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25、王女は新郎に見惚れる
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◇ ◇ ◇
────あっという間に結婚式当日が来た。
今日は完全に式だけだ。
イーリアス様と私が夫婦になるため、そして私が王位継承権を失うためだけのもの。
披露パーティーは後日、万全の警備を施して王宮で行ってくださるという。
(これを乗り切れば……命を狙われるリスクは大きく下がるはず)
兵士全員最新の銃剣を装備しているベネディクト軍が守る、この大聖堂の警護は鉄壁。
襲撃された汽車の終着駅とは違い、王宮からも程近いため人員配置は容易だったようだ。
狙撃が可能な場所もすべて把握され押さえられている。
◇ ◇ ◇
「……とてもお綺麗です」
大聖堂の控え室。
鏡に映る私を見て、トリニアスからついて来た侍女が感慨深げに呟く。
ふんわりとボリュームをもって広がるスカートは、王家の紋章入りの長い引き裾つき。
エルドレッド商会に少しお直ししてもらい、幅広めのロールカラーの胸元は上品なラインに、そして腰の大きなリボンがアクセントに。
髪は花を飾り編み込みつつ、イーリアス様にもらった髪飾りで留めている。
(……ウェディングドレスを着るのがこんなに楽しみになるなんて思わなかったわ)
悩みの種がなくなったわけじゃない。
だけど、今までになかった、おしゃれをする喜びを感じている。
新居の方はイーリアス様と話し合いながら家具をある程度そろえた。
料理人とメイドも今日から働いてくれる。
荷物はすべて新居に移してある。
新生活も何とかなると思う。
……何とか、なるんじゃないかな。
「あの、どうぞお元気でいてくださいね」
「私たち、今日で最後ですので……。
本当に今までお世話になり、ありがとうございました」
侍女たちに声をかけられ、私は微笑んだ。
母国に婚約者がいる彼女たちは、結婚式のあと、帰国する予定だ。
「こちらこそ、ずっと支えてくれて本当にありがとう。
あなたたちのおかげでやってこられたわ」
「殿下…………」
コンコン、と、ノックの音がした。
今の状況的にヒヤリとしたけれど、「イーリアスです」の声にホッとする。
……と同時に、一気に身体中に緊張が走る。
ウェディングドレス姿を見せるのは、今日が初めてだ。
「……どうぞ」
「失礼いたします」
イーリアス様が入ってくる気配。
気配と言っているのは、つい精神統一のため目をつぶっているからだ。
相手はもうすぐ私の夫になる人。
さっさと覚悟を決めなさい。
「王女殿下?」
声をかけられ、ゆっくりと顔を上げ、私は目を開いた。
(──────…………)
「お疲れかと思っておりましたが、問題はなさそうですね。
とてもお似合いです」
何か言わなきゃと思って開いた口が、空を切る。
「殿下?」
どうしよう。頭が真っ白だ。
交わそうと思っていた言葉もすべて吹っ飛んでいる。
「どうかなさいましたか?」
ぷるぷる手が震える。
唇まで震えだした。
ヒールの高い靴なんて履きなれてるはずの足も、膝がガクガクしている。
(………………なんで)
さっき、似合っていると言ってくださったそのお言葉を1億倍にしてイーリアス様にお返ししたい。
むしろ心の中で叫びたい。
(なんでそんなに礼服姿が素敵なのっっ!!!)
長身と体格の良さがそのまま壮麗さに置き換わっている。
軍服の時は、冷徹な無表情さと傷の迫力と醸し出す強面感が思い切り前面に出ていた。
だけど礼服になってみると、地の端正さがグッと引き出される。
傷さえカッコよく見えているのは何故。
心拍数が上がり始める。中身はいつもと変わらないイーリアス様なのに。
口を利ける状態になるまで、私は5回の深呼吸を要した。
「あ、あのっ、イーリアス様も、とっても、素敵、ですっ」
だいぶ無様だったけど。
「わ、私、変ではないでしょうか?」
「変?」
「おかしくは、見えないでしょうか、その……」
王女として、何か自信がないときでも堂々と胸を張って見せろと教育係たちに口を酸っぱくして言われてきたのに、イーリアス様の前だと崩れてしまう。
ドキドキが止まってくれない。
それも、イーリアス様の整ったお顔だけじゃなくて、手袋に包まれた手や、長い足、たくましい肩、筋の走る首筋や、厚めの耳や、痛ましい傷でさえ、目に入ると心臓が跳ねる。
男性的な特徴って、私には恐いものだったはずなのに。
「何も気にされることはないと愚考いたします」
「ひっ」
目を伏せていたら、イーリアス様が身をかがめて私の顔を覗き込んできた。
「大舞台を前に緊張されているのかと存じますが、そのドレスもとてもお似合いです。
ぜひご尊顔を皆によく見えるように、お顔を上げて胸を張って歩いてください」
「は、はい……あの……」
他の人よりも、イーリアス様になんと思われているかが、気になる。
「イーリアス様は……」
私を、綺麗だと思ってくれますか?
────さすがに、言えない。
顔を上げると、イーリアス様と目が合う。
また鼓動が速くなる。
恥ずかしくなるほど、じっと見つめられる。
(…………?)
