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明石凜花を家の前まで送り、僕は約束の前払いとして、彼女のスマホカバーの中に入れてあった【菜乃葉】のカードをもらった。カバーの中に入れている状態で、更にスリーブまで装着されていて、明石凜花の【菜乃葉】愛が伝わるようだった。
明石凜花は、いじめられていることは伏せたままで、親には送ってもらった理由を体良く考えておくと言って車から降りた。ドアを閉め切る前にもう一度【リンリン】という名のVtuberのことを念押され、見たら感想を聞かせて欲しいと言った。
帰りの道中、どうして名もないVtuberをあんなに必死になってすすめてくるのだろうと考えてみたが、結局答えは出ないまま家に着いた。
帰宅して風呂に入り、【菜乃葉】の配信を流しながら明日の準備を進めた。一段落ついて、僕は約束通りにパンダのような名前のVtuberの配信を見ようと、【リンリン】の名前で検索してみたが、知らないYouTuberや知らない曲が表示されて、明石凜花に見せられたVtuberは出てこなかった。
名前の後ろに一つ空白を開けて、『Vtuber』と打ち込んでみると、またも知らないVtuberが表示されて、下へ下へとスクロールしていくことで、ようやくお目当ての彼女に出会った。
ロングヘアの青い髪とどこかおっとりとした目が特徴的なビジュアル。クオリティは、さすがに底辺というべきかあまり高くはなく、プロの仕事には到底及ばない趣味程度のものに見えた。
まあ、会社に所属していたり、人気のある個人でもない限りこの程度になるのは仕方がない。金を稼げてもいないのにもっと金をかけてクオリティを上げろだなんて、無から有を生み出せ、と言っているのと同義だ。無いからこそ別の部分を伸ばすしかない。【菜乃葉】の初めの方の配信だって、決して身体のクオリティや音質などは高くはなかった。【リンリン】という名の彼女と比べても、劣らずにチープなものだったのだ。
【菜乃葉】がここまで人気になったのは、彼女のトーク技術と配信内でのオーバーリアクションやあざとい言動。そして、毎日更新されるSNSも面白いし可愛らしく、だからこそ人々は彼女に惹かれていった。
内面の魅力が存分に発揮されながら、加えて、ある時期から質の向上だ。彼女の見た目はすこぶる滑らかになって、見ているだけで癒される可愛さと美しさを手に入れた。そして、初めから聞き取りやすい活舌と声ではあったけれど、マイクや部屋の環境の変化なのだろう、よりクリアで鮮明になり、彼女の声が脳内に直接響いてくるような感覚になった。
【菜乃葉】は、それこそ、運、もあったのだろうけれど、でもやはり、彼女自身の能力が何より人気となった基盤であることは疑いようがない。たとえ、【菜乃葉】の外面が今とは違っていたところで、彼女はトップVtuberになるべくしてなっている。
僕は、ある種の期待を込めて【リンリン】の配信画面を開いた。丁度良いタイミングでライブ配信中だったようで、最近発売されたばかりのゲームを実況する彼女の配信にお邪魔する。同接人数は、僕を外して十人だった。予想外、とは言えない人数だった。
ある種の期待、というのは、もしかしたら【菜乃葉】に次ぐ新しい推しになるかもしれない、という期待だった。人気がないからといって毛嫌いする理由にはならず、自分の目で確かめて見て好きか嫌いかをはっきりさせたい。
僕を期待させた要因は、同じナノラーである明石凜花のおすすめ、である。同じ感性を持ち合わせている同志からのすすめなのだ、僕にも何かしら感じ入るものがあるはず。僕は、期待と不安と、そして、脳の奥隅に明石凜花を思い浮かべながら【リンリン】の実況配信を視聴した。
三十分が経過して、僕は配信画面を閉じた。
結果で言えば彼女の配信は、あまりにもひどいものだった。
沈黙の時間は多く、ゲームに対するリアクションも特にない。たまに小さな声で「うわっ」やら「やめてー」などと言っているようではあるが、いまいち聞き取れない声量だった。
ようやく喋り出したと思うと、言葉はすぐに詰まって、話す内容を考えている内にまた沈黙が始まる。ゲームプレイに集中しているのだろうかとも思ったが、プレイを見る限りそんなことはなさそうで、被弾した後の硬直時間にコントローラーのボタンを激しくガチャガチャと押し続ける音がひどく不快だった。
初心者。と言えば聞こえはよいが、辛辣だろうけれど、そんな彼女を見続ける理由が見つからなかった。配信という形式の中で視聴者を楽しませる要因は見当たらなかったし、声が可愛いとか魅力的とか、そういうこともなかった。女性が喋っているな、と、そう感じる以外には何もなかったのだ。
同接者十人の中に、きっと彼女のファンがいるのだろうと思っていたのだけれど、コメントもなかったわけで、どうもファンではなく、たまたま通りすがっただけのように思えた。配信初心者を見るのが好きな層が、どんな感じだろうかと、見定めに来ていたのだろう。
僕は冷蔵庫からキンキンに冷えた生ジョッキ缶を取り出し、カシャッ、プシュッっと音を立て蓋を開けた。溢れそうになりながらも、一定の位置で留まる泡を一気に喉の奥に流し込み、肺の底から深く息を吐いた。
生ジョッキ缶を右手にそのまま床に座り、壁にもたれた姿勢で、左手にスマホを持った。
