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下巻 第二章 (3)

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 二人が立ち去ると、競羅が上機嫌で声をあげた。
「最初はノリが悪かったけど、結局のってきたよ。それも、こっちが思った以上の反応で」
「さようなことですが、競羅さん。あの方たちの態度、どうも、おかしかったですね。最終的に天美ちゃんを返す気は御座いますのでしょうか」
「ないだろうね」
 御雪の問いに競羅はピシャリと答えた。そして、そのまま言葉を続けた。
「けどね、そんなこと、あってもなくても関係ないよ。要は、あの子に触れてくれればいいのだから。それで、作戦は成功なのだからね」
「確かに、さようで御座いますね。ですが、無事に、基地内の部屋かどこかで監禁されている、天美ちゃんに触れることが、できますでしょうか?」
「それか、こっちも心配をしているのだよ。けどね、時間内には、どうしても、あの二人しか集まらなかったのだよ。『お金に困ってて、すぐにでも、大金が必要な奴を連れてきてくれ』って、注文したからね、今から思うと、あの言葉は余分だったんじゃないかと」
「ですが、その条件がなければ、果たして、競羅さんのお言葉にのりましたかどうか」
「ああ、何にしても、時間が足らなかったよ。二人しか来なかったのだから」
「さような心配は無用でしょう。仲間を募ればよろしいのですから」
 御雪はすました顔で答えた。
「では、あんたは、仲間を呼ぶと、それで、奪回はできるのかい」
「無理と考えましたら、何も始まりません。ここで、一つ尋ねますが、今回、競羅さんは、監禁場所の見張りにつきまして、いく人、と考えられておられますでしょうか」
「わからないね。奴らが、どれだけ、あの子を重要とするかだけど、基地内だからね。奪回されるなんて、考えてはいないし。それに、今回のことは、重要な軍事秘密につながるだろ。となると、関係者は少なくしたいし、多くて三人ぐらいか」
「でしたら、人数次第では救出は可能です」
「ははは、多人数か、確かにね、多人数で襲えばね」
「さようで御座います。今回の救出ですが、人の手が多ければ多いほど、可能性は高くなります。そのためのヒントらしきことも仕掛けておきましたし」
「あの言葉か、だから、あそこで、あんな言葉を混ぜてきたのだね。さすがというか」
「ですが、別のケースも考えませんと。わたくしの拝見したところ。あの二方の特長ですが、どちらも体格はよろしいのですが、臆病な感じがいたします」
「臆病ではどうしようもないじゃないか。それでは、実行をしないだろ!」
「ですが、何か、お二方とも執念のようなものを感じ取れます。うまくは申せませんが。どうしても大金が必要な。大金が必要でしたからこそ、軍隊入部を希望されましたとか」
「それは、あるかもしれないね。いきなり、百万ドルをふっかけてきたし、もっと、早くまとまった金が何とか言っていたからね」
「わたくしは、先ほどのジャック軍曹ですか。あの方の言動に注目しました。おそらく恋人か、お身内に難病の方がいらっしゃいますね。ですから、その難病を治療するためにかかる莫大な治療代をかせがれるためがゆえに、軍隊を希望なさったのでしょう」
「そうだね。あの言葉から話に乗ってきたからね。彼は身内に病気の誰かがいるのか、こっちが苦しまぎれに言った病気治療の話を興味深そうに聞いていたね」
「さようで御座います。もう一方にいたしましても、まとまった、お金が必要な状況ということではかわりが御座いません。ですからこそ、天美ちゃんを必要だと感じているのです。さて、競羅さん。その臆病な方たちは、是が非でも、お金を手に入れて、ある目的を果たさなくてはならなくなりました。その目的を果たすためには、いかがなさいます」
「急に、そんな話をふられてもね」
「あくまでも、わたくしの想像ですが、腕っ節にはたよらず、基地内にある、それなりの武器や装備をなさって現場に向かわれると思われますが」
「そうだね、確かにそうだよ。ケンカのときも、気の弱い奴ほど用意周到だし、真っ先にナイフを持ちだすからね。それに、そういうとき丸腰で向かうわけはないし」
「さようで御座います。気の弱さゆえ、武器に頼る場合が多いのです。防弾チョッキはもとより、手榴弾とかマシンガン、などの破壊力の大きいものですか」
「それで、あんたが、あの男たちの立場だったら、どうするつもりだい?」
「わたくしでしたら、まずは、ガスマスクを所持して、陰のような目立たない場所から、発煙筒を投げ込みます。さようなあと、ためらいもせずにマシンガンの乱射ですね」
「あんた、いくら何でも、それは!」
 競羅の抗議をどこ吹く風か、御雪は顔色を変えず、たんたんと説明を続けた。
