あなたはずっと俺のもの

文野多咲

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ちゃんと部下でいますからね!4

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「……なちゃん、だ」

 どうして急に小声になるの?

「え、なんて?」
「だから、……なちゃん、だ」
「え、もうちょっと大きい声で!」
「笑うなよ?」
「笑いませんよ?」
「ひなちゃんだ!」
「?!」
「笑うなよ?」
「…………、うくくっ、うくくくっ」

 込み上げる笑いは我慢しきれず声になった。

「………、笑ったな?」

 ごめんなさい、人の呼び名を笑うなんて失礼よね。でも、呼び名が可笑しいんだもの。
 この人、両親からは、とっても可愛く見えてるんだろうな。
 ふてくされた横顔にますます可笑しくなる。
 あら、心がくすぐったい。これ、私にも可愛いように見えるけど、気のせいよね、これ。

「ご兄弟はいるんですか?」
「一人っ子だ」
「社長ってば愛されて育ってるんですね」
「あなただってそのはずだ」
「ええ、それはそうですけど」
「あなたは埼玉で生まれ育って、あなたも一人っ子で、お父さんはメーカー勤務、お母さんはパート、愛犬はハッピー。小学校は地元の公立、中学から私立の女子校に通って、そのままそこの短大を卒業した。部活は中学からずっとテニス。大学ではデニーズでバイト。好物はステーキに、あとは甘いもの」
「何で知ってるんです?」
「大事な部下に関して、そのくらいのことは自然と耳に入ってくるものだ」

 大事な部下。
 そうでした。私、社長の部下でした。一瞬、何だかもっと違うようなものような気がしてしまってたけど、私、ただの部下でした。
 私、ちゃんと部下のままでいますよ。それ以上を望んでいませんから、安心してくださいね、社長!

「私も社長の好物は知ってますよ。えっと、ワインに……」

 あとそれから何だっけ。答えが出てこないまま、くしゃみが出る。

「寒くなってきたね、そろそろ戻ろうか」

 社長は私を抱き上げながら言ってきた。

「俺はお酒は付き合いで飲むだけでワインがまだマシってだけだ。食べ物は何でもおいしいと思う」
「じゃあ、食べ物以外で苦手なものは?」
「うーん、乱雑なことかな。色は、落ち着いたグレーや黒が好きだし、部屋はすっきりと片付いていていないと駄目だ」

 確かに部屋はすっきりしてたけど、靴下とか、洗面所に脱ぎ散らかしてましたよね。私がかごに入れてあげましたけども。

「だから、最初はあなたが苦手だった」

 だから?
 どういう文脈なのか、社長はそう言ってきた。

「あなたは少し変わってるでしょ?」
「え、どこがです?」

 もしかして悪口言われてます?
 私は助手席に降ろしてもらいながら口を尖らせた。

「あなたは人に合わせようとしないし、思いもよらないことばかり言うし、行動だって突飛だ」
「そうですかね」

 言い返しながらも社長にはそう見えても仕方がないような気がしてきた。だって襲ったんですもの。

「それは、あなたには自分があるということだと今は思っている」
「悪口かと思えば褒められてるんですかね」
「うん、良い部下を持ったと思ってるよ」

 良い部下。わかってます。ちゃんと良い部下でいますよ、私。
 これはデートではなく、セックスのお返しってことくらい、ちゃんとわかってますからね、社長。
 そのうち、SUVは幹線道路を山道に入り、砂利道になったところで止まった。見れば日本家屋がある。看板の出てないそこが和牛ステーキの店らしかった。
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