あなたはずっと俺のもの

文野多咲

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社長?!

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 新入社員の高橋くんが私の前で頭を下げる。

「俺、もう付き合えません。山田常務のことが好きだけど、もう無理なんです、すみません」

 会議室に呼び出された私は、部下の高橋くんに呆れた目を向けていた。
 好きだけどもう無理って、どういう意味?
 だって、あなたから告白してきたよね?
 それ、先週のことだよ? 
 
 そのとき、「好きだから付き合ってください」って言ったのよ?
 なのに今度は「好きだけど無理」ってどういうことよ。
 私、もう29歳だから22歳のあなたにはちょっと年上すぎるって何度も断ったよね。そこを、「付き合ってください」って強引に押してきたよね。
 情熱的に口説かれて、私も、最後には受け入れて。
 そしたら、やっぱりこうなったわけだ。

 でもさ、昨日あなた、社内の飲み会で「俺、山田常務と付き合ってます」なんて言っちゃったよね? 
 酔っぱらってたとしても、あれはなかったんじゃない?
 その場が一瞬、凍ったよね。私、思いっきりいたたまれなくなったよね。その場の全員に、「若者の未来を潰すアラサー女」って目を向けられたよね。
 その場の空気も読まずに、「俺、サイコーに幸せです」って言ってのけちゃう高橋に、でも、私はキュンってときめいた。
 私を見て満面の笑顔の高橋に、少しばかりとろんとした目を向けていたはずだ。ああ、今となっては、あの瞬間を消し去りたい。
 新卒にとろけさせられるアラサー女の滑稽さよ。痛いアラサーが、誰の目にも焼き付いたよね。
 その翌日にこれってどうなの?
 ふつふつと怒りが込み上げてくるものの、最大限平静を装って訊いた。

「えっと、私のどこが悪かったのかなあ?」

 指摘されても直すつもりはないけど一応訊いてみた。
 別れは受け入れるけど、せめて理由くらい教えて欲しい。
 デートは一回やっただけだけど、高橋は始終楽しそうにしてたし、私も楽しかった。帰りの電車ではホームでずっと手を振ってくれてたし、翌日に会社で目が合ったときには、はにかんだ笑みを向けてくれた。
 なのになんで?
 私のどこが悪かったの?

「とにかく無理なんです」
「わかるように説明して」
「とにかく、無理なんです!」

 高橋はきっぱりと言い放つ。そして、気まずそうに俯いていく。

 きっつ。
 新卒にすがるアラサー、きっつ。

 どうせ、社内バレして、「もっと若い子と付き合え」とか「山田常務に脅されてるのか」とか言われるうちに、目が覚めたんでしょうよ。
 それとも間近で見た毛穴の大きさが想像を超えてたとか、どことなくお母さんみを感じたとか、挑戦したけどやっぱり無理だったとか。
 まあ、もともと降ってわいたようなことでしたし、こんな年増が新卒と付き合うなんて図々しいことだとはわかってましたしね。

「わかったわ。もういいわ」

 私はそう言った。ただし、上司として、釘だけは打っとく。

「でも、次に同じことをする場合には、きちんと相手が納得できる理由を用意しておきなさい。相手に失礼です。もう学生じゃないのよ」
 
 顔を上げた高橋がほっとしたような表情を浮かべているのを見て、イラッともするし、グサッともくる。しかし、何とか踵を返して会議室を出た。
 ずんずんとオフィスを横切り、自分のデスクに向かう。
 何なのよ何なのよ!
 すぐに振るなら告白なんかしないでよ!
 せめて、社内バレしなけりゃよかったのに、みんなに言いふらしたりして、高橋め!
 何がしたかったのよ!
 これじゃ、オバサンが若者の手のひらで踊らされただけじゃないの!
 明日には生ぬるい目で見られるんだわ。調子に乗ったオバサンがやっぱり振られたって。

 終業後だったおかげで、フロアには人がまばらなことが救いだった。
 私の後からフロアに戻った高橋は、こちらを見ないでそそくさとフロアを出て行く。
 昨日までは、はにかんだ目を向けてきて、照れくさそうに笑みを寄越してくれていたのに。
 伸びかけた坊主頭が気に入っていたのに。野球部にしか見えないのに実は合唱部だったっていう意外性も気に入っていたのに。
 キーボードに怒りを打ち込んで、やがて、ひと気のなくなったオフィスで、はあ、と息を吐く。
 怒りの次に、じわじわと喪失感が湧いてきた。
 そっか、振られたのか。
 はあ、高橋のこと、好きになりかけてたのにな。

 私にはろくろく恋愛経験がない。高校までは部活中心で、短大ではバイトに明け暮れた。
 社会人になって二回ほど同僚に声をかけられたこともあるが、短期間で振られた。
 思い返せば、愛を育む前に振られてばっかり。キスどころか手つなぎだってする前だ。
 私、このままずっとひとりぼっちなのかなあ。
 キスもその先もしないで30を迎えて妖精になって、そして、他人の心を盗み見しながら、ひっそり死んでいくのかなあ。
 くっ、こんな時は仕事仕事。
 両手でピシャリと両頬を叩く。
 恋愛を遠ざけてきたのは私でしょ。出会いを求めてこなかったんだから。
 21時を回ったフロアの片隅で、キーボードを打ち鳴らし、適度なところで切り上げて、コンビニに買い物に行く。フロアに戻るなり、350ミリ缶を開ける。
 プシュッ。
 はあ、良い音。癒されるわあ。
 飲んでやる。飲まなきゃやってられないわよ。
 二本目の缶を開けたところで、フロアのドアが開く音がした。
 誰よ、こんな遅い時間にオフィスに入ってくるやつは。
 胡乱な目つきを向ければ、その先には背の高い影があった。
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