7日間の執行猶予

雨垂 一滴

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第七章 相棒の直感

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 家を出ると、夜風がいっそう冷たく感じられた。

 結局、証拠は回収できなかった。だが、場所は特定できた。
 クマの首輪にある、銀色のロケットチャーム。あの中に、県警上層部をも揺るがす「爆弾」が眠っている。
​「……何しに行ったんだよ、結局」
 日下部が不満げに言った。
「何もなかったじゃないか。ただお嬢ちゃんを怖がらせただけだ」
「ああ、そうだな。……悪かった」
 私が素直に謝ると、日下部は毒気を抜かれたような顔をした。
​「でも、気になることがある」
 私は歩きながら、通りの向こうに目をやった。
 街灯の下、一台の黒いセダンが停まっている。エンジンは切られているが、中に人が乗っている気配がする。

 老人から聞いた「黒塗りの車」ではないかもしれない。だが、監視されている可能性は高い。
​「日下部。俺は少し、この辺りを見回ってから帰る」
「はあ? もう深夜ですよ。爺さんは家で寝てろって」
「目が冴えてな。……それに、あのご家族が心配だ。空き巣でも入ったら大変だろう」
「……アンタ、本当に権藤さんか?」
 日下部が立ち止まり、私の顔をじろじろと見た。
「権藤さんはもっと、こう……枯れた人だった。定年まで波風立てずに過ごすことしか考えてないような。それが今日は、まるで……」
​ まるで、相沢みたいだ。
 そう言いかけて、日下部は口をつぐんだ。
「……いや、なんでもない。俺も付き合いますよ。一人で倒れられたら、報告書書くのが面倒だしな」
 日下部はぶっきらぼうに言うと、缶コーヒーを自販機で二本買った。
「ほら。ブラックでいいだろ?」

 投げ渡された温かい缶。
 権藤は微糖派だったはずだ。だが、私は無言で受け取り、プルタブを開けた。苦い液体が、喉を焼きながら落ちていく。
​「……なぁ、権藤さん」
 車に戻り、シートを倒して張り込みの体勢に入ると、日下部が天井を見上げながら呟いた。
「相沢さん、死ぬ間際、何考えてたと思います?」
「……さあな。痛いとか、寒いとかじゃないか」
「俺はね、悔しかったと思うんですよ」
 日下部の声が沈む。
「あの人は、いつも前を見てた。やりたいこと、やらなきゃいけないことが山ほどあったはずだ。それが、あんな汚い倉庫で、たった一発の弾丸で全部奪われたんだ。……許せねえよ」
​ 横目で彼を見ると、日下部は泣いていた。

 声も上げず、ただ涙がこめかみを伝って流れていた。
 私は胸が熱くなった。
 俺は、こんなにいい相棒を持っていたのか。生前は気づきもしなかった。俺が一人で背負い込み、彼を遠ざけていた時も、彼は俺の背中を見てくれていたのか。
​「……必ず、捕まえよう」
 私は言った。権藤の声ではなく、魂の声として。
「犯人が誰であれ、必ず手錠をかける。あいつの無念は、俺たちが晴らす」
 日下部は乱暴に涙を拭うと、ニヤリと笑った。
「ああ。頼むぜ、相棒(パートナー)」
​ その言葉に、私は微かに微笑んだ。
 「相棒」。
 生前、一度も呼び合えなかった言葉。
 それが今、死んでから初めて、私と彼の間で結ばれた気がした。
​ だが、感傷に浸っている時間はなかった。
 通りの向こうの黒いセダンが、スモールライトを点灯させたのだ。
 動き出す。
 ゆっくりと、相沢邸の方へ。
​「日下部、起きろ! 客が来たぞ」
 私はシートを起こし、権藤の老体に鞭打って身構えた。
 リミットまで、あと六日。
 最初の危機が、静かに迫っていた。
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