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後日談1ー2:【ウィルヘルミナ視点】
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◇ ◇ ◇
「────それでは、トリニアス王国の王女および貴族の子女につきまして、年始から第5王女オリヴィアと女子2名を、来年の9月から第6王女カトリーナと男子3名女子2名を、ベネディクト王国の王立学園にお預けできればと存じます。
貴国のご厚意まことにありがたく、心より感謝申し上げます。
なにとぞよろしくお願い申し上げます、クロノス王太子殿下」
私ことトリニアス王国国王(に、なってしまった)ウィルヘルミナは緊張を隠しながら背筋を伸ばし、腰を折って頭を下げる。
対峙するベネディクト王国の王太子クロノスは、変わらぬクールな眼差しをこちらに向けた。
「こちらこそ、今後両国の関係を築いていくにあたり良いきっかけを頂けたと思います。
以後引き続きよろしくお願いいたします。国王陛下」
眼鏡で隠しきれない桁外れの美以上に、上に立つ者のオーラを備えていて、さらりと余裕をもって返すその様子にさえ私は気圧されてしまう。
(多分傍から見たらどっちが『国王』なのかわからないわね)
と、心中軽く自嘲した。
私ウィルヘルミナは、今までのトリニアス王家の姿勢を反省し、残された妹王女たちの教育のために留学を考えた。
幸い、オリヴィアもカトリーナも和平交渉の際にこのクロノス王太子に夢中になっていたので、
『ベネディクト王国に留学してみない?』
と持ちかけたら大喜びで飛びついて、勉強嫌いの2人がただいま猛勉強している。
ただ、この留学にあたりクロノス王太子からはいくつか条件を付けられた。
王女の留学だけじゃなく、高位貴族の子女の留学を毎年受け入れる、という提案もその一つ。
もちろんただの厚意というわけじゃなくて、将来的にトリニアス王国の上層部に親ベネディクト勢力を広げていくのが狙いだと思う。
ただ今は、こちらとしてもその申し出はありがたかった。
「どうぞ、あとは晩餐までお身体をお休めください。後ほどお部屋にお茶をお持ちいたします」
「は、はい。お気遣いありがとうございます。それでは、失礼いたします」
同行させていた将校とともに会議室を退出し、廊下に出た途端、深く息をついた。
口から魂が抜けそうだ。
王女と貴族令息令嬢の留学の話をしに来ただけなのに、あの王太子と話すとごっそり集中力を消費する。
「……部屋に戻るわ」
「大変お疲れさまでございました」
若い将校フィドラーは、自分も肩に力が入っていたらしく、ホッと息をつく。
「他国の首脳にお会いする際は気が張りつめますね。特にこちらの王太子殿下は」
「あの人、結構目の付け所が細かくて、誤魔化し効かない感じだものね」
むしろ最近は、ホメロス宰相の方が手心を加えてくれる。
親戚になったから……なわけはなく、私がベネディクト王国に友好的な点を買ってくれているということだろう。
(……まぁ、頼れる国がなかなかないんだけどね)
相変わらずヒム王国、アドワ王国、ノールト王国の3国は、私の戴冠をよく思ってはいない様子だ。
『ただ、その中でもヒム王国は大陸随一の先進国としての面子がございます。難癖をつけての戦争を仕掛けるなど、できないでしょう。
……そういう意味では、アルヴィナ殿下の結婚を口実にベネディクト王国に近づきつつ、ヒム王国ともそれなりに関係を築くのが良いのではないでしょうか?
その2国との関係があれば、アドワ王国、ノールト王国も簡単にこちらには手が出せないと存じます』
トリニアス軍の新しい幹部陣からはそう助言をもらった。
アルヴィナ姉様の暗殺をたくらんだ軍上層部を一掃できたから、情報や上奏がスムーズに上がってくる。
本音は『国王が未熟な分、自分たちががんばろう』かもしれないけど。
「そういえば、あの王太子殿下は、陛下とお立場が似ているのでしたね」
「アルヴィナ姉様が言ってたわね。前王太子の不祥事で18歳の時に立太子されたんだったかしら。
……あれで私と3つしか違わないのよ。
私、3年後ああなってる自分が想像できないわ」
(これがアルヴィナ姉様だったなら、あの王太子の前でも物怖じせず挑めたかしら?)