僕は【菜乃葉】の配信を開いて、【リンリン】についての感想をどう述べようかと考えた。冷えていたビールがいつの間にかぬるくなっていて、それでも僕は明石凜花に聞かせるための感想が、思いつかなかった。
明石凜花は、いじめられていることは伏せたままで、親には送ってもらった理由を体良く考えておくと言って車から降りた。ドアを閉め切る前にもう一度【リンリン】という名のVtuberのことを念押され、見たら感想を聞かせて欲しいと言った。
帰りの道中、どうして名もないVtuberをあんなに必死になってすすめてくるのだろうと考えてみたが、結局答えは出ないまま家に着いた。
帰宅して風呂に入り、【菜乃葉】の配信を流しながら明日の準備を進めた。一段落ついて、僕は約束通りにパンダのような名前のVtuberの配信を見ようと、【リンリン】の名前で検索してみたが、知らないYouTuberや知らない曲が表示されて、明石凜花に見せられたVtuberは出てこなかった。
名前の後ろに一つ空白を開けて、『Vtuber』と打ち込んでみると、またも知らないVtuberが表示されて、下へ下へとスクロールしていくことで、ようやくお目当ての彼女に出会った。
ロングヘアの青い髪とどこかおっとりとした目が特徴的なビジュアル。クオリティは、さすがに底辺というべきかあまり高くはなく、プロの仕事には到底及ばない趣味程度のものに見えた。
まあ、会社に所属していたり、人気のある個人でもない限りこの程度になるのは仕方がない。金を稼げてもいないのにもっと金をかけてクオリティを上げろだなんて、無から有を生み出せ、と言っているのと同義だ。無いからこそ別の部分を伸ばすしかない。【菜乃葉】の初めの方の配信だって、決して身体のクオリティや音質などは高くはなかった。【リンリン】という名の彼女と比べても、劣らずにチープなものだったのだ。
【菜乃葉】がここまで人気になったのは、彼女のトーク技術と配信内でのオーバーリアクションやあざとい言動。そして、毎日更新されるSNSも面白いし可愛らしく、だからこそ人々は彼女に惹かれていった。
内面の魅力が存分に発揮されながら、加えて、ある時期から質の向上だ。彼女の見た目はすこぶる滑らかになって、見ているだけで癒される可愛さと美しさを手に入れた。そして、初めから聞き取りやすい活舌と声ではあったけれど、マイクや部屋の環境の変化なのだろう、よりクリアで鮮明になり、彼女の声が脳内に直接響いてくるような感覚になった。
【菜乃葉】は、それこそ、運、もあったのだろうけれど、でもやはり、彼女自身の能力が何より人気となった基盤であることは疑いようがない。たとえ、【菜乃葉】の外面が今とは違っていたところで、彼女はトップVtuberになるべくしてなっている。
僕は、ある種の期待を込めて【リンリン】の配信画面を開いた。丁度良いタイミングでライブ配信中だったようで、最近発売されたばかりのゲームを実況する彼女の配信にお邪魔する。同接人数は、僕を外して十人だった。予想外、とは言えない人数だった。
ある種の期待、というのは、もしかしたら【菜乃葉】に次ぐ新しい推しになるかもしれない、という期待だった。人気がないからといって毛嫌いする理由にはならず、自分の目で確かめて見て好きか嫌いかをはっきりさせたい。
僕を期待させた要因は、同じナノラーである明石凜花のおすすめ、である。同じ感性を持ち合わせている同志からのすすめなのだ、僕にも何かしら感じ入るものがあるはず。僕は、期待と不安と、そして、脳の奥隅に明石凜花を思い浮かべながら【リンリン】の実況配信を視聴した。
三十分が経過して、僕は配信画面を閉じた。
結果で言えば彼女の配信は、あまりにもひどいものだった。
沈黙の時間は多く、ゲームに対するリアクションも特にない。たまに小さな声で「うわっ」やら「やめてー」などと言っているようではあるが、いまいち聞き取れない声量だった。
ようやく喋り出したと思うと、言葉はすぐに詰まって、話す内容を考えている内にまた沈黙が始まる。ゲームプレイに集中しているのだろうかとも思ったが、プレイを見る限りそんなことはなさそうで、被弾した後の硬直時間にコントローラーのボタンを激しくガチャガチャと押し続ける音がひどく不快だった。
初心者。と言えば聞こえはよいが、辛辣だろうけれど、そんな彼女を見続ける理由が見つからなかった。配信という形式の中で視聴者を楽しませる要因は見当たらなかったし、声が可愛いとか魅力的とか、そういうこともなかった。女性が喋っているな、と、そう感じる以外には何もなかったのだ。
同接者十人の中に、きっと彼女のファンがいるのだろうと思っていたのだけれど、コメントもなかったわけで、どうもファンではなく、たまたま通りすがっただけのように思えた。配信初心者を見るのが好きな層が、どんな感じだろうかと、見定めに来ていたのだろう。
僕は冷蔵庫からキンキンに冷えた生ジョッキ缶を取り出し、カシャッ、プシュッっと音を立て蓋を開けた。溢れそうになりながらも、一定の位置で留まる泡を一気に喉の奥に流し込み、肺の底から深く息を吐いた。
生ジョッキ缶を右手にそのまま床に座り、壁にもたれた姿勢で、左手にスマホを持った。
僕は【菜乃葉】の配信を開いて、【リンリン】についての感想をどう述べようかと考えた。冷えていたビールがいつの間にかぬるくなっていて、それでも僕は明石凜花に聞かせるための感想が、思いつかなかった。
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