ハコニワールド

ぽこ 乃助

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Final Chapter 傲慢の人

第75話 攻勢の時

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「栄作!」

 横たわり微動だにしない栄作のもとに黒時が駆け寄る。
 
 栄作の身体に外傷はあまり見られないが、辺りに血が飛び散っている事から察するに、どうやら内臓をやられているようだ。
 
 黒時は栄作の側で膝をつき、彼の体を支えて上半身を起こしていく。

「く、黒時……」

「大丈夫だ。今、治してやる」

 黒時はそう言うと、己の顔を栄作の顔へと近づけていく。

「おい、な、なに、する、、、気だ?」

「俺は怜奈の力を得た。お前も見ていただろ、怜奈が俺の身体を治すのを」

「そ、それって……」

 どこにそんな元気があったのか、栄作は言葉にならぬ叫び声をあげた。

 だが、叫べただけで抵抗する力はない。黒時は彩香にしたことと同じことを、男である栄作にも施した。

「は、ははっ……」

 涙で天を見上げる栄作。その顔には生気が漲っていた。

「大丈夫そうだな」

「おかげさまでな……」

 二人は立ち上がり、遥か先で繰り広げられている少女と悪魔の戦闘を眺める。

「なんか、さっきと同じ構図だよな」

「ああ、そうだな。だけど、確実に前進している。あいつを殺す未来に、近づいてる」

「だな」

 黒時は栄作の手を取り、走り出した。

 ルシファーと対等に闘えているこの状況を維持できるなら、あとは栄作の力が発現すれば全てを終わらせることが出来る。
 
 黒時は走りながら考えた。

 栄作の本質は、傲慢。

 残されたものがそれしかないのだから、疑う余地もないだろう。

 しかし、解らない。何故、栄作が傲慢なのか。確かにそのように見えることがなかったわけでもないが、だからと言ってそれが目立ったわけでもない。

 というか、彩香との絡み方を見る限りでは、むしろ傲慢に遠いような気もする。

 傲慢ではない人間がどのようにして傲慢の力を発現させるのだろうか。
 
 黒時の疑問は解決する暇もなく、気付けば二人は戦闘領域内へと戻って来ていた。

「黒時先輩! 助けてください、一人じゃしんどいです! 死にそうです!」

 ルシファーが振り下ろしてくる拳を強欲の腕で防ぎ、ルシファーが放ってくる目からの光線を怠惰の脚で防ぎながら彩香は援助を要請した。

 彼女のアクションスターのような闘いぶりは驚くべきところだが、黒時も栄作もこれまで驚きすぎて感覚が麻痺してしまっているようだった。

 あんな動きができるんだ、そうなんだ、といったような感情しか湧いてこなかった。

「栄作、俺と彩香があいつをなんとかしのぐ。だから、その間にお前は自分の力の発現方法を考えてくれ」

「え、また俺? いやいや、そんなん無理だって」

「無理でもやってもらうしかない」

「いや、でもよ――」

「任せたぞ!」

 そう言い残して、黒時は彩香のもとへと走って行く。

「先輩、後ろへ!」

 彩香の言葉に従って黒時はルシファーの後ろへ回った。ルシファーの放つ攻撃のほとんどは彩香が防いでくれているが、しかし、背後には尻尾での攻撃が残されている。

 黒時の身体を瀕死に追い込んだ尻尾での波状攻撃。むろん、黒時とて忘れたわけではない。

 鮮明に思い出されるその痛みを忘れることが出来るわけがない。けれど、今回はその痛みを味わうことにならない、という自信があった。

 どんな攻撃でも、上空から降り注いでくるものなら防げる自信があった。
 
 己の背後に回ろうとしている存在に気付いたルシファーは、緩やかに揺れる漆黒の尾を振り上げ迎撃態勢をとる。

 そして、その振り上げた尾を背後に回る者に向けて勢い良く振り下ろした。しかしそれは、見えない床に触れることはなく、なにかがぶつかる衝撃によって宙で止まることとなった。
 
 幾本もの輝く髪――それが、尾での波状攻撃を防いだものの正体だった。

『憤怒の……、髪』

 黒時が発現させたその力は、怒髪天突の憤怒の力だった。彼との関わりと言えば、路地裏での出来事や、ホテルの屋上で闘ったことぐらいだったが、それでも彼の怒りが黒時の中に流れ込んできたのだ。
 
 尾の攻撃を防いだ髪は、そのまま防御から攻撃へと転じる。ルシファーの頭上を越えた髪は一つに集約され、一本の巨大な剣を造り上げた。

『させぬ!』

 ルシファーは顔を上に向け、彩香に放っていた両目からの光線を、彼女ではなく巨大な剣へと放った。

 もしも、上空に造られた剣がルシファーの脳天目掛けて降る予定だったならば、光線によって剣は消滅していただろう。

 黒時もそれをなんとなく分かっていたのだ。普通に攻撃してしまえば防がれるだろう、と直感的にそう感じていた。

 だから黒時は、初めから脳天は狙わず、腕を狙った。ルシファーの右腕を、肩から斬り落とすように狙った。

『があうぅぅぅ――!』

 振るわれた剣が見事にルシファーの右腕を斬り落とす。

 翼も失い腕も失ったルシファーの半身、それはもう見るからに痛々しい姿だった。
 
 だがしかし。

 だからと言って、黒時は攻撃の手を休めない。右腕を斬り落とした巨大な剣は再び宙を舞い、今度は左側の翼を狙う。

 それに気付いたルシファーは身を捻らせ回避しようとするが、彩香の強欲の腕によってそれは抑制される。

『ぬぐあぁぁぁぁぁ――――!』

 三枚の翼が舞い落ちていく。幻想的な光景であったけれど、目を奪われるわけにはいかない。

 矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける黒時。これが最後だと、これで決めねば、と黒時はそう思っていた。
 
 翼を斬り落とした剣が、左腕を狙い動いた。しかし、三度目は叶うことはなく、ルシファーの放った両目からの光線によって剣は燃え尽き、灰と化した。
 
 だが十分。成果としては十分。
 
 翼を全て失ったルシファーにはもう風を起こす事もできないし、片腕では攻撃の頻度も落ちる。十分な功績である。

「行くぞ、彩香!」

「はい、先輩!」

 二人は息を合わせて悪魔ルシファーに、まるで激しい豪雨のように攻撃を浴びせていく。

 黒い血飛沫が空間全てに飛散して、場は黒一色に染め上げられる。
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