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第五章 (3)

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数弥は興奮し始めた。天美の能力の効果を知っているのだが、やはり心配だからだ。
「そうかねえ。そんなに心配をすることはないと思うよ。奴らは、あの子に乱暴しようとするとき、直接、向かってくるだろ。たぶん、大勢で手や足を押さえようとするはずだよ。そのときに、全員、能力にかかって、いちころだよ」
「そんなこと言って、本当に大丈夫すか。彼らはナイフだって持っているんすよ」
「どうせ、脅迫のとき、ちらつかせるぐらいだろ。結果は同じだよ」
「でも、殺そうとして向かってきたら、どうするんすか?」
「殺そうって、何人ぐらいだよ?」
「十人くらいすよ。たとえ、どんなに、反射神経のすぐれた人でも、それだけの人数のナイフは、かわしきれませんよ」
「そうかい。十人いても、最終的には、二、三人ぐらいしか残らないね。考えてみなよ、ほとんどの奴らは、あの子の能力にかかって、ふぬけ状態だよ。最初は、間違いなく、乱暴しようと考えるからね」
「でも、拳銃を持っていたら、どうするんすか?」
「ハジキか、今は手に入りやすくなっているからね。一人や二人ぐらいは持っている可能性もないとも言い切れないけど、最初からは使わないだろ。それよりもね、さっきから聞いていると、あんた、のっけから、奴らが、あの子を殺すつもりだと決めかかっているね」
「当たり前じゃないすか、姐さんこそ、よく考えてくださいよ。僕が思うに、その警官を殺した少年は、すでに仲間に、その出来事を報告していると思うんすよ。だから、姐さんも、街に出没する確率は低いと思ったんじゃないすか」
「それは違うよ。大勢の警官が張り込んでいるから、動きにくい、という理由だよ。それより、あんたは、その少年が、仲間に警官殺しをした、と報告をしているというのだね」
 競羅の顔が険しくなった。
「そう考えるのが普通じゃないすか」
「けどね、こっちが、その少年の立場なら、まずは報告をしようなんて考えないね。自分の起こした不始末で仲間を巻き込むなんてことなんて」
「だから、それは、あくまでも姐さんの考えすよ。僕は憶病すから、たとえ、はずみでも人を殺してしまったら。あとは、どうしようもなくなって」
「確かに、そういう情けない奴もいるか」
  競羅はそう納得をし始めた。
「そうなったらどうするんすか。彼らは報告によって、天ちゃん、つまり、その現在、警察に手配をされている少女が、事件の唯一の目撃者ということもわかっているんすよ。だからこそ、口を封じにかかる可能性が高いんすよ」
「確かに、それはいえるね。警察は共犯の線も疑っているし。そうなると、奴らにとって、あの子の存在は、非常にまずいことになるね」
「だから、僕も心配してるんすよ」
「まったく、あんたも、そういう考えを持っているなら、初めから、あの子を逃がすようなことをしなければ・・」
 競羅はそう言葉を出そうとしたが、すぐに止めた。先ほど言ったとおり、数弥ではとても天美をコントロールできるとは思わなかったからだ。そのかわり、
「とにかく、今は様々な場合を考えないといけないから、まずは、あんたの考えで話を進めていくよ。今一度、確認をするけど、事件が起きたのは昨日の朝の八時ちょい前だね」
「ええ、そうす」
「その少年は、すぐに、仲間に報告をしたかな」
「僕だったらします。電話ですぐに、どうしたらいいか」
「ああ、あんたならそうするかもしれないね。では次に進むよ、あの子を逃がした時間は、話を聞いてみると昨日の今頃かい?」
「ええ、そうすけど」
「となると、昨日のうちに、赤と緑に遭遇している可能性が出てくるね。向こうは赤と緑の威光をちらつかせて、街であの子の情報を得ようとする。あの子としても、赤と緑に接触して、警官を殺した少年を見つけようとするからね」
「だから、僕は、すでに、捕まってると言ったんすよ!」
「その話は、さっき、決着がついただろ。あの子は大丈夫だよ。また、むし返すのかい」
「ついていませんよ。拳銃のところから話は進んでいませんよ」
「まだ、そんな確率が低いことを言っているのかよ。それに、素人があつかうハジキぐらいでは、すばしっこい、あの子を傷つけることすらできないよ」
「プロだったら、どうするんす?」
「ここで、プロがどうして出てくるのだよ。だいたい、あの子の武勇伝を聞いていると、プロも、結局はいなされて、あの子の能力の餌食になっているよ」
「わかりますが、どうも、話を聞いていると、姐さんは心配じゃないんすか」
「それは、当然、心配だよ」
「でしたら、真剣に考えてもらわないと」
「あんた、こっちが真剣ではないというのかよ! 言いたくはないけどね、もとはといえば、ボネッカを逃がしたのは、あんただろ! 本当にもう、おとなしい顔をしていたら、いい気になって! そこまで心配になるなら強引に閉じ込めておけばよかっただろ! 口で言いくるめて、どこかの部屋に閉じ込める、そういう方法もあったのだから」
 ついに、競羅は怒りだした。
「そうでした、すみませんでした」
「わかればいいのだよ。今は、そんな確率が低い話より、もっと他のことを考えないとね」
「ほかのことって」
「今は、あの子の捜索に全力を向けることだよ。では、今度は、こっちの見立てを言うよ。こっちが思うには、まだ、あの子は赤と緑に遭遇していない感じがするよ」
「どうして、そんなことが言えるんすか?」
「こんな、警察を刺激するような事件が起きたんだ。奴らとしても、厳重な警戒は感じているはずだよ。だから、大っぴらに動くことは自重すると思うね。あの子の方も、警察に隠れて行動をしないといけないから、表だっては動けないと思うし」
「確かに、そうすね」
「ということで、さっきも言ったように、仲間を使っていろいろと当たってみるよ。ということで、これ以上、話していても進展しようがないから、この話は終わりだよ」
 こうして、二人の話し合いは終わった。
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