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第一部

漫画家松田

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松田雪江は編集部からの電話を切ると、

放心状態でゴーグルを外した。

嘘…ほんと? 


漫画家としてデビューして十二年。

読み切りばかりの仕事と、

月に挿絵のバイトをしながら、

なんとか今まで生活してきた。

デビューしてすぐに、

ネームでOKが出て一本連載をもらえたものの、

ヒットまで至らず打ち切り。

公民館で月に一回、

イラスト教室も開催しているが、

バイトの延長くらいの月謝なので、

このままでは一生バイトで生計か? と、

半分あきらめていた。


そんな雪江に女神が微笑んだのだ。

神よ~私は今こそ感謝します!! 

雪江はコンビニに向かう道を歩きながら、

小さくスキップした。

だが、喜んでもいられない。

締め切りまであと二週間。

アシスタントのヘルプが欲しい。

やります!! 描けます!! 

と言ったものの、

急遽入った仕事なので、

すぐには見つからないだろう。


大久保出版は少しマイナーな、

コアなファンで持っている弱小出版社だ。

歴史ファンタジーなら大久保と言われるほど、

昔からの人気雑誌がある。

雪江はここで長期連載されている作家のファンで、

持ち込みで編集部に乗り込んだ。

作家になる夢をあきらめきれず、

バイトを掛け持ちしながら、

長い事コミケ作家として活動してきた。

漫画家になるには、

もう遅すぎる年齢ではあったが、

その時の作品が編集者の目にとまりデビュー。

だがそのあとが鳴かず飛ばず状態。

この前の大先生の穴埋めで描かせてもらった短編が、

読者の人気ランキングに入り、

今回この話の続きを長編でもらえた。

これがうまくいけば新連載の可能性もある。

デジタル作家、AI作家の時代。

昔ながらにペンで描いている作家など殆どいない。

絶滅危惧種? 

だからこそ失敗したら、

漫画家生命も終わり……? 

何とかアシスタントを探さないと。

「そうだ!! 」

雪江は以前にアシスタントをお願いした、

クリエイター専門の派遣会社を思い出し、

ゴーグルをかけ連絡先を探した。


――――――――――


タブレットを見ていた向井は、

葵が同じ作家のところで、

過去二度ほど、

アシスタントしているのを見つけた。

作家名 松田雪江。

今の状況を少し調べてみるか。 

葵は派遣登録してから、

かなりの時間が経っているはずなのに、

冥界もいい加減だな。

その記録がないぞ?

タブレットを見ながら、

眉間にしわを寄せて考え込んだ。

葵が最後にした仕事は、

確か三年前と言っていたよな……

派遣回数は出ているのに、

日付が抜けてる。

大抵の霊魂は一回、

多くても二回で成仏するものだが、

山川葵にいたっては十回。

一向に来世に進もうとしない。

とっとと成仏してもらわないと。

向井がそんなことを考えていると、

タブレットが光った。


人間の時にはスマートゴーグルが一般的だったが、

死んだ後はタブレットが多くなった。

スマートゴーグルはスマホが無くなり、

新たに導入された端末だ。

多くの国民がスマートゴーグルを装着していた。

ゴーグル一つで電話から通信全般使えるが、

反対に全てが国に管理されてしまうため、

国民の中には安価なタブレットを使用している者も多かった。


「おっと……!? ん? 松田雪江? 」

電話の相手が今まさに、

調べていた名前だったので慌ててタップした。

「助かったぁ~」

電話の向こうから安堵の声が聞こえてきた。

「はい、こちらは……」

向井の声に雪江が慌てるように喋りだした。

「あっ、すいません。

そちらクリエイターズファントムですよね」

「はい。向井と申します」


一応、社名をクリエイターズファントムとしている。

派遣課になる前は求人課だったらしく、

派遣課になって第一号の高田が、

「仕事を受けるのに社名があったほうがいいですよ」

と、冥王に提案。

高田がネーミングし、

クリエイターズファントムになったそうだ。

派遣霊の多くは作家、歌手、デザイナーなど、

創作者が多いこともあり、

クリエイターに決めたらしい。

冥王も、

「それ面白いよ。いいんじゃない」

と即決だったというから、

冥界もいい加減である。


クリエイターズファントムは、

冥界という特権で、

基本国内であればどこでも仕事は受けられる。

電話番号もそのままなので、

登録しておけばつながるが、

登録した本人に何かあれば、

すぐに消滅されるので、

この世に形跡は残らない。

向井が何か言おうとしたところで、

相手が慌てた様子で話し始めた。

「あの、私、松田雪江と申します。

以前そちらで、

漫画のプロアシさんを紹介していただいて、

今回もお仕事をお願いしたいんです」

早口で一気に話す相手に、

一瞬驚いたものの向井は静かな口調で言った。

「漫画のアシスタントですか? 

今一人、手の空いているものがおりますが」

雪江は安堵のため息をついた。

「急かす様で申し訳ないんですが、

急な仕事で時間がないので、

今すぐに現場へ入ってほしいんです。

大丈夫でしょうか」

「そういう事でしたら、

すぐにでもその者を向かわせます」

「助かります。

リモートでもいいんですけど、

時間がないので、

数日仕事部屋から出られなくなるかもしれません。

そのこともお伝えいただけますか? 」

「はい、え~と……」

向井は登録者名簿を確認すると、

「ご登録は松田様の仕事場になっていますが、

そこでよろしいですか」

「はい、以前と同じ住所です」

「わかりました。

では、山川という者を連れていきますので、

その時に書類にサインをお願いします」

仕事は終了と同時に、

相手の容姿もリセットされるので、

松田にも山川との接点はなくなっている。

電話口で簡単な料金説明をし、

「ちなみに差し支えなければ、

今回のお仕事内容、

時代背景など教えていただきたいんですが」

「大正ロマンのファンタジーになります」

時代物のファンタジー?  

どんな物語なんだろう??  

向井は首を傾げた。

「では、よろしくお願いします」

相手の電話が切れるのを待って、

端末から葵の位置情報を確認した。
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