だから、私は愛した。

惰眠

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第二章

代償

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 人にはそれぞれ行動に見合うだけの代償を払って生きている。
 それを考えると彼は今の状況が続けば続くほど、将来を約束されているということになるのかもしれない。
 だが、同時に忘れてはならないことは、人の世は常に不条理であるということである。

 もしかしたら、彼にとって幸せになるという逃げ道があるのかもしれないが、このまま闇の中に落ちていく未来のほうが高い確率で待ち望まれていることだろう。
 もちろん、私の主観の話になる。

 私は彼のことを救いたいとは思わないし、救われてほしくない。

 私が直接手を出さずとも彼のかわいい顔を見ることができるというこの環境に満足以上の言葉を用いることはできない。


 彼がいじめられる原因となったのは、私たちが入学して間もないころだろう。

 彼らのリーダー格である男の肩に偶然にもぶつかってしまったのだ。
 彼はぶつかった瞬間に謝ったがその謝り方が悪かったのだろう。
 ビクビクと怯えたその姿は簡単にターゲットにされてしまった。

 彼の誤り方を考えるとその代償というのがこれまでのいじめへと繋がっているとするのならあまりにも偏ったもので笑みがこぼれそうだ。

 当時の私は彼にも、彼らにも興味などなかった。

 そのため、生徒の群衆の一部に過ぎなかった。
 もちろん今もではあるが、今は努力による賜物である。

 彼らのいじりは次第にいじめに進化していった。
 とてもスムーズに。

 私は、彼らの騒がしさというのにうんざりしていたが、それを眺めていた時のことだ。
 彼は、助けを求めるような表情を有象無象に向けたことがあった。

 その中に私は紛れていた。

 かわいそうで苦しみの表情を浮かべた彼はあまりにもかわいかった。
 乱れた短髪や学ラン。
 痛むところを抑えて歪む顔。
 どこにでもいそうなほど普通な顔ではあったが、妙な魅力が私に魔法をかけたのだ。
 ペットショップで一匹だけの運命的な生き物を見つける瞬間のような思いだったはずだ。

 その胸を締め付けるもののおかげで、私は彼の歪む顔に憑りつかれてしまった。

 いじめっ子たちである彼らの代償はいつかバレる過去のせいで人生を崩壊してしまうということのはずだ。
 その瞬間に苦悩に歪むその表情を見てしまいたいものだが、きっとその表情でさえ彼には敵わないだろう。

 彼は天才的なのだから。

 私の代償について考えてみると、それは恐らく彼に近づけないこの環境自体を指すのだろう。
 彼により近づき、その顔を私だけのものとしたいが、それをしてしまっては私の欲しているものとは違ってしまうはずだ。

 この近くて遠い距離は、とても私を苦しめるものがあるが彼がそれを知る日は恐らく来ないだろう。
 それが望ましい。
 もし、私が本気で狂わなければその願いは叶うだろう。

 さて今日も多大なる罵声とオーディエンスとともに彼は舞台上に上げられた。

 主役の彼はきっと事実を見たくはないが、しっかりと見てもらおう。
 過去は変えられない。
 現実は確実に未来へと続くのだ。
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