今さら考えても仕方がないことだけど、そんな風に思ってしまった。
その姉はといえば、こちらの国では大変平穏な結婚生活を送っているようだ。
そういえば、私が来る機会があれば王宮で会いたいとか言っていたけれど、まぁ今回は急な来訪だし……。
「────ウィルヘルミナ!」
……部屋に戻ったら、なんか姉がいる。
にこやかに、侍女から出されたお茶など飲んでいる。
誰に聞いた、と一瞬思ったけど普通に王宮から連絡行った感じね。
「珍しいわね、姉様1人? 旦那は?」
「夫は宰相閣下とお話ししているところなの。久しぶりね、元気だった?」
「……うん。まぁ。
これは?」
テーブルの上に並べられた、色とりどりの飾りつきでラッピングされた包みに目をやる。
国王への手土産にしては、やたらと可愛らしく女子力高い。
「あなたが来るって聞いてお土産を用意したの。
これは夫の実家の領地のお菓子で……アルコール入りなのだけど、もし大丈夫ならダンテス兄様にと思って」
「アルヴィナ姉様があの人に気を遣うことないと思うけど」
「そうかもね。でも何か、私があげたい気分なの。あなたの分もあるわ。他のお菓子も」
周到なことだ。
まぁ、ありがたく政務の間につまませてもらおう。
「じゃ、私から送っとくわ。で、こっちの包みは?」
「私が焼いたの。食べてみて?」
「焼いた?」
姉と『焼く』という言葉が結びつかなくて、何だろうと首をかしげながらラッピングの紙を開き、箱を開ける。
中にあったのは黒い煉瓦のような物体だった。
「焼いた……?」
「うん。今回はうまくできたと思うの。夫も美味しいって言ってくれて。騙されたと思って食べてみて?」
「いや、黒いんだけど??」
正確に言うと黒っぽい茶色。食べ物なの?これは?
それが何かすでに聞いていたらしい侍女が、その煉瓦のようなものにナイフをいれ、スライスして皿に載せ、私の前にスッと置く。
切断面を見ると、何となくケーキらしいのだけど。
というか、姉が焼いた?
フォークで端の方をほんの少しちぎり、恐る恐る口にいれる。
「……!」
ウィスキーの香りと混ざった、何とも言えない良い香りが口の中に広がる。
控えめな甘さと、主張するほろ苦さ。妙な中毒性のある味だった。
「美味しいでしょ??」
「確かに美味しい……けど……何これは?」
「ウィスキー入りのチョコレートケーキよ。ウィルヘルミナは絶対好きな味だと思って」
「チョコレート、か」
そういえば、母がそんな飲み物があると教えてくれた気がする。南の大陸のカカオという実から出来る、とても美味しい飲み物だと。
トリニアスにも一時期輸入されていたのだけど、ベネディクト王国との関係が悪化してからは途絶えたのだとか。
「……ていうか、姉様自分で焼いたって言った? これ?」
「ええ。厨房に立ったこともなかったから最初はいっぱい失敗したけど、最近はお菓子も上手に作れるようになったのよ」
「メイド……いるわよね?」
「いるわよ? でも自分で作ってみたかったの。すごく楽しいのよ」
国を動かす要だった女性が、そして本当なら今ごろは私の代わりに女王だった人が、お菓子作りが楽しい、か。
重臣たちが聞けば眉をひそめるかもしれない言葉だけど、私にはその姉様の楽しみが、とても尊いものに感じられた。
さらにケーキを口に運ぶ。
やっぱり美味しい。
こういう、みんなの日常、そして一瞬のささやかな幸せを守りたくて、私は王になったんだ。
「……そうね。トリニアスに輸入してもいいかもね、チョコレート。あと、この使ってるウィスキーも」
「本当!? これも夫の実家の領地のお酒なの」
そう言う姉の笑顔を、とても綺麗だと私は思った。
◇ ◇ ◇
「────それでは、トリニアス王国の王女および貴族の子女につきまして、年始から第5王女オリヴィアと女子2名を、来年の9月から第6王女カトリーナと男子3名女子2名を、ベネディクト王国の王立学園にお預けできればと存じます。
