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62、王女は友達いない歴に終止符を打つ
しおりを挟む最初に、公爵閣下────名前はテイレシア様────がお産みになった可愛い赤ちゃんに会わせていただいた。
「見た目も性格も、すごく夫似なのです」
そう言って彼女は少し照れたように笑う。
「可愛いですよね!? ほんと可愛いでしょう??」
と、なぜあなたが自慢げなのかちょっと突っ込みたくなるほど赤ちゃんにデレデレのカサンドラ様。
5か月と聞くけれど、赤ちゃんは思ったより大きくて、腹が据わっているのか大人にも動じなくて、むしろジーッとこちらを見てきたり、キャッキャと笑ったり。
(……かわいい…………)
本能に訴えかける可愛さ。元気に育っているのは何よりだ。
実はちょっとだけ心配だった。
夫婦の営みができない私にとって、赤ちゃんに会うことは、もしかしてプレッシャーになるかも……と。
だけど思ったよりも、ただただその可愛らしさで心が満ちている。
妹たちが産まれたときは自分も幼かったし、王女という身分のせいでほぼ会えなかった。ほとんど記憶はない。
(あの子たちもこんなに可愛かったのかしら……)
赤ちゃんに会わせていただいたあとは、緑とお花が鮮やかな、綺麗なお庭でのパーティーになった。
────この場では、一応私が一番身分が高い。
ということは、私から話しかけないと会話は始まらないということだ。
近くにいた女性に、極力自然な笑顔(公務用)を作り、
「お初にお目にかかりますわ。よろしければお名前を伺っても?」
と話しかける。
……実は、友達いない歴=年齢の人間にとっては、これだけでも心臓バクバクだ。
公務で接する相手とは違い、目の前の女性は私を嫌うのも自由なのだから。
……少し慌てたように、女性は目を泳がせる。
(え、何か間違えた!?)
とたんに私は焦ってしまう。
公務ならこれぐらいの反応で焦ることはないのに……。
「王女殿下。順にご紹介させていただきますわ」
テイレシア様が微笑みながら声をかけてくださった。
「あ、ありがとうございます」
(私、もしかして低い身分の方に先に声をかけてしまったかしら?)
女性同士のなかでも貴族である以上序列はあるから。
お友達でもないのに来させてもらっている立場なのだから、その場を乱してはいけない。
そう思いながら私は、おとなしくテイレシア様に従って、その場の女性たちを紹介していただいた。
だけど、さっき目の泳いだ女性はテイレシア様とカサンドラ様を除くと一番身分が高くて、(んん??)と疑問を抱いた。
パーティーはあくまでも気楽にということでか立食形式で、色とりどりのお菓子、それから料理も並ぶ。
頼めば給仕の女性たちが素敵に盛り付けてくれる。
(ローストビーフ……美味しい……。
イーリアス様もこういう味が好きなのかしら)
お茶の時間なのに、ついイーリアス様の好きな肉料理を堪能していると、さっき目が泳いだ女性ともう一度目が合う。
すると深呼吸して、今度はにっこり微笑みかけてくれた。
唐突に、私は察した。
(この人も、緊張している?)
もしかして、お友達をつくるのが苦手なのって、私だけじゃない?
「赤ちゃん、かわいらしかったですね」
「は、はい。とても……今日はご不在ですけど旦那様に本当に似ているのですよ」
話しかけてみると、先ほどと違い、はにかみながらも応じてくれる。
胸を押さえながら話すその仕草。
彼女も、落ち着こうとしながら話しているのだとわかる。
うん、うん。その気持ち、すごくわかる。私の身分のせいもあるかも知れないけど。
「テイレシア様とはどういったご縁でしたの?」
「はい。子どもの頃から良くしていただいておりましたのと、あと王立学園の生徒会でお世話になり────」
彼女に話しかけたのをきっかけに、緊張は嘘のようにとけ、私は次々にその場の女性たちと話した。
(普通だわ……みんな、普通に接してくれているわ)
むしろ王女だからか、少しテンション上がり気味に話す人もいる。
初対面で体型のことを言ってくる人もジロジロ胸を見てくる人もいないし(それは同性同士だからかもしれないけど)、嫌悪の言葉を投げつけてくる人もいない。
イーリアス様の買ってくださった、胸の目立たないデザインの素敵なデイドレスを着ているせいかもしれないけど……。
(この普通に……どれだけ憧れたことか)
胸がジーンとする。
その場の女性たちは、自分たちのことも話してくれた。
既婚女性は夫のことや家族のこと、未婚女性は婚約者のことなど……。
(これから先、悩むことがあっても、自分だけじゃないって思えるかしら)
そんな風に考えて……そうだ、情報収集もしなきゃ、と思い至る。
といって場の空気を壊すわけにもいかないから、私は、1人の女性に微笑みかけた。
「旦那様が軍人だとさっきお伺いいたしました。
もしよろしければ、もう少しお話を聞かせていただいてもよいですか?」
「そんな……少将閣下と比べれば本当に遥か下の階級です。
わたくしの話で参考になればぜひ。ただ、夫はほとんど仕事の話はいたしませんので……」
「そうなのですね」
「はい。仕事で知った情報は家族にも漏らさないよう、軍では徹底して教育されているとか」
そういうところはやっぱりベネディクト王国はトリニアス王国よりもきっちりしている。
(サブリナさんも大尉経由で聞いたのではないかも。直接、間諜が接触してきて、私のことを話した……?)
「やはり漏洩を防ぐように徹底しているのですね?」
「ええ。良からぬ目的の者が、高位軍人の家族に取り入って情報を得ようとすることもあると。
最近もそれらしい者がいたようで、軍人の家族に注意喚起が回ってまいりました」
……それかも。
(もし、それがトリニアスからのものだともし発覚したら……私を妻にしているイーリアス様の立場も悪くなってしまうのかしら……)
「でも、漏洩はされなくても家族が察してしまうということもありますから」
女性は続ける。
「人員が護衛に駆り出されるなどしたら、ああ要人がいらっしゃるのかしらと察したりしますでしょ。しばらくあとの新聞記事で答え合わせをしたりするのです」
「あぁ、なるほど……」
「あら? そういえば、先日はヒム王国から急使がいらしたはずなのですが、まだ新聞には出ていませんわ」
(…………??)
ヒム王国。叔母が嫁ぎ、今は王妃として務めている、この大陸一の先進国だ。
(ヒム王国がベネディクト王国に急使を? 父が重傷を負ったことと、何か関係が……?)
結婚前、兄を差し置いて王にするべきではと声が止まらなかったほど、優秀で切れ者だという叔母。
父と母が、共通してひどく警戒していた相手。
偶然かもしれないけど、タイミング的に気になる……。
トリニアスでは私以外が王妃の子じゃないと知られてしまったそうだし、ヒム王国も何か関与しているのかしら?
────突然、その場で歓声が上がる。
顔を上げると、新しいお菓子が運ばれてくるところだった。
苺や他の果物が山のように乗ったタルト。
(…………えっ!?)
びっくりした。
新鮮な果物を手に入れることが王家でさえ難しいトリニアスではあり得ないお菓子だ。
みんなそのタルトに興奮してか、私に対しても口が軽くなり、
「殿下。もしよろしければ、今後夜会などご招待させていただいてもよろしいですか?」
「今度、ぜひうちのお茶会にもいらしてください」
……もちろん嬉しいことなんだけれど次々に声をかけられ、私はヒム王国の急使についてそれ以上詳しく聞くことはできず────ただ、その日、友達いない歴19年にはめでたく終止符を打つことができたのだった。
◇ ◇ ◇
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