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35、王女は博物館デートする
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◇ ◇ ◇
イーリアス様の休暇最後の日。
私たちは、王都の王立博物館に来ていた。
「……これが世界最初の蒸気機関車の試作機……」
「製鉄所で、高圧蒸気機関を台車に載せたものを作ってみたということのようですね」
「へぇ……走ったらどんな音がしたんでしょうね!」
ベネディクト王国の、古代から現代までのあらゆる歴史的史料が展示されているその博物館。
小さいけれど、鉄道関連コーナーがしっかりあった。
目の前にある錆び付いた金属の機械が、私の目にはキラキラと輝いてみえる。
ありがとう、この世に産み出してくれた最初の創造主。
「最初の頃は馬車と変わらないぐらいの速さだったようです。
鉄や石炭の輸送用から始まって、人を運ぶ交通手段にも広がっていったとか」
「でも初めて見る人はびっくりしたでしょうね。馬も牛も牽いていないのに動いている!って」
絶対みんな私と同じこと考えたと思う。
────イーリアス様は約束どおり、休暇の間ずっと私と一緒に過ごしてくれた。
美術館や観劇にも一緒に行き、その都度、イーリアス様のこと、好きなものについても訊くことができた。
趣味は拳闘、射撃、ビリヤード。
好きな食べ物はシナモンを効かせたミートパイ、羊の内蔵の腸詰め、グレイビーソースのたっぷりかかったローストビーフ。
好きなお酒はホメロス公爵家の領地産のウイスキー。
演劇だと古代の神話をベースにしたドロドロの愛憎劇が好きだそうで、それはなかなか意外だった。
イーリアス様のことを、ひとつ、ひとつ、知っていくのが本当に楽しい。
覚えたひとつひとつが、私の胸のなかで、宝物みたいにキラキラしているように感じる。
(他の夫婦も、こうやって夫婦の情をつくっていくのかしら)
それとも他の夫婦は、夫婦の営みができるから、そこで情を深めていくのかしら……?
毎日少しずつイーリアス様に触れる練習をしているけれど、いまだに私はハグすらできない。
今日博物館に行くことになったのは、
『王都で鉄道を見られるところはありませんか?』
と私がイーリアス様にリクエストしたからだ。
さすがに汽車は最新技術だけあって展示されているものも少ないけど、私としては貴重な展示物を見られて、満足だった。
蒸気機関がらみで、イーリアス様のお仕事にも関係するものの展示物も見られたし。
「では殿下、一巡いたしましたので、併設のカフェに入りませんか?」
「カフェ?」
「コーヒーや紅茶などを飲める店です」
「そのような店があるのですね? 行ってみます」
先進国だけあって、ベネディクト王国は知らないものだらけだ。
こじんまりしたそのお店は、博物館の建物の一角にあった。
アンティークのソファとシャンデリアに彩られ、重厚だけど、どこか可愛らしさもある内装だった。
少し小腹がすいている程度だったので、トリニアスでは飲んだことのない品種の紅茶と、名前も聞いたことのないケーキを注文する。
間もなく運ばれてきたのは、栗のペーストがたっぷりと絞られたケーキ。
口にした瞬間、全身に衝撃が走る。
ちょ、これ、美味しい……!!