「ですが、まずは見張りを全員、かたづけなければ話になりません。天美ちゃんは、部屋に閉じ込められておられると思われますので、彼女に当たることは決して御座いません」
「それはそうだけど、それしか方法はないのかね」
「一瞬のちゅうちょが命取りになるのは、競羅さんも、よくご存じでしょうに」
「ああ、こっちも、何度か命のやりとりをしているからね。さて、そのあとのことだけど、どうせ、ドアをバールみたいなものでこじ開けるか、爆弾で吹っ飛ばすつもりなのだろ」
「さようで御座います」
「けどね、爆弾なんかでは吹っ飛ばないくらいのドアだったら、どうするのだよ。鍵がない暗証番号のドアとか、なんと言っても米軍基地、ああいうところは厳重かつ頑丈だよ」
 その競羅の言葉を聞き、御雪のトーンは下がった。
「確かにさようで御座います。もし、さような状況でしたら何ともなりません。ですが、さような考えは、あくまでの想像の一つです」
「それでも考えないとね」
「悪い想像なら、いくらでも考えられます。すでに、天美ちゃんが飛行機に乗せられているとか。さような想像をお持ちでしたら、とても救出なんて、おぼつきません。向こうとしても、競羅さんがおっしゃられた通り、奪回をされることを考えていらっしゃらないとすれば、簡易的な場所に、輸送まで一時的に閉じ込めている可能性も御座います」
「ああ、そうだね。だからこそ、こうやって話が進むのだね。ドアが開いて部屋から脱出する。もう、それだけで大きな希望が持てるよ。自由になった、あの子は、さっきも話した思うけど、無双状況だからね。セラスタ政府は、かなり、痛い目にあったらしいし」
「さようで御座いますね」
「けどね、よくよく考えると、まだ疑問が残るね。まず、さっきの二人組、本当に慎重な人間、つまり、おりこうさんなら、絶対に実行しないよ」
「また、なぜでしょうか?」
「あの二人は、あの子の本当の能力、つまり、ざっくり言うと、敵対してくる相手をあやつる、それを知らないのだよ。いくら何でも、たとえ、あの子を救出できたとしても、大勢の兵士たちが武器を持って、捕まえにくるということぐらいはわかっているだろ。死にたくなかったら、こんな作戦にはのらないよ」
「さようなことですか、わたくしは、いかような状況になりましても、天美ちゃんを連れて、逃げ出すことができるという、確信を持っていると思っております」
 ここで、御雪が妙なセリフを言い、当然、引っかかった競羅は、
「確信だって! あんたねえ!」
「わたくしは、先ほどのバーク軍曹ですか。あの方の別れ際の言葉が気になりました。確かハリーアップ、ハリーアップのあとに、ムーブ、ムーブと言ってましたね」
「急いで移動をしようという意味だろ。それぐらいはわかるよ」
「ですが変です。さような場合、普通は、『ゴーゴー、レッツゴー』でないでしょうか」
「すぐに行こうか、だろ。そんなの変わらないだろ」
「わたくしは、あのとき、バーク軍曹が、何か別の考えを持たれていたと存じます。ジャック軍曹も、喜んだ口調で、『一人では、逃げ出すことも何もできないけど、相手に触れると、ありとあらゆることができる能力』と、興味深いお言葉を言ってましたし」
「何か言葉自身が回りくどいね。意味があるのかい?」
「むろん、御座います。ジャック軍曹は、天美ちゃんが一人では逃げることはできないが、誰かに触れることによって、逃げることができると言っていたのです」
「誰かに触れることによって逃げられる。余計にわからなくなってきたね」
「まだ、おわかりになられませんか。間違いなく彼らは、助け出されたあとの天美ちゃんに触れたあと、テレポート(瞬間移動)を、こころみようと考えております」
「はっ!」
 競羅は、びっくりして目を見開いた。呆れたというか、そのあと、
「あんた、ふざけているのかい! テレポートとは!」
「さようで御座いましょうか。あくまで触れたときだけですが、サイコメトリーや予知能力、テレパシー、ヒーラーが可能でしたら、テレポートも可能と思われるのでは御座いませんか。一般の方の超能力の知識は、さような程度ですので」
「うーん」
 競羅は真剣に考え始めた。本来は、取るに足らないバカバカしい議論なのだが、妙に信憑性がある話に思えてきたからだ。追い打ちを掛けるように御雪は、
「ですから、おそらく、彼らは、そのまま天美ちゃんを連れて、お国に帰ろうと考えていらっしゃるかもしれません。だからこそ、実行の可能性が高いのです」
「そういうことか、何にしても、より一層、希望を持つことができたよ。これで、決心がぐらつかずに、次の手を打てるからね。では今回も、のるかそるかの大バクチを打つか」
  競羅は、そう力強く答えていた。
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