまりにも恐ろしかったから。
それでも一度。一度だけ人に言ったことがあった。
怜奈がまだ大学に通っていた頃、その当時付き合っていた男性に彼女は結婚を申し込まれたことがあった。
怜奈は教師になって働きたい気持ちも表面にはあったので、返答に悩んだが、彼の、お互い働いて家のことは二人で分担していこう、という言葉で結婚を受け入れることを決意した。
いつごろ籍を入れるか、そんなことを古ぼけたアパートの一室で二人話していた時、怜奈はふと思ってしまった。
自分の心の奥底にあるこの望み、これまでは隠してきたけれど、このまま隠していていいのだろうか、と。
これから二人で一つの人生を歩みだすと言っても過言ではないのだ、であれば自分の抱くこの望みも彼に知ってもらっておかなければならないのではないか、と怜奈は思ってしまったのだ。
望みが叶うことはない。それは分かっている。
でも、知っていてもらいたい。
自分はこんな人間なのだと、最愛の彼に知っていてもらいたい。
そう思った彼女は、彼に言った。
自分の心の奥底を包み隠さず、全てをさらけ出した。
そしてそれ以降、彼は怜奈の前に姿を見せることはなかった。
彼が最後に残した言葉。全てをさらけ出した怜奈に向けて残していった言葉。
それは――
「気持ち悪い」
だった。
怜奈も当時は落ち込んだ。
それどころか何度も死ぬことさえ考えた。やはり自分は異常者だ。この世界に居場所などない、そう思った。
なんとか立ち直り教師になって人生を歩んでいたけれど、心の傷はそう簡単に癒えはしなかった。
しかし今、世界は変わった。
怜奈を取り巻く世界が、世界そのものが変わった。
だから怜奈は、また口にすることにした。心の奥底にある望み、一時はそれを口にしたことで絶望を味わったけれど、それでも彼女は口にせずにはいられなかった。
止まらないのだ。身体の底から、心の底から湧き出る淫欲が止まらないのだ。
自分の身体に乗っている一人の少年を見ていると、感じていると、本当の自分が表面に現れてくる。
止められない、抑えれない。
だから彼女は耐え切れず、また――
「私が死ぬまでずっと、私を犯し続けていてほしい」
と、そう言った。
彼女は異常な性欲の持ち主である。
歴史を紐解けば、いや、そんな大仰にしなくても現代の中でも色を強く好み、己の身を淫欲の渦の中に溺れさせる者がいないとは言い切れないが、彼女はきっとそんな者たちから見ても異常である、とそう思われてしまうだろう。
彼女には心の奥底で常に望んでいたことがあった。
何がきっかけでそうなったのかは判然とはしないが、恐らく幼少期の影響だろう、と怜奈自身は思っている。
怜奈が小学校に入学したくらいの頃からだろうか、偶然ではあるのだが、彼女は頻繁に情を交わす人間たちを目にするようになった。
家では両親が、学校では教師が、公園では高校生が、車の中では男の集団と一人の女が。
これでも一部、到底全てを挙げることなどできはしない。
何故なら彼女は、毎日目にしていたのだから。
年齢も性別も関係なく、人間という種が交わる光景を、いたるところで彼女は毎日目にしてきたのだ。これまでも、世界が変貌するまでずっと――。
だからそんな日常が、自分を歪ませたのだろう。そういうことにしておかなければ、怜奈は自分が恐ろしくてたまらなかった。
あまりに異常だったから。
自分が心の奥底でずっと望んでいるそれが、あまりにも恐ろしかったから。
それでも一度。一度だけ人に言ったことがあった。
怜奈がまだ大学に通っていた頃、その当時付き合っていた男性に彼女は結婚を申し込まれたことがあった。
怜奈は教師になって働きたい気持ちも表面にはあったので、返答に悩んだが、彼の、お互い働いて家のことは二人で分担していこう、という言葉で結婚を受け入れることを決意した。
いつごろ籍を入れるか、そんなことを古ぼけたアパートの一室で二人話していた時、怜奈はふと思ってしまった。
自分の心の奥底にあるこの望み、これまでは隠してきたけれど、このまま隠していていいのだろうか、と。
これから二人で一つの人生を歩みだすと言っても過言ではないのだ、であれば自分の抱くこの望みも彼に知ってもらっておかなければならないのではないか、と怜奈は思ってしまったのだ。
望みが叶うことはない。それは分かっている。
でも、知っていてもらいたい。
自分はこんな人間なのだと、最愛の彼に知っていてもらいたい。
そう思った彼女は、彼に言った。
自分の心の奥底を包み隠さず、全てをさらけ出した。
そしてそれ以降、彼は怜奈の前に姿を見せることはなかった。
彼が最後に残した言葉。全てをさらけ出した怜奈に向けて残していった言葉。
それは――
「気持ち悪い」
だった。
怜奈も当時は落ち込んだ。
それどころか何度も死ぬことさえ考えた。やはり自分は異常者だ。この世界に居場所などない、そう思った。
なんとか立ち直り教師になって人生を歩んでいたけれど、心の傷はそう簡単に癒えはしなかった。
しかし今、世界は変わった。
怜奈を取り巻く世界が、世界そのものが変わった。
だから怜奈は、また口にすることにした。心の奥底にある望み、一時はそれを口にしたことで絶望を味わったけれど、それでも彼女は口にせずにはいられなかった。
止まらないのだ。身体の底から、心の底から湧き出る淫欲が止まらないのだ。
自分の身体に乗っている一人の少年を見ていると、感じていると、本当の自分が表面に現れてくる。
止められない、抑えれない。
だから彼女は耐え切れず、また――
「私が死ぬまでずっと、私を犯し続けていてほしい」
と、そう言った。
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