貴国のご厚意まことにありがたく、心より感謝申し上げます。
なにとぞよろしくお願い申し上げます、クロノス王太子殿下」
私ことトリニアス王国国王(に、なってしまった)ウィルヘルミナは緊張を隠しながら背筋を伸ばし、腰を折って頭を下げる。
対峙するベネディクト王国の王太子クロノスは、変わらぬクールな眼差しをこちらに向けた。
「こちらこそ、今後両国の関係を築いていくにあたり良いきっかけを頂けたと思います。
以後引き続きよろしくお願いいたします。国王陛下」
眼鏡で隠しきれない桁外れの美以上に、上に立つ者のオーラを備えていて、さらりと余裕をもって返すその様子にさえ私は気圧されてしまう。
(多分傍から見たらどっちが『国王』なのかわからないわね)
と、心中軽く自嘲した。
私ウィルヘルミナは、今までのトリニアス王家の姿勢を反省し、残された妹王女たちの教育のために留学を考えた。
幸い、オリヴィアもカトリーナも和平交渉の際にこのクロノス王太子に夢中になっていたので、
『ベネディクト王国に留学してみない?』
と持ちかけたら大喜びで飛びついて、勉強嫌いの2人がただいま猛勉強している。
ただ、この留学にあたりクロノス王太子からはいくつか条件を付けられた。
王女の留学だけじゃなく、高位貴族の子女の留学を毎年受け入れる、という提案もその一つ。
もちろんただの厚意というわけじゃなくて、将来的にトリニアス王国の上層部に親ベネディクト勢力を広げていくのが狙いだと思う。
ただ今は、こちらとしてもその申し出はありがたかった。
「どうぞ、あとは晩餐までお身体をお休めください。後ほどお部屋にお茶をお持ちいたします」
「は、はい。お気遣いありがとうございます。それでは、失礼いたします」
同行させていた将校とともに会議室を退出し、廊下に出た途端、深く息をついた。
口から魂が抜けそうだ。
王女と貴族令息令嬢の留学の話をしに来ただけなのに、あの王太子と話すとごっそり集中力を消費する。
「……部屋に戻るわ」
「大変お疲れさまでございました」
若い将校フィドラーは、自分も肩に力が入っていたらしく、ホッと息をつく。
「他国の首脳にお会いする際は気が張りつめますね。特にこちらの王太子殿下は」
「あの人、結構目の付け所が細かくて、誤魔化し効かない感じだものね」
むしろ最近は、ホメロス宰相の方が手心を加えてくれる。
親戚になったから……なわけはなく、私がベネディクト王国に友好的な点を買ってくれているということだろう。
(……まぁ、頼れる国がなかなかないんだけどね)
相変わらずヒム王国、アドワ王国、ノールト王国の3国は、私の戴冠をよく思ってはいない様子だ。
『ただ、その中でもヒム王国は大陸随一の先進国としての面子がございます。難癖をつけての戦争を仕掛けるなど、できないでしょう。
……そういう意味では、アルヴィナ殿下の結婚を口実にベネディクト王国に近づきつつ、ヒム王国ともそれなりに関係を築くのが良いのではないでしょうか?
その2国との関係があれば、アドワ王国、ノールト王国も簡単にこちらには手が出せないと存じます』
トリニアス軍の新しい幹部陣からはそう助言をもらった。
アルヴィナ姉様の暗殺をたくらんだ軍上層部を一掃できたから、情報や上奏がスムーズに上がってくる。
本音は『国王が未熟な分、自分たちががんばろう』かもしれないけど。
「そういえば、あの王太子殿下は、陛下とお立場が似ているのでしたね」
「アルヴィナ姉様が言ってたわね。前王太子の不祥事で18歳の時に立太子されたんだったかしら。
……あれで私と3つしか違わないのよ。
私、3年後ああなってる自分が想像できないわ」
(これがアルヴィナ姉様だったなら、あの王太子の前でも物怖じせず挑めたかしら?)
