7日間の執行猶予

雨垂 一滴

文字の大きさ
20 / 28

第二十章 反撃の狼煙(のろし)

しおりを挟む
​ ノートパソコンの画面が放つ青白い光が、薄暗い安宿の部屋を照らしていた。
 画面の中の神宮寺署長は、私が知らなかった卑しい笑みを浮かべている。これが、私が信じ、背中を追ってきた男の正体だった。
​「……どうするつもりだ、権藤」
 日下部の声は、怒りのあまり低く唸っていた。涙は乾いていたが、その瞳の奥には消えない復讐の炎が渦巻いている。
「このまま県警本部に乗り込むか? 奴の目の前にこのデータを突きつけてやるか?」
「馬鹿を言うな。自殺行為だ」
 私は権藤の身体が発する激しい咳を抑え込みながら言った。
「署内は奴の庭だ。証拠は握りつぶされ、俺たちは『公務執行妨害』か何かで別件逮捕されるのがオチだ。最悪の場合、留置場で首を吊らされるぞ」
​ 脅しではない。神宮寺ならやりかねない。彼は自分の「正義」――実際は保身と欲――のためなら、部下を平然と切り捨てる男だ。私は身をもってそれを知っている。
​「じゃあ、どうするんだよ! 指をくわえて見てろってのか!」
 日下部が焦燥感に駆られて声を荒らげる。
​「……外を使う」
 私は懐から、権藤の古びた手帳を取り出した。ほとんど白紙だが、最後のページに、私が生前、何かの時に使えるかもしれないと記憶していた電話番号を書き殴った。
「マスコミだ。それも、警察の広報発表をそのまま垂れ流すような腰抜けじゃない。骨のある記者にリークする」
​ 日下部が怪訝な顔をした。
「アンタにそんな知り合いがいたのか?」
「……昔のな、ツテだ」
 私は曖昧に誤魔化した。私が知っているのは「東(あずま)新聞」の社会部記者、谷村(たにむら)真紀(まき)だ。彼女は警察の不祥事を何度も暴いてきた「警察嫌い」で有名な敏腕記者だ。生前の私は何度か彼女とやり合ったことがある。
​「この番号にかけろ。公衆電話からな。相手は『谷村』という女だ。『相沢刑事の死の真相を知っている』と言えば、必ず食いつく」
​ 日下部は半信半疑のまま、小銭を握りしめて部屋を出て行った。
​ 一人残された私は、激しい目眩に襲われ、その場にうずくまった。
 ゴホッ、ゴホッ!
 激しく咳き込むと、口の中が鉄錆の味で満たされた。手のひらを見ると、鮮血がべっとりと付着している。
​「……クソッ、時間がないな」
 私は血を布団で拭い、苦笑した。
 リミットまで、あと三日。だが、この借り物の肉体は、それよりも早く崩壊を始めているようだ。権藤の魂が、罪の重さに耐えきれず悲鳴を上げているのかもしれない。
​ 十分後、日下部が戻ってきた。興奮した様子だ。
「連絡がついた! 一時間後、港の見える丘公園で会うことになった」
「よし。……行くぞ、日下部」
 私はよろめきながら立ち上がった。
「これが最後の賭けだ。失敗すれば、俺たちは終わりだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...