私を陥れたヒロインに盛大なバッドエンドを

文野多咲

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戦う力

王都に革命の靴音が響き渡る。

「クリスティーヌを殺せ!」

「ジャクリーヌを殺せ!」

「ドラローシュは皆殺しだ! 王族も皆殺しだ!」

「あいつらの血で、俺たちの苦しみを洗い流すんだ!」

声は大きくなり、近づいてくる。

「俺たちにはマリアンナがいる!」

「マリアンナがいる!」

民衆の先頭には、マリアンナ。ジャックとともに革命旗を掲げている。

門を打ち破り、中に入ってくる。

「クリスティーヌを殺せ!」

「ジャクリーヌを殺せ!」

斧が振り落とされた。

***

(きゃああああっ)

クリスティーヌは跳ね起きた。

かろうじて叫び声を出さなかったものの、顔面蒼白で、口を両手で抑えていた。

革命の悪夢だ。そして、単なる悪夢ではない。クリスティーヌには実体験の記憶だ。

ジャックとは、ヒロインが最初に出会う攻略対象である幼馴染だ。ジャックに会ったことで、記憶が生々しくよみがえった。

(ああ……、なんて恐ろしい……)

クリスティーヌは顔を覆った。ジャックルートでは、王侯貴族はことごとく処刑された。ロベール、大公、ギョームら、攻略対象でも例外はない。

クリスティーヌは、帝国に奴隷送りとなり、老皇帝に凌辱を尽くされたのち死ぬ。

悲しく恐ろしい記憶。

(私はきっと殺される、今回も惨めに死ぬんだわ)

『クリスティーヌ、大丈夫?』

気遣ってくる声に我に返る。顔を上げればダンがいた。

『ここはどこ?』

『民家だ。休ませるのにベッドを借りた。クリスティーヌがカフェを飛び出して、捕まえたところで気を失った。何があった?』

見れば、クリスティーヌは、こざっぱりとしたベッドに起き上がっている。民家の奥方であろう中年女性の姿も見える。

(はっ、帽子)

頭を触れば、帽子はない。ヘッドドレスが着いたままであることにほっとするも、奥方に自分の顔を見られてしまった。

(公女だと知られるのはまずいわ)

この辺りは、不満を溜めた人々が多くいる。マリアンナはわざとそういう場所にクリスティーヌを連れてきたのだ。

奥方はクリスティーヌに向けて甲高い声を出した。

「そのきれいな緑色の目、やっぱり、公女さまかい!」

クリスティーヌは身を縮める。

クリスティーヌは思わずダンにしがみついた。奥方は続ける。

「この人があんたを抱えて困ってたから、うちに招き入れたんだよ。町娘の姿をしているけど、高貴な人だろうとは思ってたんだけどさ、まさか、公女さまとは!」

クリスティーヌはぎゅっとダンにしがみつく。

「何て光栄なことさね! お気がつかれてよかった!」

その声に、クリスティーヌはどうやら歓迎されているらしいことを知りほっとした。ダンにしがみついていることに気づき、ぱっと離れる。

奥方が甘いミルクを差し出してきた。それを飲むうちに、随分と気が落ち着いてきた。

「奥方さま、どうもありがとう。とても居心地のいい住まいですわ」

「そんな、アンナでいいよ。公女さまにそう言われたら恥ずかしいだけさ」

「アンナさまは、ビラのことをご存じですか」

クリスティーヌは訊いてみた。ここら辺で配布されているものならアンナも見たことがあるかもしれない。

「ああ、あれだろ。公女さまが新しい馬車を購入しただの、妃殿下さまが贅沢三昧だの、ってやつだろ。あんなの、気にしないほうがいい。近所のワルどもが性懲りもなくやってんのさ。若いくせに、ろくすっぽ働きもせずに、昼間っから集まって議論してさ、おーやだやだ。こちとら、何の不満もなく暮らしてるのにねえ、お上に文句垂れる前に、自分がまともに働けってんだ」

アンナの言葉に、クリスティーヌは納得のいくものがあった。市民生活は安定しているように見える。大方の市民は現状に満足しているのではないか。

しかし、そこに革命を煽る者たちが現われ、市民らを扇動してしまったら。

クリスティーヌはぶるっと震えた。

マリアンナは人心を掴むのがうまい。マリアンナが扇動したら、どうなることか。

(大丈夫よ、今回はダンルート。ジャックルートではないのだから革命は起きないはず)