その瞳が、口元が、何かもの言いたげに見えた────気がした。
「イーリアス様?」
「……何でもありません」
表情のほんのわずかな変化はあっという間に消えた。
────あっという間に結婚式当日が来た。
今日は完全に式だけだ。
イーリアス様と私が夫婦になるため、そして私が王位継承権を失うためだけのもの。
披露パーティーは後日、万全の警備を施して王宮で行ってくださるという。
(これを乗り切れば……命を狙われるリスクは大きく下がるはず)
兵士全員最新の銃剣を装備しているベネディクト軍が守る、この大聖堂の警護は鉄壁。
襲撃された汽車の終着駅とは違い、王宮からも程近いため人員配置は容易だったようだ。
狙撃が可能な場所もすべて把握され押さえられている。
◇ ◇ ◇
「……とてもお綺麗です」
大聖堂の控え室。
鏡に映る私を見て、トリニアスからついて来た侍女が感慨深げに呟く。
ふんわりとボリュームをもって広がるスカートは、王家の紋章入りの長い引き裾つき。
エルドレッド商会に少しお直ししてもらい、幅広めのロールカラーの胸元は上品なラインに、そして腰の大きなリボンがアクセントに。
髪は花を飾り編み込みつつ、イーリアス様にもらった髪飾りで留めている。
(……ウェディングドレスを着るのがこんなに楽しみになるなんて思わなかったわ)
悩みの種がなくなったわけじゃない。
だけど、今までになかった、おしゃれをする喜びを感じている。
新居の方はイーリアス様と話し合いながら家具をある程度そろえた。
料理人とメイドも今日から働いてくれる。
荷物はすべて新居に移してある。
新生活も何とかなると思う。
……何とか、なるんじゃないかな。
「あの、どうぞお元気でいてくださいね」
「私たち、今日で最後ですので……。
本当に今までお世話になり、ありがとうございました」
侍女たちに声をかけられ、私は微笑んだ。
母国に婚約者がいる彼女たちは、結婚式のあと、帰国する予定だ。
「こちらこそ、ずっと支えてくれて本当にありがとう。
あなたたちのおかげでやってこられたわ」
「殿下…………」
コンコン、と、ノックの音がした。
今の状況的にヒヤリとしたけれど、「イーリアスです」の声にホッとする。
……と同時に、一気に身体中に緊張が走る。
ウェディングドレス姿を見せるのは、今日が初めてだ。
「……どうぞ」
「失礼いたします」
イーリアス様が入ってくる気配。
気配と言っているのは、つい精神統一のため目をつぶっているからだ。
相手はもうすぐ私の夫になる人。
さっさと覚悟を決めなさい。
「王女殿下?」
声をかけられ、ゆっくりと顔を上げ、私は目を開いた。
(──────…………)
「お疲れかと思っておりましたが、問題はなさそうですね。
とてもお似合いです」
何か言わなきゃと思って開いた口が、空を切る。
「殿下?」
どうしよう。頭が真っ白だ。
交わそうと思っていた言葉もすべて吹っ飛んでいる。
「どうかなさいましたか?」
ぷるぷる手が震える。
唇まで震えだした。
ヒールの高い靴なんて履きなれてるはずの足も、膝がガクガクしている。
(………………なんで)
さっき、似合っていると言ってくださったそのお言葉を1億倍にしてイーリアス様にお返ししたい。
むしろ心の中で叫びたい。
(なんでそんなに礼服姿が素敵なのっっ!!!)
長身と体格の良さがそのまま壮麗さに置き換わっている。
軍服の時は、冷徹な無表情さと傷の迫力と醸し出す強面感が思い切り前面に出ていた。
だけど礼服になってみると、地の端正さがグッと引き出される。
傷さえカッコよく見えているのは何故。
心拍数が上がり始める。中身はいつもと変わらないイーリアス様なのに。
口を利ける状態になるまで、私は5回の深呼吸を要した。
「あ、あのっ、イーリアス様も、とっても、素敵、ですっ」
だいぶ無様だったけど。
「わ、私、変ではないでしょうか?」
「変?」
「おかしくは、見えないでしょうか、その……」
王女として、何か自信がないときでも堂々と胸を張って見せろと教育係たちに口を酸っぱくして言われてきたのに、イーリアス様の前だと崩れてしまう。
ドキドキが止まってくれない。
それも、イーリアス様の整ったお顔だけじゃなくて、手袋に包まれた手や、長い足、たくましい肩、筋の走る首筋や、厚めの耳や、痛ましい傷でさえ、目に入ると心臓が跳ねる。
男性的な特徴って、私には恐いものだったはずなのに。
「何も気にされることはないと愚考いたします」
「ひっ」
目を伏せていたら、イーリアス様が身をかがめて私の顔を覗き込んできた。
「大舞台を前に緊張されているのかと存じますが、そのドレスもとてもお似合いです。
ぜひご尊顔を皆によく見えるように、お顔を上げて胸を張って歩いてください」
「は、はい……あの……」
他の人よりも、イーリアス様になんと思われているかが、気になる。
「イーリアス様は……」
私を、綺麗だと思ってくれますか?
────さすがに、言えない。
顔を上げると、イーリアス様と目が合う。
また鼓動が速くなる。
恥ずかしくなるほど、じっと見つめられる。
(…………?)
その瞳が、口元が、何かもの言いたげに見えた────気がした。
「イーリアス様?」
「……何でもありません」
表情のほんのわずかな変化はあっという間に消えた。
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