君を知るということ

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絶望

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帰宅して私服に着替えると、携帯の通知が届いていることに気づいた。
翔也と湊から送られたメールに返信を送る。
中1から使っているスマホは型も古く容量も小さいが、幸い連絡手段としてはまだ機能してくれた。

その日の夜のことだった。

「…もしもし、…あ、いつも息子がお世話になってます。…凪ですか?今は部屋で休んでますよ。」

珍しく早く帰って来ていた母親が電話で話している。
内容を聞く限り相手は広尾先生のようだった。

「…では、また。」

部屋で寝込んでいるなどと言っていたがあれは嘘だ。
頑なに俺に受話器を渡そうとしなかったのもある程度察しがつく。

「…あんた、まさか担任にチクったの?」

それまでの外向きの顔とは一変した、まるで何かに失望しきったかのような冷酷な目つき。

「違う。…先生は俺の体調のこと、心配してくれただけで。」

「口答えするな!」

母親にまで手を上げられたのは初めてかもしれない。
乱暴に突き飛ばされた俺の身体は戸棚にぶつかり、その勢いで陶器の皿やガラスのコップが次々に飛散していった。

「ギャーギャーうるせえ。こっちは疲れてんだ、いい加減にしろ。」

苛立った父が力任せに俺の足を押さえつける。

「…っあ゛あ゛」

「お前見てるとムカつくんだよ!」

「あんたなんか、産まなきゃよかった。」

さっきよりもさらに激しい痛みが右脚を襲い、口から漏れ出た叫びは最早、声にもならない代物であった。




あれから、どれだけの時間が経っただろうか。
両親はいつの間にか姿を消していて、部屋に残っていたのは食器の破片と体のあちこちから滲み出た血だけだった。

「…産まなきゃよかった、か。」

何で今まで分からなかったのだろう。
いや、気づいていないフリをしていただけか。

俺さえ居なければ

あいつらや先生に迷惑をかけることも

両親に失望されることもなかったんだ。

薄れゆく意識の中、動かなくなった右脚を引きずって台所の包丁を手に取る。
だが、刃を向けようとしても震える指先は言うことを聞かなかった。
自身の弱さが最後の抵抗をしているように。

「…情けねえな、本当に。」

力なく落ちていく包丁と共に俺の意識もプツリと途切れ、暗闇に飲み込まれていった。




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