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第五章 (2)

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「では、姐さんは、もし、あの場にいたら、どうするつもりだったんすか?」
「聞くまでもないことだろ。どんなことがあっても、外に出さないね」
「でも、天ちゃん、怒りますよ」
「怒ったって仕方ないだろ。ほうっておいたら、もっと、混乱を招くのだから。何とか、なだめて説得をするしかね」
「姐さんはできるんすか?」
「するしかないだろ。どうあっても、代わりに、犯人を見つけてやると確約してもね」
「見つけるって、そんなこと、今の状況ではさすがに無理すよ」
「だから、仲間を総動員するのだよ。奴らは何十人もいることだし、派手な服を着ているらしいからね。その気になれば、そのうちに見つかるだろ」
  競羅は、いつものような態度で話を続けていたが、重要なことを思い出した。
「ところで、すっかり、聞くことを忘れていたけど、あんた、今回の、あの子のことを、警察や上司に報告をしたのかい?」
「そ、そんな、バカなこと、ぜ、絶対にしませんよ!」
  数弥は反射的に答えた。
「なぜ、そんなに慌てるのだよ?」
「だって、姐さん。天ちゃんを警察に売ったら、怒るに決まっているじゃないすか」
「怒るって? あの子を警察に売るって、どういうことだい?」
「どういうも何も、天ちゃんが警官殺しで追われていて、それを警察に報告を、あれ?」
 数弥は話している途中、首をかしげた。
「しっかりしな。あんたの話や新聞を読むと、警察は、すでに、ボネッカを婦警殺しの重要参考人として追っているのだよ。今更、なんのことを言っているのだよ?」
「確かに、そうすね」
「ひょっとしたら、あんた、別れた後の、あの子の行き先を知っているのかい? 知らなければ、売りたくても売りようがないだろ」
「確かにそうすよね。そうでした」
「本当にしっかりしてくれよ。それよりも、その報告の話に戻らないと、こっちが報告と言ったのは、あの子から聞いたことだよ、警官殺しの真犯人がロッセオなんとかという、イタリアかぶれの、色もの愚連隊の一員、という。あれから一日たったのだから、それぐらいは上司に報告ぐらいはしていると思ってね」
「そういうことすか」
「普通は、こっちの言葉を、そう取るものだけどねえ。あんたらしいというか、どうも、肝心なことを報告していないみたいだね」
「でも、それは、天ちゃんが口止めをしてきたんすよ」
「ほお、ボネッカがか」
「ええ、今回の真犯人について報告はやめてほしい、と頼まれたんす」
 例の数弥が天美との関係を、警察に隠し通せるかのくだりである。

 話を聞いた後、競羅は納得するように口を開いた。
「なるほどね。よくよく考えてみると、まさに、そのとおりだね。今回は状況が状況だからね、こっちの考えが浅はかだったよ。実際、信じろ、と言うのが無理な話だし、マスコミだって、いざというときは、あてにならないからね」
「ええ、僕に迷惑がかかるから、やめときなさいと言ったんすよ」
「ああ、あの子は、そういう優しい一面を持っているからね。それで、結局、あんたは報告をやめたのだね」
「ええ、少し、後ろめたい気持ちがしたんすけど」
「上等上等、今回は、あんたにしては、よくやった方だよ。警察に見つからないように変装をさせるなんてね。あとのことは仕方がないよ」
「ですが、あれっきり音沙汰がないすから」
「実際、困ったね。あの子は電話を持ち歩かないし。こういう場合、いったい、どうしていいのやら。あんたがミスったことを一つあげるとすれば、逃がしたということよりも、その電話を持たせなかったことだよ。あれがあれば、こっちからも連絡が取れるのに」
「本当にすみませんでした」
「だから、あやまっても意味がないって言っているだろ。しかし、まったく、連絡をよこさないのも気になるね」
「やっぱり、僕のしたこと、気を悪くしているのでしょうか?」
「気を悪くする? そんな理由ではないと思うけどね」
「では、どういう理由なんすか?」
「それは、よくわからないけど。あの子は、そんな、気分屋ではないからね」
「もしかして、天ちゃん。どうしても連絡ができない立場になっているとか」
「変なこと考えてはいけないよ。あの子はね、約束を守る子だよ。奴らの、すみかを見つけたとしても、行動をする前に、何か一言ぐらいは言ってくるとは思うけどね」
「ですけど、一日たっても、連絡がないところを見ますと」
「たった一日ぐらいで、何を情けないことを言っているのだよ」
「ですが、どうしても責任上、気になるんす」
「しっかり保護者気取りだね、とにかく、一日たっただけだから、なんとも言えないけどね。連絡をしてこないのは、まだ、真犯人を見つけていないのだと思うよ」
「そうすかねえ」
「決まっているだろ。渋谷もそうだけど、秋葉、原宿、池袋など、少女たちが立ち回りそうなところは警官だらけだろ。奴らだって、簡単に姿を現さないと思うけどね」
「確かに、今の状態では、無理かもしれませんね」
「だから、行っても無駄なのだよ。あんたは、そこまで読めなかったのかい?」
「ですけど、天ちゃんは、どうしても行くって」
「たぶん、あの子は頭に血がのぼっていたから、冷静な判断はできなかったのだよ」
「果たして、そうでしょうか?」
「おや、何か意見があるのかい?」
「ええ、僕はやはり、見つからないのは、彼らに捕まったからだと思うんすよ」
「なぜ、あんたの口からは、こうも、いつも悲観的なことばかり出るのだよ!」
「姐さんは心配ないんすか」
「それは心配だけど、あんたも知っているように、ボネッカには、すごい能力があるからね」
「そんなこと言っても、彼らは、三十人以上いるんすよ」
「何人いても同じことだよ。あんた、この間のことで学ばなかったのかい。しかし、ロッセオ、本当に舌をかみそうな名前だね。これから、赤と緑と言わせてもらうよ。奴らの思考は単純だからね、まずは、おさわりから始めるね」
「そんな、悠長なことを言っていて、いいんすか」
「ああ、奴らは皆、はたち前の若い盛りだろ。あの子を見たら欲情するはずだよ」
「それじゃあ、余計に危険じゃないすか!」
 
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