今さら考えても仕方がないことだけど、そんな風に思ってしまった。
その姉はといえば、こちらの国では大変平穏な結婚生活を送っているようだ。
そういえば、私が来る機会があれば王宮で会いたいとか言っていたけれど、まぁ今回は急な来訪だし……。
「────ウィルヘルミナ!」
……部屋に戻ったら、なんか姉がいる。
にこやかに、侍女から出されたお茶など飲んでいる。
誰に聞いた、と一瞬思ったけど普通に王宮から連絡行った感じね。
「珍しいわね、姉様1人? 旦那は?」
「夫は宰相閣下とお話ししているところなの。久しぶりね、元気だった?」
「……うん。まぁ。
これは?」
テーブルの上に並べられた、色とりどりの飾りつきでラッピングされた包みに目をやる。
国王への手土産にしては、やたらと可愛らしく女子力高い。
「あなたが来るって聞いてお土産を用意したの。
これは夫の実家の領地のお菓子で……アルコール入りなのだけど、もし大丈夫ならダンテス兄様にと思って」
「アルヴィナ姉様があの人に気を遣うことないと思うけど」
「そうかもね。でも何か、私があげたい気分なの。あなたの分もあるわ。他のお菓子も」
周到なことだ。
まぁ、ありがたく政務の間につまませてもらおう。
「じゃ、私から送っとくわ。で、こっちの包みは?」
「私が焼いたの。食べてみて?」
「焼いた?」
姉と『焼く』という言葉が結びつかなくて、何だろうと首をかしげながらラッピングの紙を開き、箱を開ける。
中にあったのは黒い煉瓦のような物体だった。
「焼いた……?」
「うん。今回はうまくできたと思うの。夫も美味しいって言ってくれて。騙されたと思って食べてみて?」
「いや、黒いんだけど??」
正確に言うと黒っぽい茶色。食べ物なの?これは?
それが何かすでに聞いていたらしい侍女が、その煉瓦のようなものにナイフをいれ、スライスして皿に載せ、私の前にスッと置く。
切断面を見ると、何となくケーキらしいのだけど。
というか、姉が焼いた?
フォークで端の方をほんの少しちぎり、恐る恐る口にいれる。
「……!」
ウィスキーの香りと混ざった、何とも言えない良い香りが口の中に広がる。
控えめな甘さと、主張するほろ苦さ。妙な中毒性のある味だった。
「美味しいでしょ??」
「確かに美味しい……けど……何これは?」
「ウィスキー入りのチョコレートケーキよ。ウィルヘルミナは絶対好きな味だと思って」
「チョコレート、か」
そういえば、母がそんな飲み物があると教えてくれた気がする。南の大陸のカカオという実から出来る、とても美味しい飲み物だと。
トリニアスにも一時期輸入されていたのだけど、ベネディクト王国との関係が悪化してからは途絶えたのだとか。
「……ていうか、姉様自分で焼いたって言った? これ?」
「ええ。厨房に立ったこともなかったから最初はいっぱい失敗したけど、最近はお菓子も上手に作れるようになったのよ」
「メイド……いるわよね?」
「いるわよ? でも自分で作ってみたかったの。すごく楽しいのよ」
国を動かす要だった女性が、そして本当なら今ごろは私の代わりに女王だった人が、お菓子作りが楽しい、か。
重臣たちが聞けば眉をひそめるかもしれない言葉だけど、私にはその姉様の楽しみが、とても尊いものに感じられた。
さらにケーキを口に運ぶ。
やっぱり美味しい。
こういう、みんなの日常、そして一瞬のささやかな幸せを守りたくて、私は王になったんだ。
「……そうね。トリニアスに輸入してもいいかもね、チョコレート。あと、この使ってるウィスキーも」
「本当!? これも夫の実家の領地のお酒なの」
そう言う姉の笑顔を、とても綺麗だと私は思った。
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