ハコニワールド

ぽこ 乃助

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Chapter6 憤怒の髪

第69話 憤怒の覚醒

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 回転が止まり、あまりの勢いによろめく怒髪の身体。

 不安定な態勢のまま、サタンは視線を強欲の腕へと向ける。空中で静止し、掌を広げている強欲の腕に。
 
 そう、彩香が発現した強欲の腕は、サタンを攻撃するためのものではなく――

「四段構えだ、くそ野郎!」

 見栄坊栄作という存在を、サタンの元へ送り届けるためのものだった。

『ぐほあぁぁぁ――!』

 彩香の掌から宙へと身を投げ出した栄作のドロップキックが、サタンの腹部に炸裂した。

 以前、黒時が感激したほどに見事なドロップキック。

 そんな華麗な技を受けた怒髪の身体は、そのまま落下し、ホテルの屋上に叩きつけられた。
 
 ゆっくりと落下していく栄作は、隣のホテルの屋上で待機していた黒時に救出され、問題なく着地した。黒時の役目は、初めから囮と栄作の救助だったのである。

『ぐうぅ、しかし、この程度の攻撃で私は終わりませんよ』

 立ち上がろうとするサタンを見下ろしながら、黒時が言う。

「いいや、終わりだ」

『――!?』

 突如、怒髪の身体が激しく震えだした。その震えはサタンの意思とは関係なく、制御ができない。

『な、なにが、起きているのです!?』

「覚醒するんだよ、そいつが」

 栄作が指差したその先は、怒髪の身体だった。まるで、怒りが頂点に達したかのような形相で震え続ける、怒髪の身体だった。

『どういうことですか!? この方はもう死んでいるというのに』

「賭けだった。本当に反応してくれるかどうか、やってみないと分からなかっ
たからな。だけど、うまくいったみたいだぜ」

『わ、分からない、何故―!?』

 怒髪の震えが一層激しさを増し、彼を覆う大気さえも震えだす。

 そしてやがて、怒髪の真っ赤な燃えるような髪が光を纏いはじめた。

 みるみるうちに怒髪の頭から髪が抜けていく。抜けた光輝く無数の髪は宙に舞い、一つ一つがまるで小さな針のように硬質化していった。

 硬質化した髪は宙に貼り付けられたかのように止まり、その針の先は全て、怒髪の身体に向けられていた。

『こ、これは、憤怒の髪、ですか……、脱出をしなければ――!?』

 怒髪の身体から抜け出そうと試みるサタン。しかし、出来ない。いくら足掻いても、体外へと出ることができない。

『どうなっているのだ!?』

「身体だよ」

 栄作が、サタンを見据えながら言う。

「知らないか? 人間の心ってのはいろんな場所に宿るんだ。心臓だったり、身体だったり。ほら、よく言うだろ? 身体が覚えている、みたいなこと。だからさ、もしかしたら、そいつも身体が覚えてるんじゃないか、って思ったんだ。俺に蹴られたあの時の怒りを、今でも身体が覚えてるんじゃないか、ってな」

『あのドロップキック、ですか。憤怒が本質である彼を怒らせて、覚醒を狙った、と。しかし、解せない。身体が覚えていたとしても、死んでいるのだから身体を動かせるわけが……』

「気付かないのか?」

 栄作は、右手で頭を、左手で左胸を押さえた。

『…………! わ、私か。脳と心臓……、この方の身体が、私を利用しているのか!?』

「気付くのが遅かったな。俺達の、勝ちだ」

『……ホッホッ。まさか、私が敗れるとは……。でもまあ、楽しめたから良しとしますか』

 宙で待ち構えていた無数の髪が、一斉に怒髪の身体目掛けて射出された。

 腕が、足が、腹が、脳が、心臓が――身体の全てが射抜かれ、針の山となっていく。

 人型の剣山から流れ出てくる血の色は、どす黒い濁った色だった。

「まさかお前の予想通り、本当に自殺するとはな」

「身体の中に悪魔がいるなんて、あいつ怒るだろうな、って思ってさ。自分ごと殺しちゃうような気がしたんだよ」

「……そうか」

 流れ出てくる黒い血の中に、光る玉が転がり出てきた。

 満たされるべき器を失くしたサタンのコアは、近くにいた黒時の中へと自然に吸収されていく。
 
 これで、六体の悪魔が死んだ。六つのコアが集まった。

「ふぃー、疲れたあ。黒時先輩、後で彩香のこと癒して下さいね?」

「ん? ああ、考えとくよ」

「ちょっ、彩香、こんな奴よりアタシと――」

「黒時様、私を抱いてくれるのでは?」

「おい! 今回活躍したの俺だぞ!? なんで皆、黒時の側に集まるわけ!?」

 皆からどっ、と笑声が漏れた。

 それは次第に大きくなっていき、やがて木霊するほどに響き渡っていった。
 
 残る悪魔は一体。

 始まりであり終わりである悪魔、ルシファーである。

 ルシファーを殺し、そのコアを吸収すれば、新たな世界が描かれる。
 
 黒時は皆の顔を見渡し、思っていた。

 新たな世界。初めは全ての人間の本質がさらけだされた世界を思い描いた。しかし、今となってはそれはもうどうでもいいような気になっている。

 そんなことよりも、こうやって皆と笑っていたい、そう感じている。
 
 黒時は、栄作の顔を見つめた。

 残る悪魔ルシファーを殺せるのは、いまだ力を発現していない栄作である。

 ルシファーがどれほどの強大な力を有しているのかは、最初の出会いで分かっている。

 明らかに、これまでの悪魔とは格が違う。

 けれど、それでも皆で力を合わせればきっと殺せるはずだ。
 
 黒時はぎゅっ、と拳を握り締めた。

 そして、最後の闘いに向けて己の中で、自分を奮い立たせた。

――その時。

 一陣の風が吹いた。

 高所に吹く通常の風とは違い、目眩がするほどに気味の悪い風。

 色で言えば、きっとそれは黒色だっただろう。
 
 黒色。それと――赤色。それが、黒時の目に映った景色だった。

「きゃあぁぁぁ――――!?」

 一人の少女の悲鳴が轟く。

 二人の少年がその声を聞きながら、顔を歪ませる。
 
 そして、二人の女性、怠気瑠野と村々怜奈は――上半身を失い、下半身だけとなっていた。 
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