「あ、イーリアス様。ケーキは遠慮なくおかわりしていただいてよろしいですからね?」
「……さすがに今日は遠慮しておきます」
「そうなのですか? おなかはすいておられませんか?」
「……すいておりません」
お酒も飲むけれど、イーリアス様は、甘いものもよく食べる人だ。
なぜか人前だと遠慮してしまうみたいなんだけど。
「今日はとっても楽しかったです。ありがとうございました。
あの……私、またいずれ本物の汽車が見られたら嬉しいです」
「お約束どおり、いずれは北方の汽車もお見せできればと思うのですが」
イーリアス様は眉根に皺を寄せて少し考えて、私を見る。
「ひとつ、殿下に絶対に守っていただきたいことがあるのです」
「な、何でしょうか」
「馬車でも轢かれて亡くなる事故がよくありますが、汽車にも死亡事故があります。相当な重さの車両を相当な力で動かしているものですから、人体に当たればひとたまりもないのです。
いくらその姿が魅力的に見えようと、接触すれば死にます。鉄道の規定は必ずすべて守り、絶対におかしなところに侵入したり、規定よりも近づいたりしないでください」
「わ……わかり、ましたっ。大丈夫です。守ります」
そっか……気をつけよう。
私がうっかり死んだり大怪我したりしたら大事になってしまう。
それにしてもイーリアス様が明日から仕事に行ってしまうのは寂しい。
いない間、読書やお茶や買い物を楽しんでいれば良いのだろうか。
正直、遊んだりゆっくりしたりしていると、なんだか罪悪感が湧いてくることも。
何か私にもこちらでできる仕事などがあれば良いんだけど。
「……どうか、なさいましたか?」
「ああいえ、その……明日からのことを考えていました。
本を読んだり……ビリヤードの練習でもしようかと」
「……殿下は馬には乗られますか?」
「馬……は、子どもの頃は好きで乗っていましたが……」
「もしご興味があるようでしたら、近くに乗馬場もありますし、私も軍用のほかに個人所有の馬を厩舎に預けておりますから、私の次の休日にお引き合わせしてもかまいません」
「ありがとうございます!」
例によって、私は運動が好きだけど苦手だ。
ただ、イーリアス様と馬に乗れるのなら、またやってみても良いかなと思う。
「明日からはしばらく私は遅くなるでしょう。護衛も少人数ながら継続してつきますし、なんでも好きにお過ごしください。
私を待たず先にお休みいただければと思います」
「そんなに」遅くなるのですか、と言いかけて、私は口をふさいだ。
「殿下?」
「い、いいえ! なんでもありません……」
仕事が忙しいと断るたびに元婚約者に嫌な顔をされ、嫌味を言われたことを思い出す。
いまの私、イーリアス様に同じことをしようとしていたわ。
「────私は大丈夫です。お仕事、がんばってください」
そう言って、微笑んで見せた。
◇ ◇ ◇
イーリアス様の休暇最後の日。
私たちは、王都の王立博物館に来ていた。
「……これが世界最初の蒸気機関車の試作機……」
「製鉄所で、高圧蒸気機関を台車に載せたものを作ってみたということのようですね」
「へぇ……走ったらどんな音がしたんでしょうね!」
ベネディクト王国の、古代から現代までのあらゆる歴史的史料が展示されているその博物館。
小さいけれど、鉄道関連コーナーがしっかりあった。
目の前にある錆び付いた金属の機械が、私の目にはキラキラと輝いてみえる。
ありがとう、この世に産み出してくれた最初の創造主。
「最初の頃は馬車と変わらないぐらいの速さだったようです。
鉄や石炭の輸送用から始まって、人を運ぶ交通手段にも広がっていったとか」
「でも初めて見る人はびっくりしたでしょうね。馬も牛も牽いていないのに動いている!って」
絶対みんな私と同じこと考えたと思う。
────イーリアス様は約束どおり、休暇の間ずっと私と一緒に過ごしてくれた。
美術館や観劇にも一緒に行き、その都度、イーリアス様のこと、好きなものについても訊くことができた。
趣味は拳闘、射撃、ビリヤード。
好きな食べ物はシナモンを効かせたミートパイ、羊の内蔵の腸詰め、グレイビーソースのたっぷりかかったローストビーフ。
好きなお酒はホメロス公爵家の領地産のウイスキー。
演劇だと古代の神話をベースにしたドロドロの愛憎劇が好きだそうで、それはなかなか意外だった。
イーリアス様のことを、ひとつ、ひとつ、知っていくのが本当に楽しい。
覚えたひとつひとつが、私の胸のなかで、宝物みたいにキラキラしているように感じる。
(他の夫婦も、こうやって夫婦の情をつくっていくのかしら)
それとも他の夫婦は、夫婦の営みができるから、そこで情を深めていくのかしら……?
