おいしい毒の食べ方。

惰眠

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シチュー

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 今日、僕は定時で家に帰ることができた。

 上機嫌な気持ちを胸の内に秘めながら、僕は自宅の玄関の戸を開く。

 鍵をガチャリと音を立てて回す。
 奥から、どたどたと忙しい音が近づいてくる。

 その扉を開くと、ニコニコの笑顔の彼女がいた。
 急いで来たようで、少し髪が乱れている。
 肩からエプロンをかけて、ついさっきまで料理をしていたようだった。

 きっと、僕が遅れるかもしれないという連絡をしたためだろうか。
 予期していない帰宅に彼女は、しっかりと対応している。

「おかえりなさい。」

 彼女は、優しい笑顔で僕にそうあいさつする。

「ただいま。」

 彼女を見るだけで僕は、心安らぐ気がする。

 僕は、靴を脱ぐ。

 玄関にきれいに靴を揃えて、重たい鞄を持って二階の自室に行く。

 自室のクローゼットに、今着ていた上着をしまう。

 手首の時計を外し、机の上に置く。

 鞄を自室において、階段を下りる。

 リビングからは、クリーミーな香りがしている。
 僕は、匂いに連れられるように向かった。

 僕は、リビングの向かい合わせに置かれた椅子に座る。

 右を向くと、彼女が楽しげに料理をしている。

 今日はきっとシチューだ。

 香りが物語っている。

 彼女が作る料理は、いつも彼女の個性が現れた素敵なものだ。
 僕がシチューだと思っていても、ちがうかもしれない。

 僕は、楽しみにしているからこそ静かに座って待っている。

 僕は、机に置かれた読みかけの本を手に取る。

 昨日の夜に読んでそのまま置きっぱなしになっていたものだ。

 僕も彼女も、この本を同時に読んでいる。
 彼女の読んだところであろうところには、四葉のクローバーの押し花で出来た栞が挟まっている。
 僕が、読んでいるところには、赤いバラの花びらの押し花で出来た栞が挟まっている。

 僕は、そこを開き読み進める。

 僕も彼女も本を読むのは得意な方ではない。

 それでも読んでいるのは、きっとこのゆったりとした時間がお互い好きだからだろう。

 僕は、数ページをめくったところで彼女が料理を持ってきた。

 とても良い香りが近づいてきたところで、僕は本に栞を挟んで机の隅に置く。
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