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「確かに、もがいているのかもしれません。自分の居場所を守ろうと必死になって、もがきあがいている。現実は逃れられない世界なわけで、だから、一時の間だけでも、別の世界にいたいんだと思います。いや、もしかしたら、一時なんかじゃなくて、一生ずっと、そこにいたいと思っているかもしれません」
「自分の居場所がある世界、か」
「現実にないなら、他で作るしかないじゃないですか。先生も言っていたでしょ? 【菜乃葉】みたいに、って」
明石凜花の言葉は、まるで自分のことを語っているかのようだった。
「でも【菜乃葉】ちゃんはやっぱり特別ですよ。あんなに人気があって、あの世界に自分の存在をでかでかと表現しているのは、もとよりそういう才能があったんです。表現者としての才能、って感じですかね。あ、もちろん、【菜乃葉】ちゃんの努力もあったと思いますけど」
「なにも、【菜乃葉】ほどの人気がなくてもいいだろ。Vtuberで生計を立てるつもりなら話は別だが」
見方を変えれば、逃亡して身を守るためのシェルターのようでもある。現実の世界で自分の存在が許されているのかどうか分からず、そして、何処にいれば良いのかも分からず、紆余曲折の末、身体と魂を捨て去ってしまわないように見つけた電脳世界。
その世界にも意思のない敵意や、娯楽のための攻撃が蔓延しているが、しかし、その分、そっと肩を持って寄り添ってくれる人たちもいる。どういった人間かを解読する材料が少なすぎるからこそ、簡単に殴りつけることも出来るし、肩を寄せ合うことも出来るのだ。
【菜乃葉】はそんな世界に救われた。当然、彼女のアンチもいるけれど、そんなものは卵を上下から圧し潰せる程の圧力で、彼女を守ってくれる。彼女の場合、押す力があまりにも強すぎるのだ。僕も一人のナノラーとして、その圧力には加わる所存である。
「こんなことを聞いていいのか分からないけれど、【リンリン】もいじめらていたのか?」
彼女が唾を飲み込む音が聞こえた。
「そうですね。【リンリン】も、学校で嫌な思いをしているみたいです。配信で言ってました」
Vtuberとなる人間が、必ずしも現実に嫌気が差しているだとか、いじめられているだとかはないと思うが、窮屈な現実では無理だった自己の主張と存在証明をする場として、かなり最適のように思う。
誰だって、自分、というものは存在しているわけで、それを発現し主張することは、人間の本能として宿っているのだ。
心、というものが身体の内にある限り、人は自分の居場所を求める。自由に自己を主張して、自分の意思ある言葉を発現できて、誰かと共に笑い共に泣き、たまに喧嘩なんかしたりして、そんな、自分が自分であることを許してもらえていると思える居場所を求めずにはいられない。
僕は、自分の掌をぼんやりと見つめた。自分の居場所がどこにあるのか、内側の自分が答えてくれまいかと期待したけれど、返答は何もなかった。
現状、僕は明石凜花や【菜乃葉】のように、いじめられてはいない。けれど、僕の居場所はどこにもないように思えた。存在価値だとかそういったものではなく、もっと漠然としたもやもやが、僕の胸いっぱいに広がっていた。
僕が僕として、僕らしくあるために。
僕が表現できる場は、何処にあるだろうか。
「……すごいな」
「何がですか?」
「いや、【菜乃葉】もそうだけど、【リンリン】もすごいな、と思って。彼女たちは、本能が求める自己表現が出来る場所を、自分の行動で実現させているんだ。まあ、【リンリン】はまだ産まれたての赤ん坊のように不安定だけれど、でも、現実の世界の中で難しいと判断して、別の世界に向かった勇姿は、称賛されるべきものだろう」
「そんな大層なものですかね」
「知らない世界は、怖いだろう? 仮に僕が教師という職業が心底に嫌になったとして、じゃあ、すぐに辞めて新しい職業に就きますか、と言われるとやっぱり尻込みする。不安で不安でたまらなくなる。彼女たちにも葛藤や苦悩は、それはもちろんあったのだろうけれど、結果的に新しい世界に立っていることは、すごいことだよ」
本当に。面倒だ、くだらない、つまらない。分不相応な教師という肩書を、すぐにでも捨て去ってしまいたい。そんなことを思いながら、ただ思うだけの日々が過ぎて行く。【菜乃葉】のおかげで随分とラクにはなったものの、教師という立場の僕の中に、僕はいない。
大人と子供。社会人と学生。
そういう違いもあるかもしれないが、些細なことだ。どの位置にいたって、それぞれの懸命さは変わらないし、一歩の重みも違わない。踏みつけたことがないモノの上に足を下ろすための重力は、いつだって無重力だ。
「今の時代は、なんでも簡単に始められますから。先生の時代とは、違うんです。だから、すごくもなんともないですよ」
「選択肢を目の前に提供されても、そこに手を伸ばすかどうかは自分次第だろう? 未知の食べ物を目の前に出されて、いざ食べる、となると、相当の覚悟が必要じゃないか」
「変なたとえですけど、なんとなく腑に落ちました」
「それならよかった。昨日、寝ずに考えたんだ」