毎日少しずつイーリアス様に触れる練習をしているけれど、いまだに私はハグすらできない。
今日博物館に行くことになったのは、
『王都で鉄道を見られるところはありませんか?』
と私がイーリアス様にリクエストしたからだ。
さすがに汽車は最新技術だけあって展示されているものも少ないけど、私としては貴重な展示物を見られて、満足だった。
蒸気機関がらみで、イーリアス様のお仕事にも関係するものの展示物も見られたし。
「では殿下、一巡いたしましたので、併設のカフェに入りませんか?」
「カフェ?」
「コーヒーや紅茶などを飲める店です」
「そのような店があるのですね? 行ってみます」
先進国だけあって、ベネディクト王国は知らないものだらけだ。
こじんまりしたそのお店は、博物館の建物の一角にあった。
アンティークのソファとシャンデリアに彩られ、重厚だけど、どこか可愛らしさもある内装だった。
少し小腹がすいている程度だったので、トリニアスでは飲んだことのない品種の紅茶と、名前も聞いたことのないケーキを注文する。
間もなく運ばれてきたのは、栗のペーストがたっぷりと絞られたケーキ。
口にした瞬間、全身に衝撃が走る。
ちょ、これ、美味しい……!!
「あ、イーリアス様。ケーキは遠慮なくおかわりしていただいてよろしいですからね?」
「……さすがに今日は遠慮しておきます」
「そうなのですか? おなかはすいておられませんか?」
「……すいておりません」
お酒も飲むけれど、イーリアス様は、甘いものもよく食べる人だ。
なぜか人前だと遠慮してしまうみたいなんだけど。
「今日はとっても楽しかったです。ありがとうございました。
あの……私、またいずれ本物の汽車が見られたら嬉しいです」
「お約束どおり、いずれは北方の汽車もお見せできればと思うのですが」
イーリアス様は眉根に皺を寄せて少し考えて、私を見る。
「ひとつ、殿下に絶対に守っていただきたいことがあるのです」
「な、何でしょうか」
「馬車でも轢かれて亡くなる事故がよくありますが、汽車にも死亡事故があります。相当な重さの車両を相当な力で動かしているものですから、人体に当たればひとたまりもないのです。
いくらその姿が魅力的に見えようと、接触すれば死にます。鉄道の規定は必ずすべて守り、絶対におかしなところに侵入したり、規定よりも近づいたりしないでください」
「わ……わかり、ましたっ。大丈夫です。守ります」
そっか……気をつけよう。
私がうっかり死んだり大怪我したりしたら大事になってしまう。
それにしてもイーリアス様が明日から仕事に行ってしまうのは寂しい。
いない間、読書やお茶や買い物を楽しんでいれば良いのだろうか。
正直、遊んだりゆっくりしたりしていると、なんだか罪悪感が湧いてくることも。
何か私にもこちらでできる仕事などがあれば良いんだけど。
「……どうか、なさいましたか?」
「ああいえ、その……明日からのことを考えていました。
本を読んだり……ビリヤードの練習でもしようかと」
「……殿下は馬には乗られますか?」
「馬……は、子どもの頃は好きで乗っていましたが……」
「もしご興味があるようでしたら、近くに乗馬場もありますし、私も軍用のほかに個人所有の馬を厩舎に預けておりますから、私の次の休日にお引き合わせしてもかまいません」
「ありがとうございます!」
例によって、私は運動が好きだけど苦手だ。
ただ、イーリアス様と馬に乗れるのなら、またやってみても良いかなと思う。
「明日からはしばらく私は遅くなるでしょう。護衛も少人数ながら継続してつきますし、なんでも好きにお過ごしください。
私を待たず先にお休みいただければと思います」
「そんなに」遅くなるのですか、と言いかけて、私は口をふさいだ。
「殿下?」
「い、いいえ! なんでもありません……」
仕事が忙しいと断るたびに元婚約者に嫌な顔をされ、嫌味を言われたことを思い出す。
いまの私、イーリアス様に同じことをしようとしていたわ。
「────私は大丈夫です。お仕事、がんばってください」
そう言って、微笑んで見せた。
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