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第四章 (2)

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「できたよー」
 の声とともに、天美の顔は完成した。その姿は、まったく別人である。腕がいいのか、素材がいいのか、ウイッグはきれいにピンクとエメラルドのツートンに染めわけられ、目を見張るばかりのアニメ顔になっていた。
「やっぱり、かーわいい」
 奥本君は感激の声を出すと、数弥に向かって、おがむような目をした。
「か、数弥さん、やっぱり、この子と着せ替えごっこをしたい」
 その態度に、天美は一瞬びくっとした。数弥が思わず注意の声を上げた。
「それは、ダメすよ。天ちゃんは姐さんの大切な妹分なんすから」
「あの怖そうな、お姉さんのかあ」
 奥本君は、一瞬、躊躇したが、いたずらっぽい目つきになると、
「でも、黙っていればわからないよ。か、数弥さんにも一緒にすればいいし」
「僕たちが黙っていても、この子が報告しますよ。姐さんを、本気で怒らすと、この上なく、怖いことはわかってますよね。そこらへんのヤクザなんか目じゃないんすから」
「そうなの、うーん。残念だなあ」
 奥本君は一旦は、そう答えたのだが、すぐに、名案が浮かんだのか、次の言葉を、
「でも、か、数弥さん。ボディの方はどうするの? 塗るの、塗らないの」
「そこまでは、考えていないんすけど」
「変装なら、身体も顔の色と合わせて塗らないと、まずいのじゃないのかなあ。だって、今の服装では、このように、手と足が、はっきり見えてるでしょ。表面から見えるとこは、塗らなければいけないよ。け、警察の目は鋭いからね」
 その顔は期待に満ちたように、ニヤニヤしていた。そのあとも、
「ぼ、僕も妹たちの服、いろいろあるから、それを着てもらうなら、いいと思うけど」
 と言った。どうしても、趣味の着せ替え遊びに話を持って行くつもりだ。
「それは、さすがにイヤ!」
 天美が声を張り上げた。ここで、彼女が声を上げたのは、着せ替え人形になるのがいやなのか、それとも別の思惑が。その声に、奥本君はびっくりしたが、
「いやなの。でも、本当に変装をする気なら、肌は隠しておかないと」
「天ちゃん。こんなことを言ってますけど、どうしますか? 僕としては、上に服を着るのがいやなら、最低でも、肌の色は合わせないといけないと思うんすけど」
 数弥が、さぐるように声を開けてきた。結局、天美は、
「わかった。そうすればいいのね。でも、変なとこ触れたら、数弥さんにも使うから」
 と、きつい目をして了承をしたのである。
「本当は着せ替えの方がいいのだけど。こっちでも、いいや」
 奥本君はそう言いながら、天美の腕をつかむと、ほおをすりすりさせた。そして、そのあと、ドーランをすり込むように塗り始めた。
 手つきはいやらしく、天美はフラストレーションがたまっていた。今までも、変装の準備でいろいろあったが、ここまで、不快なことをされたことがなかったからだ。
 腕を塗りおえたら次は膝だ。奥本君は、同様に膝を、すりすりさせながら塗り終えると、どざくさに紛れて、スカートの中に手を入れようとした。数弥が慌てて声をかけた。
「ちょっと、待ってください。そこは、いけません」
「えっ! ダメなの?」
  奥本君は、とぼけた顔をしながら、その行為を続けようとした。
「本当にいけません! おかしく、なりたいんすか!」
「おかしいって?」
「ええ、これ以上、妙な真似は頼むから、やめてください。僕だって無事でいたいすから」
 数弥はそう答えながら身体を震わせていた。このままでは、天美の能力がはたらき、まずいことになりそうなことを感じているのだ。その数弥の顔色を見た奥本君は、
「わかったよ、もう」
 渋々、手を引いた。そのあとも、数弥は、
「とにかく、これ以上は手を出さない方が身のためす。今のことでも、姐さんに知れたら大変なんすから。何とか、なだめて、口止めをする僕の身にもなってくださいよ」
 と答えていたが、ふと、その数弥の目に、テーブルの上に置いてあるデジタル時計が入った。数弥は、その時計を見て反射的に声を出した。
