だから、私は愛した。

惰眠

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第五章

宗教でいうところの一神教

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 私は彼以外に愛を求めることはないだろう。

 依存と言えばそうで、独占欲と言えばそう。
 そして、信仰と言っても差し障りないだろう。

 私は、今日も教室の中のモブというプラカードを掲げ、その空間に静かに溶け込む。

 私の理解者は、私だけで事足りる。

 もし私以上の異常者がいたなら、彼以上の目に合わせたくなってしまいたいだろう。

 この立場を揺るがす何かがあれば、私は許せない。

 私は、彼の苦しみというものを独り占めしたくて仕方ない。

 彼の暗さと明るさの共存がとても私にとっては、輝かしいものがある。

 正義の女神のテミスが掲げる天秤のような正確さは、私はいらない。
 私は、片側に手を置き私の意思でその天秤を自由に動かしていたい。
 彼がそれに抗うのなら、天秤の鎖を喰いちぎってやるはずだ。

 彼の一切を私に委ねたその時に、彼がこの世から消えてなくなるまで私はこの幸せを謳歌するはずだ。

 私は、この学校という箱庭で生きている不自由さがたまらなく嫌になる。
 できることなら、一歩歩くごとに窓ガラスを割り、道を行く生徒や教師陣をなぎ倒していきたい。
 きっとバーサーカーのようになった私を止めるのは、可哀そうにも呼び止めれる彼のみだろう。

 私は、狂信的なまでに彼に心酔している。

 彼の短い悲鳴や痛みを我慢する時の少しの眉の動きまで見ていなくては、気が済まない。

 マンガ好きが、全巻揃えて最後に外伝までそろえるくらいに。
 アイドル好きが、CDを購入するだけじゃ飽き足らず、特典のコンプリートをするくらいに。
 アニメ好きが、アニメを見終わり、例え、そこが海外であっても聖地巡礼と称して旅をするくらいに。

 私は、彼が好きなのだ。
 彼の行動の一切を、見逃したくはない。
 そして、こんな私だということを知られたくない。

 そうして、私は化物へと変わるのだろう。

 まるで、呪いをかけられたように。


 私は、彼の手を握れたなら離したくない。

 彼の指に私だけの契約を交わし、見えない首輪をはめ、彼を引いて歩けなければ、生きていけないだろう。


 私は、彼が嫌いだ。

 男らしくない、気持ちの悪い鳴き声で吠えるその姿を見つめ続ける。

 そして、彼はあまりにも普通過ぎる。

 どこにでもいる顔。
 どこにでもいる性格。
 どこにでもいる学力。

 だが、私が彼のことを好意的に見るのは、こういうところがありつつ彼の異常さに気づいているためだ。

 これまで、彼は多大なる屈辱を受けたはずだ。

その恨みを持つこともできるはずだ。
 怒りをぶつけてやることもできるはずだ。

 だが、変化しない彼は強靭な心持で毎日のように学校に向かってくる。

 ここが私の愛してやまない所だと思っている。

 もしかしたら、高度な洗脳だろう。
 ではないと、私のような者が彼のことを好意的に見ることなどゼロに等しい。

 きっと気づかぬまま、彼に穢されてしまったのだろう。
 ならば、私もいつか彼のことをぐちゃぐちゃになるまでに、してしまえばいい。

 そう私は、いつものように笑うのだ。


 ああ、彼は今日も可愛らしく、愛らしい。

 静かに足元から彼のことを狙い、彼の喉元を掴み、声が出なくなるくらいに潰してしまいたい。

 私は狂人だ。

 彼のことを狂信的に信仰する、狂信者だ。

 彼が私の手によって消えていったのなら、その時、私の中での彼の信仰の位というのは、より高位のものとなるはずだ。

 彼は今日も弱い。

 痛々しい。

 だからこそ、私は愛するのだ。
 握りつぶしてしまいそうなくらいに。
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