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第一部

特別室の存在

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「そういえば、向井君が持ってるその紙袋はなに? 」

早紀が向井の横に置かれた袋を指さした。

「ああ、これは特別室の土産と、

冥王が読んでる雑誌と、

源じいに頼まれてた本」

「なんだと。冥王は俺たちをこき使って、

マンガ読んでんのか? 

端末でいいじゃん」

牧野は袋の中をのぞくと、

雑誌を見てパラパラめくった。

「紙じゃなきゃ嫌なんだそうです」

「神だけに? 」

田所が親父ギャグを言いながら笑った。

「………」

「三人してそんな冷たい目で見ないでよ。

親父は寂しいです」

そんな田所を無視して牧野が言った。

「源じいは…へえ~時代小説? シリーズものなんだ」

「老眼も無くなったんで、

読みたかった本が沢山あるみたいですよ」

「ふぅん。で、この箱は…お菓子では? 」

「特別室の住人達に頼まれてね。

有名店だから手に入れるのも大変だったんだよ。

わがままも大概にしてもらいたいです」

「あのさ、特別室って誰がいるの? 」

早紀が興味深そうに聞いた。

「早紀ちゃんは知らないのか」

「はい! 俺も知らない」

牧野もその横で手を挙げた。

「あの部屋には政財界の方々がいるんだよ。

もう死んでるけど、まだ居座っているのがね」

田所が小声で言った。

「なんでさ。特例以外の霊は再生されるか、

焼却されるんじゃないのか? 」

「そうなんだけどね。

地獄の沙汰も金次第ってね」

田所が指で金の形を作った。

「なにそれ」

早紀が怪訝そうに言う。

「要するに寿命で死んだんだけど、

駄々こねて、

居座っている霊がいるんだよ」

「そんなことできるの? 」

「規則違反なんだけど、

冥界も面倒な霊には、

多少大目に見ちゃうんだよ」

「でもお金って、六文銭? 」

「六文銭って三途の川の代金だろ? 

俺も舟に乗る前にじじいとばばあに金払ったもん」

奪衣婆だつえば懸衣翁けんえおうと呼ばれる鬼だ。

高齢の鬼夫婦が毎日のように霊を運んでは、

冥界の関所まで連れてくる冥王の使役である。

本で見るような怖さもなく、

人……? いや、鬼のよさそうな夫婦だ。

金がなくても服は脱がさないが、

舟には乗せてもらえず、

浅瀬を歩いて渡ってくるように指示されるだけだ。


早紀と牧野はお互いの顔を見ながら、

首を傾げた。

「それとは別に渡す金、隠し財産と命があるんだよ」

「死んだのに命をどう渡すんだよ」

「それは彼らの身内の命」

田所が声を潜めて言う。

「!! 」

早紀と牧野は声にならない驚きの表情をした。


身内の命をささげても、

まだ成仏したくない往生際が悪い死人もいるのだ。

人間は人として生まれただけで業が深いとされ、

回忌に人を連れていくものもいる。

一人であの世に行くことができない、

それだけ罪深いのが人間というわけだ。

ただ、死人なので、

冥界では大したこともできないが、

それでも特別室にいる限り、

人間と同じく美味しいものを食べたり、

趣味に興じたり、

好きなことをして過ごせる。

それと多少ではあるが、

現世に圧力をかけることもできる。

特別室は部屋であって部屋ではない、

特別な空間なのだ。
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