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26、王女は結婚式に臨む
しおりを挟む────間もなく私たちは式の時間を迎え、チャペルへと出た。
「新郎イーリアス・クレイド・ホメロス。
病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、ここにおられるトリニアス王国第1王女殿下たるアルヴィナ・アリア・サクソナ・トリニアスを妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「────はい、誓います」
「新婦アルヴィナ・アリア・サクソナ・トリニアス。
病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、ここにいるイーリアス・クレイド・ホメロスを夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「────はい、誓います」
重い。
物語で読んだ時は滑稽にさえ思えた決まり文句が、実際に自分のものとして直面してみると、すごく重い。
ちらり、と隣のイーリアス様を盗み見る。
下から見上げる横顔は、さらに整って見える。
(私よりも10年長く生きているこの人の人生を、私もこれから背負うことになる)
どんな過去があって、どんな風に過ごしてきたのかも知らない、この人の人生を。
ここまで、私はこの人にただただ優しくされてきただけ。
これからの私は、同じだけこの人に返せるんだろうか?
「────神の御名のもとに、ここに新郎イーリアス・クレイド・ホメロス、新婦アルヴィナ・アリア・サクソナ・トリニアスの結婚を認めます」
思わずふっと、力が抜けた次の瞬間。
「よって神前にて誓いの証明に、くちづけを交わしてください」
そうだ、くちづけをしなくては……。
顔を上げようとして、不意に息ができなくなった。
(あ……れ……??)
なぜか、こんな場所で止まらなくなる、次々よみがえる嫌な記憶。
(……やめて、どうして……こんな時に!!)
子どもの頃変質者みたいな貴族にキスされそうになって必死で逃げたこと。
悪評のせいで何度も恐い男の人に迫られたこと。
喉の奥に突然鉛のかたまりができたような、キツさが襲う。
イーリアス様が、私の様子をうかがうように、肩に触れた。
だけど私は顔を上げられない。
その大きな手が、私の両頬を挟むように触れ、持ち上げる。
グッと、イーリアス様の顔が接近する。
(──────?)
唇はギリギリで触れないまま、イーリアス様もその手も離れた。
背中を支えてくれたイーリアス様の手がなかったら、その場に崩れ落ちていたかもしれない。
(…………いま。
くちづけしたように、見せかけてくれた?)
神父からも列席者からも、誰からも見えないように、大きな手で顔を隠して。
イーリアス様がそっと差し出してきた腕を、私は掴んだ。
息ができる。
……私、立っていられる、何とか。
イーリアス様がいるから。
「あと少しです」
そう囁いた低い声にこくりとうなずいた。
◇ ◇ ◇
────結婚式の後。
私が新居までたどり着いたのは結局夜になった。
まず、式の終了後にトリニアス王家の紋章入りのダミーの馬車が出発する。
警備厳重な大聖堂を攻めあぐねた暗殺者集団は、狙いどおりこの馬車を狙ってきた。
本国と連絡を取るにはかなりの日数がかかる中、結婚式が早まると知れば独断で襲ってくるはず……というイーリアス様の読みどおり。
ちなみに私の代わりに馬車の中にいたのはアイギス・ライオット伯爵。
〈身体強化魔法〉の使い手の彼女が中心になって、狙撃者、直接襲撃者、あわせて6人を確保した。
汽車終着駅での襲撃犯たちの自白内容からすると、ベネディクト国内に入った暗殺者はあと数人いるのではないか……とのこと。
引き続き警備を続けるということで、私はイーリアス様とともに、邸まで移動したのだった。
そういった関係で、すでにウェディングドレスから普段着に着替えてしまっているので、何となく格好がつかないけど、今夜が“初夜”ということになる。
(この夜を乗り切れば……)
そして翌朝、見届け人に婚姻成立を見届けさせることができれば、私は晴れて結婚証明書を得てイーリアス様の妻。
「……お疲れですか? 殿下」
「え、いいえ、大丈夫です」
「夕食は召し上がれますか?」
「はい、いただきます」
ダイニングルームで向き合って、2人夕食を取る。
夕食を平らげていく、イーリアス様の形の良い唇が目に入る。
(…………くちづけ、できなかった)
あの時目の前にいたのはイーリアス様であって、あの酷い男の人たちじゃないのに。
(……私、この後……)
邸の中には初夜の見届け人も来ている。
初夜を終えないと、結婚が成立しない。
子どもを作る行為の内容を詳細に教わったことはない。
その中に男性に肌を見せたり、触れられたりということが含まれていることは知っている。
もっと痛いことも含まれているらしい。
(……できるのかな……)
美味しいはずの食事の味がわからない。
いやらしいことをしてきた恐い男の人たちを思い出してしまう。
いま私が一緒にいる相手はイーリアス様なのに。
「どうか、なさいましたか?」
「え? い、いいえ。
お夕食もとても、美味しいです」
(……落ち着いて。
これは、花嫁の務めよ。
これまで、イーリアス様にどれだけのことをしてもらったか忘れたの?)
男性は女性の身体に触れることを好むそうだ。
時に我慢できなくなる強い欲情を持っているのだと。
おそらくイーリアス様もそうなのだろう。
(これをきちんとこなせれば、イーリアス様にひとつお返しができるんだわ)
そしてきっと、ひとつイーリアス様と仲良くなることができる。
がんばろう。がんばらなきゃ、私。
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