「それより、いつのまにか、昼の一時五分前すよ。ここで、ひとまず、休憩を取りましょう。昼ご飯、なんでもおごりますよ。これだけの仕事をしてくれたんすから」
 その言葉に、奥本君は反応をしたのだ。
「もう、そんな時間なの? 夢中になって忘れていた。一時から、CSのアニメチャンネルで、【ポップオン魔戦隊】を放送するんだ。今日は家にいるから、タイマー録画を入れていなかったんだ。ぼ、僕、帰るからね」
 そして、慌てた口調で答えた。名前から見て、美少女戦隊アニメものであろう。
「帰るって、あとのことは、どうするんす?」
「か、数弥さんに、すべて任せるよ。今は、それどころじゃないから」
 奥本君は、化粧道具一式を抱え込むように持つと、慌てて部屋を飛び出していった。

  奥本君が帰ったあと、数弥は笑いながら声をかけた。
「やっぱり、彼はアニメの女の子が趣味なんすね」
「そんなこと、どうでもいいでしょ。さすがに、これは、ひどくない!」
 天美の眼は恥ずかしさと怒りで満ちていた。
「だけど、警察の目を欺くためには、これぐらいはしませんと」
「それはわかるけど、どうして、こんな髪の色にしたの?」
「でも、彼の趣味は、アニメ調のパステル色の髪すから、仕方がないすよ」
「と言っても、こんな二色に分けなくても」
「だって、天ちゃん。ロッセオヴェルデに近づきたかったのでしょ。そうだとしたら、これで、ちょうどいいんすよ。赤系のピンクと緑系のエメラルド色すから」
「でも、よく考えたら、これって、あとで落ちるの?」
「そんなの、美容院に行ったら簡単す。ウイッグは取ればいいことだし、パウダーの方は、専門のメイク落としセットなどを使えば簡単におちます」
「それならいいけど」
 天美がそう答えたとき、シャッター音がした。数弥が押した音だ。
 当然のように、とがめた彼女。
「なに! するの?」
「いえ、単なる記念すよ。天ちゃんが、メニアウィッグ姿になったという、僕だけの」
「本当に、それだけ。誰にも見せない?」
「ええ、もちろん、そのつもりすけど。それで、ポーズも欲しいんすけど」
「えっ!」
「お願いしますよ。写真は笑顔でないと生きませんから」
「それは、さすがにいや! でも、こうなったら、もう」
 天美は否定しながらも、思わせぶりの態度になった。何か考えているようである。
「こうなったら、何すか?」
  数弥は話にのり、天美は取引をするような目をして言った。
「撮った写真、絶対、誰にも見せないのと。今、すぐ探しにく、許可くれるなら」
「今からすか!」
「そう。変装、完璧なら今からでもいいでしょ。犯人見つけても、ざく姉に連絡取るまで、手出さないようにするから。そしたら、ポーズしてあげる」
「わかりました。それで、僕もかまいません。当然、誰にも写真を見せませんし。ということで、天ちゃんの方も、僕の言うことを聞いてくださいよ」
  数弥は、してやったりの顔をしながら天美にそう返事をした。
「その笑顔、グーすよ」
 数弥は楽しみながら、次々とシャッターを切っていた。本当に、趣味の世界か、
  やがて、撮影は終わり、終わると、待っていたかのように天美が口を開いた。
「これで、約束通り、わったしを、自由にしてくれるよね」
「ええ、約束は守りますよ。それより、確か、天ちゃん、さっき、渋谷か池袋に乗り込む、って言ってましたが」
  数弥は意味ありげに笑っていた。当然というか、その態度に反応した天美。
「確かに言ったけど、どうして、また?」
「ええ、昔見た雑誌なんすけど、渋谷の、いい店がのっていたんすよ。前から行こうと思ってたんすけど、一人ではどうしても行けなくて。ちょうど、今、昼過ぎすので、そこで、食事をと思ったんす。むろん、おごりますよ」
 実は数弥は、前々から天美を連れて、渋谷のおしゃれな店に行きたかったのだ。今回、彼女の窮地にかこつけて、ここぞとばかりに迫ったのである。
  天美としても、一連の態度から、それぐらいは感じていた。そして、
「ありがとう。では、もう意見変えないでね。もし、今度、意見変えたら」
 と、表向きにこやかな目で答えたのであった。
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