「本当にそうなら、少し引きますけどいいですか?」
「嘘に決まってるだろう」
明石凜花は、僕が知る限り初めて声を出して笑った。
「自分の居場所がある世界、か」
「現実にないなら、他で作るしかないじゃないですか。先生も言っていたでしょ? 【菜乃葉】みたいに、って」
明石凜花の言葉は、まるで自分のことを語っているかのようだった。
「でも【菜乃葉】ちゃんはやっぱり特別ですよ。あんなに人気があって、あの世界に自分の存在をでかでかと表現しているのは、もとよりそういう才能があったんです。表現者としての才能、って感じですかね。あ、もちろん、【菜乃葉】ちゃんの努力もあったと思いますけど」
「なにも、【菜乃葉】ほどの人気がなくてもいいだろ。Vtuberで生計を立てるつもりなら話は別だが」
見方を変えれば、逃亡して身を守るためのシェルターのようでもある。現実の世界で自分の存在が許されているのかどうか分からず、そして、何処にいれば良いのかも分からず、紆余曲折の末、身体と魂を捨て去ってしまわないように見つけた電脳世界。
その世界にも意思のない敵意や、娯楽のための攻撃が蔓延しているが、しかし、その分、そっと肩を持って寄り添ってくれる人たちもいる。どういった人間かを解読する材料が少なすぎるからこそ、簡単に殴りつけることも出来るし、肩を寄せ合うことも出来るのだ。
【菜乃葉】はそんな世界に救われた。当然、彼女のアンチもいるけれど、そんなものは卵を上下から圧し潰せる程の圧力で、彼女を守ってくれる。彼女の場合、押す力があまりにも強すぎるのだ。僕も一人のナノラーとして、その圧力には加わる所存である。
「こんなことを聞いていいのか分からないけれど、【リンリン】もいじめらていたのか?」
彼女が唾を飲み込む音が聞こえた。
「そうですね。【リンリン】も、学校で嫌な思いをしているみたいです。配信で言ってました」
Vtuberとなる人間が、必ずしも現実に嫌気が差しているだとか、いじめられているだとかはないと思うが、窮屈な現実では無理だった自己の主張と存在証明をする場として、かなり最適のように思う。
誰だって、自分、というものは存在しているわけで、それを発現し主張することは、人間の本能として宿っているのだ。
心、というものが身体の内にある限り、人は自分の居場所を求める。自由に自己を主張して、自分の意思ある言葉を発現できて、誰かと共に笑い共に泣き、たまに喧嘩なんかしたりして、そんな、自分が自分であることを許してもらえていると思える居場所を求めずにはいられない。
僕は、自分の掌をぼんやりと見つめた。自分の居場所がどこにあるのか、内側の自分が答えてくれまいかと期待したけれど、返答は何もなかった。
現状、僕は明石凜花や【菜乃葉】のように、いじめられてはいない。けれど、僕の居場所はどこにもないように思えた。存在価値だとかそういったものではなく、もっと漠然としたもやもやが、僕の胸いっぱいに広がっていた。
僕が僕として、僕らしくあるために。
僕が表現できる場は、何処にあるだろうか。
「……すごいな」
「何がですか?」
「いや、【菜乃葉】もそうだけど、【リンリン】もすごいな、と思って。彼女たちは、本能が求める自己表現が出来る場所を、自分の行動で実現させているんだ。まあ、【リンリン】はまだ産まれたての赤ん坊のように不安定だけれど、でも、現実の世界の中で難しいと判断して、別の世界に向かった勇姿は、称賛されるべきものだろう」
「そんな大層なものですかね」
「知らない世界は、怖いだろう? 仮に僕が教師という職業が心底に嫌になったとして、じゃあ、すぐに辞めて新しい職業に就きますか、と言われるとやっぱり尻込みする。不安で不安でたまらなくなる。彼女たちにも葛藤や苦悩は、それはもちろんあったのだろうけれど、結果的に新しい世界に立っていることは、すごいことだよ」
本当に。面倒だ、くだらない、つまらない。分不相応な教師という肩書を、すぐにでも捨て去ってしまいたい。そんなことを思いながら、ただ思うだけの日々が過ぎて行く。【菜乃葉】のおかげで随分とラクにはなったものの、教師という立場の僕の中に、僕はいない。
大人と子供。社会人と学生。
そういう違いもあるかもしれないが、些細なことだ。どの位置にいたって、それぞれの懸命さは変わらないし、一歩の重みも違わない。踏みつけたことがないモノの上に足を下ろすための重力は、いつだって無重力だ。
「今の時代は、なんでも簡単に始められますから。先生の時代とは、違うんです。だから、すごくもなんともないですよ」
「選択肢を目の前に提供されても、そこに手を伸ばすかどうかは自分次第だろう? 未知の食べ物を目の前に出されて、いざ食べる、となると、相当の覚悟が必要じゃないか」
「変なたとえですけど、なんとなく腑に落ちました」
「それならよかった。昨日、寝ずに考えたんだ」
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「嘘に決まってるだろう」
明石凜花は、僕が知る限り初めて声を出して笑った。
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