内心でそう言い聞かせるも、クリスティーヌはひどく気弱になっていた。

***

後で礼を届けさせることにして、クリスティーヌはアンナの家を出た。

通りに出れば、午後の陽光がまぶしかった。

『あなた、お腹が空いてない?』

昼時はとっくに過ぎた。ダンは腹を空かせているだろう。

飴菓子をほおばっているダンの顔を思い出し、何か食べさせたくなった。

見れば、店先に、猪肉をあぶったものが売っている。

『あれを買ってお食べになって。私は要らないわ』

クリスティーヌは、ダンを自分の騎士のように感じ始めていた。

クリスティーヌにはダンを頼りにする気持ちが芽生えている。心強さを感じている。そして、同時に、面倒を見なければいけないような気持ちを抱いていた。

何しろダンはクリスティーヌにかなり懐いている。いつでも後を追ってきて、そして助けてくれる。

ベンチに座れば、初夏の風が気持ちよく頬を撫でた。

ダンが肉をかぶりつくのは見ていて気持ち良かった。大口で、ほおばっていく。

クリスティーヌはダンに気を許し始めていた。

『ダン、あなたは自由でいいわね』

ダンは、下の名前で呼ばれたことに驚いたのかビクッとし、それから嬉しそうに目を細めた。

『やっとそう呼んでくれた』

『あなたは最初に、そう自己紹介をしたでしょう』

――公女クリスティーヌよ、俺がダンだ。

『そうだ、あなたにダンと呼んでほしかった。そして、呼んでくれて嬉しい』

『あなたは図々しくも、最初から私をクリスティーヌと呼んだ』

『俺は、ずっとあなたに会いたくてたまらなかった』

(この男は私のことを本当に好きなのかもしれないわ)

大商人とはいえ、一国の公女に懸想するとは、身の程知らずも甚だしい。しかし、クリスティーヌは不快ではなかった。

『あなたは自由で、強い。とても羨ましいわ』

『あなたも自由に生きればいい』

『できないもの。私は今のところ、黙って指をくわえているだけ。勝負を前に気持ちで負けてる』

クリスティーヌは、マリアンナに戦いを挑んでいるつもりでいるが、実際には振り回されているだけだ。そして、今、ひどく気弱になっている。

『負け犬になるのか』

『相手がものすごく強いの』

だって、ヒロインなのだから。

『俺は戦ってきた』

『これは戦場での戦いとは違うの。戦えというのなら、今すぐ私を連れてどこかに逃げて』

ダンとならば一緒になってあげてもいい。どうせ惨めに死ぬ身の上だ。それならばダンと生きるほうがずっといい。

しかし、ダンからは冷たい返事があるだけだった。

『俺は戦わないやつは助けない主義なんだ』

クリスティーヌは呆気に取られて、ダンを見た。

(今、私は振られたの?)

クリスティーヌも本気で言っているわけではないし、ダンも本気で受け止めているわけではないだろう。それでも、そのすげなさに腹が立つ。

(さんざん私に気を持たせておいて、あっさり振るの?)

『あなたなんか嫌いよ』

唇を突き出すクリスティーヌを、ダンは真正面から見つめて言ってきた。

『俺は好きだ。クリスティーヌが大好きだ』

『図々しい。二度とそんなことは言わないで』

『怒ったり拗ねたり、そんなあなたが俺には可愛くてたまらない』

クリスティーヌはダンに対しては、公女らしい取り繕いが一切できていない。感情を乱されては、笑ったり怒ったりだ。

そのことに気づいて、カーッと恥ずかしさと腹立ちが込み上げる。

(どうして、この男の前では公女らしく振舞えないのかしら)

クリスティーヌは顔を背けた。

『もう嫌い! 大嫌いよ!』

『こっちを見て。俺があなたに力を与えてあげる。戦う力を』

その言い方には含みがあった。

(どんな力をくれるというのよ)

『クリスティーヌ、俺に向いて。俺にその顔を見せて。その可愛い顔を。俺が力をあげるから。お願い、クリスティーヌ』

甘えて懇願するような声にクリスティーヌは仕方なくダンの方を向いた。

振り向けば、ダンにあごを取られた。顔が近くなり、唇に何かが触れてきた。
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