冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~

真曽木トウル

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後日談1ー3前編:【ダンテス視点】

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   ◇ ◇ ◇


「……ん…………」


 朝日に目蓋まぶたをくすぐられ、飾り気のない小さな屋根裏部屋で俺は目を覚ます。
 コンコンと、床の出入口がノックされた。

 古びた木の蓋を開けて顔をのぞかせたのは、山吹色の髪色の、自分と同い年の男だった。


「……ファランか」


 女受けの良い整った顔と、人懐こい雰囲気のそいつは、屈託なく笑む。


「おはよーございます。
 気分はどうっスか?」

「……普通」

「健康ってことなら何よりッスね。
 朝飯準備できてるんで下りてきてください、“名無し”さん」

「…………わかった」

「あと、妹さん便来てたッスよ。
 お菓子とか食べ物とか色々……」

「いる奴で適当に分けてくれ」

「えー。またッスか?
 たまには食べてあげてくださいよー。
 せっかく差し入れたくさん送ってくれてるのに妹さん可哀想」


 俺の世話係兼護衛としてついているファランは、軽薄な口調でなぜかウィルヘルミナに同情しながら頭を引っ込めた。
 首筋に残っていた焼き印は、元奴隷のあかし
 そんな奴隷上がりの軍人が、元敵国とはいえ女王を『妹さん』呼ばわりしているのは、俺が元王子であることをここでは秘密にしているから……というよりも、こいつのざっくりしすぎた性格のせいだろう。

 俺は1人着替える。
 『あのこと』以来、身支度は1人でしないと気が済まなくなった人間には、それほど苦にならない。
 用意される服が平民用なのも。

 建物の階下の食堂に下りると、俺の席には他の面々と変わらない朝食が並んでいた。
 卵と少しの野菜が入ったオートミール粥。

 最初に食べたときはいかにも質素な平民食だと感心したのだが、それをファランに言うと、

『平民からすると卵と野菜が入ってる時点でめっちゃ贅沢なんスよ!』

と、謎に叱られた。

 どうやら俺がここに入ったために誰かが配慮して、食事のグレードを上げたのらしい。


(余計なことを)


……と思ったが、ためしに普段平民が食べているという粥やパンを口にしてからは文句はなくなった。
 いつ死んでもいいと思っている人間でも、毎食口にするものは少しでも旨いものが良いと思ってしまうようだ。みっともない話だが。


 食堂の中を見回すと、ファランが1人の女と何事か話している。

 人懐こい顔に反して、この男はがっしりした体格で、それなりに背丈のある俺よりも一回り大きい。
 朝から時代がかった革鎧つきの軍装をまとっている。
 話している相手は、この施設の医師だった。

 彼らが話し終えたらしく、離れる。
 とたんに、

「ファランさん、おはよう!」
「今日は何時に仕事が終わるの??」
「ねぇ、もし良かったら……」

ここで働いている女たちが、わかりやすく気がある様子でファランに次々に声をかけていく。
 容姿どおり、ファランは女にモテた。都に婚約者がいるそうだが、女たちはおかまいなしだ。

 ────耳障りな女の声。性を感じさせる仕草。

 以前は、こういう女を遠巻きに見ただけで動悸が止まらず吐き気をもよおしたが、今は、その目が自分に向けられていなかったら、まだ冷静に見ることができるようになっていた。

 まとわりつく女たちを無下にせず「ごめん、また後でね~」
と優しい笑顔で軽くかわしながら、ファランは俺のところまでやってくる。


「今日は、朝の診察のあとで診療所の手伝いだそうッスよ。食べたら行きましょ」

「……わかった」

「仕事が終わったら馬にでも乗ります? 海沿い走ると気持ちいいッスよ」

「……終わるまでに考える」


 診療所の窓の向こうには、目の覚めるような色の南国の海が広がっていた。
 
   ◇ ◇ ◇


 ────今、俺は、トリニアス王国の東方、かつての敵国であるレグヌム王国に来ている。

 レグヌムは、ベネディクト王国の同盟国だ。
 ゼルハン島事変の際は、ベネディクト軍より先に駆けつけトリニアス軍を撃退した、因縁の相手でもある。

 ところが、妹ウィルヘルミナがそこに〈精神治癒〉の名医がいるのだという情報をつかんだ。
 そこでレグヌムとも和平条約を結び、国王を殺した大罪人の俺を、処刑ではなく追放処分とし、その追放先をレグヌム王国にしたのだ。
 結果、俺は、レグヌムで良くわからん療養生活を送っている。

 政務から離れ、それなりに規則正しい生活と半ば強制的にとらされる睡眠。
 きつくもない仕事、俺から見れば質素ではあるが悪くはない衣食住。
 おまけに頻繁に届く妹からの差し入れ。


(……誰がどう見ても『追放』じゃないだろ)


 いま俺にかかっている金は、果たしてトリニアスとレグヌム、どちらが負担しているのだろう。


   ◇ ◇ ◇


「ここには慣れましたか?」

「ある程度は、そうですね」

「食事は美味しく食べられていますか」

「味を感じられているかという意味ならば、はい」


 医師には敬語を使えとファランに重々言われている。
 部屋の端と端に離れ、明後日の方向を向きながら、俺は医師と話していた。

 朝ファランが話していた相手、俺より少し年上だろう女、レクタム医師だ。
 俺を担当するために髪を男のように短く切り、胸を潰して男装をしている。
 小柄で柔和な童顔の彼女は、そんな格好をしても男には見えない。だが、俺にとってはそれだけでかなり診療が楽になった。

(ちなみに彼女は『名医』ではなく、その弟子にあたり、ウィルヘルミナが聞いた『名医』というのは非常に多忙なのだそうで、まだ俺は会えていない)

 面談のような軽い雑談のあと、〈精神治癒魔法〉に入る。

 〈精神治癒魔法〉は患者の記憶に医師が直接つながり、干渉する必要がある。
 そのため、頭の中身を見られることに抵抗がある患者も多いということだ。
 だが、俺は逆に(〈認識操作魔法〉にも似ているな)と興味をもった。
 相手の感覚を操作する場合も、まず先に相手の感覚につながり共有するのだ。

 魔法治療を終えた後は、会話による治療も行った。
 それはひたすら会話を重ね、例えるなら、心の中にある整理されないぐちゃぐちゃのままで仕舞いこまれた箱を開いて、少しずつ整理していくような、そんな作業だ。

 言葉にすれば他愛なく聞こえる。だが、出来なくなったこと、失ったもの、奪われたもの、それらをひとつひとつ直視していくのは、そしてそれがどれだけ多いのかを改めて認識するのは、かなりこたえた。


「今日はここまでにしておきましょうか」


 レクタム先生に声をかけられ、肩の力を抜いた。
 疲れが全身にのし掛かる。
 やっている最中は疲れを疲れとさえ認識できない。それほどの負荷だった。

 動けず、しばらくそのまま深呼吸を続ける。


「…………少し休んでいったら良いですよ。ファランさんには伝えておきますから」

「……はい」


 普通に生きていくのもきついが、治そうとすることはなおきつい。
 この先に光があるのか? もうがんばらなくて良いんじゃないか?

『あと少しだけならあがいてやってもいい』
と言った分の義理は、もう果たしたんじゃないだろうか?

 治療後はそう思いながら、妹の顔を思い出すと、『今日一日はがんばってやるか』『明日ぐらいはがんばってやるか』と、ぎりぎりで踏ん張る。そんな毎日を過ごしていた。


   ◇ ◇ ◇
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