だから、私は愛した。

惰眠

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第二章

快楽

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 このクラスは狂っている。
 前の席の男子生徒も、隣の席の女子生徒も。
 いじめを主導で行う彼ら。
 いじめに加担してしまった彼ら。
 怖いから近づけないでいる彼女ら。
 日常のものとして気にしない彼女ら。

 そして、いじめられ続ける彼。
 いじめを傍観するのが好きなこの私。

 狂気に満ち足りたこの空間は、サーカスの舞台のようにとても愉快なものがある。
 きっと演目は変わらないことだろう。

 盛大な見世物は、舞台から降りることを知らない。

 私は今日も彼らを静かに見守る。

 優しそうな目で、まるでハッピーエンドを期待するカップルの片割れかのような面持ちを忘れず保つ。

 私がおかしいことは自覚している。
 自信をもって肯定するだろう。

 しかし、このクラスは自らを正義と信じて疑わない集合体だ。
 かわいそうなほど現実を見れないでいる。

 私は、彼が咳き込む姿も押し殺す涙も見逃さない。
 あまりに痛そうなその蹴りや拳は、彼のおかげで鍛え上げられているはずだ。

 生身の彼が固い靴で何度蹴られようが、その素敵な表情に見惚れるばかりだ。

 彼はきっとこれから先、反抗することなどないのだろう。
 一種の洗脳だ。
 勝てないと思って戦いもしない。
 きっと彼が授業で扱う文房具なんかを手に取り、さながら英雄のように自分にとっての悪を滅ぼそうとしても、私はおろか、このクラス全体が止めることはないだろう。

 むしろ、それを待ち望んでいる愚か者もきっと多いのだろう。

 私はと言えば、この茶番の続きを毎日欠かさずチャックするほどのファンである。
 彼が消えてなくなっては欲しくないが毎日苦しんでいて欲しいと願う狂信者である。

 もちろん、彼には何の恨み辛みもない。
 ただの純愛である。

 彼から感謝されることは一生ないこの立場で、たまに落ちた文房具を拾うと小さく礼を言う彼を早く壊してしまいたいと思った時はやはりどうかしていると分かった。
 私は、彼の苦しみを間近で見てしまいたいという希望を叶えれない、このもどかしさを何とか抑えている。
 私を褒めてくれるような人が現れることはないだろうが、自分だけが唯一の理解者であるということを許してほしい。

 たまに私は拷問について調べることがある。
 単純に彼の苦しみをもっと引き出したいという煩悩の強い表れだった。
 残念なのが、彼がただの人間であるという点だ。
 本に記されたような器具を扱ったのなら簡単に彼の息の根は止まってしまうのだろう。
 残念だ。
 いっそのこと、この手で彼の息が止まる寸前の苦しみを見てしまいたいものだ。

 今日も目の前で私の興味をそそらせる彼らは、華麗なる演目を披露するのだ。
 私の気も知らないで。

 ありがたい。

 彼らは私とは違った好意を彼に向けている。

 もちろん彼には、よく映らない面ばかりだ。

 今日も彼は小さな悲鳴を上げ喜ばせてくれる。
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