画面の中の奥の君

ぽこ 乃助

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 屋上で明石凜花としばらく話をして、僕たちは別れた。今日は車で送って行く必要はなかったようで、彼女は自身の足で帰路に着いた。

 僕が職員室に向かって歩いていると、職員室からかすかに話声が漏れてくるのが聞こえた。誰か残って仕事をしているのだろうと思い職員室のドアを開け中に入る。職員室にいたのは、僕を【Vtuber】という沼に放り込んだ数学の先輩教師だった。見渡してみるに、彼一人しかいないようなので電話でもしているのだろうか。僕はなるべく足音を立てないようにして、自分の席へと向かった。

「――うわっ!? ちょっ、あ、タンマ! えーっと、よし! びっくりしたなー、もう。杉並先生、いたんなら言ってくださいよ!」

 彼は僕がいることに気が付くと、突然飛び跳ね、慌ててスマホを操作した。浮気相手と連絡を取っていた彼氏か、なんて思ったけれど、そんなくだけた間柄でもないので黙っておく。

「今戻ってきたとこです。神崎かんざき先生が電話しているようだったので、なるべく静かに歩いていたんですが」
「忍者並みに気配消えてましたよ。えー、あー、その、なんだ。もしかして、なんですけど、聞こえてました?」
「何か喋っているのは聞こえましたが、内容までは」

 神崎先生は大きく息を吐いて、何やら胸を撫で下ろした様子だった。あからさまに隠し事があるようだが、詮索をするつもりもないので、僕は彼の横の席に腰を下ろした。

 机の上の書類整理にとりかかり、持って帰る物とその必要がない物とを分けようとしたのだが、またも突然、神崎先生が飛び跳ねて、今度はおまけに素っ頓狂な声もついてきた。

「やべっ! ちょちょ、なしなしなし! なんだよ、おい、配信終了出来てないじゃん。え、神崎? 違う違う、そんなの知らないから! あー、もう、終了終了!」

 慌てふためく彼を横目に、僕は黙々と作業を進める。スマホの画面を必死に操作し続けている彼は、操作が終わるとスマホを机の上に放り投げ、その後に頭も机の上に放り投げた。額が机にぶつかり、ゴンッ、と鈍い音が響く。あまりにも奇怪な行動は、興味や恐怖心を越えて、無関心を誘った。

 机に着いた神崎先生の顔が、ホラーさながらにぐるりとこちらを向く。

「お門違いの分かってますけど、恨んでもいいですか、杉並先生」
「嫌に決まってるじゃないですか。なんで意味も分からず、恨まれないといけないんですか。何をしていたのか知りませんけど、僕に知られたところで何もないでしょ。職場で顔を合わせる程度の間柄なんですよ。まさか、犯罪に手を染めよう、なんてわけでもないでしょうし」

「――単純に、恥ずかしいんですよ」

 ぶつぶつ呟きながら、ぷいっと顔を背けた。僕は相手をすることなく、持って帰る物を鞄の中に詰め込み帰り支度を整えた。鞄を持って、帰ろうと椅子から立ち上がると、神崎先生がまたもこちらに首を回し、自分のスマホの画面を僕に見せた。明石凜花といい、他人からスマホの画面を見せつけるという奇妙な行動が流行っているようだ。

「これ、簡単にVtuberになれるアプリなんです。無料登録してアバターを作るだけで配信が出来るっていう」
「そういうのがあるんですか」

 明石凜花が言っていた、「今の時代はなんでも簡単に始められる」というのは誇張だと思っていたが、なるほど、無料のアプリでVtuberになることが出来るのなら、確かに時代は様々な門扉を軽くしているのかもしれない。

「これが俺のアバターです」

 そう言って開いたのは、アバターの設定画面だった。サングラスをかけた、金髪ショートの青年、服装はワインレッドのシャツに黒色のスーツを羽織っており、ホストっぽい、というのがしっくりくる格好だった。

「もしかして、学校で配信してたんですか?」

 またも、ぷいっと顔が背けられる。

「仕事が残ってて、事前に告知していた時間に帰ることが出来ず、仕方なく……」
「聞こえていた話し声は、配信で喋っている声だったんですね。中々、無謀なことしますね」
「リスナーの期待には応えたいじゃないですか。雑談配信しかしてませんけど、固定ファンが数人いてくれてるんですよ」
 
 数人とはいえファンがいるのなら、もう既に【リンリン】は超えてしまっている。職員室でも途切れず喋り続けるているところをよく見るし、トーク技術が秀逸なのだろう。

「Vtuberの配信を見てると、すっごい元気がもらえるんです。だから、収入を得たいとかそんなことはどうでもよくて、なんか、自分も誰かを元気づかせてあげたい、とか思っちゃいまして。でも、実際にやってみたら、こっちがリスナーに元気もらってるんですよね。自分の話に反応してくれたりするのって、すごい嬉しいんです」

 神崎先生は上半身を起こし、アプリの画面を静かに閉じた。穏やかな表情は、彼にとってVtuberという存在がどれほど重要なのかを伝えてくる。

「杉並先生もやってみます?」
「僕はいいです。人前で話すのは苦手ですし」
「そういう人こそやるべきですよ。いつもの自分とは違う、新しい世界の自分になったつもりで、思いっきりやるんです。自分の隠している部分をさらけ出してみると、結構気持ちいいですよ。人間、誰だって建前で生きてる割合が多いんですから」
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