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後日談1ー3中編:【ダンテス視点】
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◇ ◇ ◇
療養施設には、医者の常駐する診療所が併設されている。
その診療所で俺に与えられる仕事は、主に薬品の整理や掃除や洗濯やらだ。
元王族の人間にとっては当然やったこともなく、当初は意外と重労働に感じ、腰を痛めかけた。だが、慣れれば適度に身体を動かせるという点では良い。
周りの人間も俺の扱いに慣れてきたのか、最近は外国の文献の翻訳を頼まれることもある。
この日は洗濯の日で、洗濯物を抱えて干場へ歩いていた俺は、診療所がにわかに騒がしくなったことに気づいた。
「どうかしたのか?」
様子を見に来たファランに尋ねる。
「併設されている産所に、産気付いた女の人が運ばれてきたけど、どうやら逆子で難産らしいッス」
「……難産?」
「今日、医者が少ないから、先生たち大変……」
ファランが話している途中で、渡り廊下をあわてて走っていく、顔見知りの医師の姿を見つけた。
「ちょっと、これ持ってろ」
「え、ちょっ、殿、じゃなくて“名無し”さん!?」
山盛りの洗濯物の籠を思わずファランの手に押し付けて、俺は医師の跡を追った。
どこの誰かも知らない、俺が嫌う平民で、俺が嫌う女。
そんな奴が生きようが死のうがどうでもいいはずなのに、気になってしまったのは『産気付いていた』せいだろう。
妊婦なんて、ごくありふれた存在なのに。難産だって、珍しくもないものなのに。
産所にはレクタム先生も駆けつけていた。
専門外のはずだが、彼女も気になってしまったのだろうか。
奥のベッドには、30歳ほどの年頃の女が、脂汗を浮かべ声も出せないほど苦しがっている。
夫らしき男が、青い顔をして彼女の手を握る。
医師たちは困惑した様子で、彼女の腹を見て話していた。
「……逆子と聞いたのですが?」俺はレクタム先生に尋ねる。
「昨日産気付いたそうなのですが、……ここに来るまで時間がかかってしまい、お母さんは一睡もできずに日を跨いで、かなり衰弱しているのです。おそらく赤ちゃんも……。
長くお子ができず、やっと授かったのだそうで、何とか母子とも助けてあげたいのですが」
望まれた子ということか。俺と違って。
「何か問題が?」
「麻酔を使える医師がいまここにいないのです」
この国に来て、俺は麻酔というものを初めて知った。
薬品によって人体の感覚を麻痺させ、本来激痛を伴う切開などの治療を可能にするものだという。
麻酔を使うことを考えている、ということは。
「……腹を切って赤子を取り出すのですか?」
「ええ。
お母さんは痛みにも耐えると言っています。
ただ、麻酔なしで切って、衰弱したお母さんの身体が耐えられるかどうか……」
緊急時に妊婦の腹を切って赤子を取り出すというのは古来から行われているが、多くは母親が先に死亡してしまって赤子だけでも助けたいという場合にだ。
母親が生きているとしてもその場に治癒魔法を使える人間がいないと、確実に母親の死を意味した。
幸い、ここには俺も含めて治癒魔法を使える人間が複数いる。
あとは、衰弱した身体に与えられる切開の出血と凄まじい痛みを、どうするかなのだ。
本人が事前にそれを受け入れていたとしても、人間は痛みでショック死ということがありうる。その痛みを軽減させられれば……。
「…………手伝います」
「は?」
「俺の〈認識操作魔法〉で、母親の痛みの感覚をなくします。同時に〈変則型治癒魔法〉で出血を抑え、赤子が無事腹の外に出たら、治癒魔法で開腹部分をふさぎます」
「しかし…………」
しばし俺の顔を見つめ、レクタム先生は「……たぶん、死ぬほど痛いですよ」とささやいた。
「かまいません」
痛みに唸る母親は、それでも苦しい息のもとで、泣きながら手を握る夫としばしば見つめあい、うなずきあっている。
死んではいけない、と思った。母親も、子どもも。
────医師たちが準備を終えた。
「〈接続〉」
まずは陣痛を和らげようと、俺は、自分の感覚と母親の感覚をリンクさせた。その時。
「!!!」
腹に走る、引き裂かれたような恐ろしい痛みに思わず膝をつく。
「大丈夫ですか!?」
レクタム先生に声をかけられるが、こちらの声が出てこない。
馬車に轢かれでもしたようだ。人生で味わった中で一番の痛み。
それは執拗に俺の腹を襲った後、嘘のように引いていく。
つまり、これが陣痛なのか。
この母親は昨日から数分おきにこの激痛を耐えてきたのか。
……『彼女』もそうだったのだろうか。
「……っ、問題ない」
俺は深呼吸しながら立ち上がり、母親の痛覚を操作する。
次の陣痛の波が来る。苦しんでいた母親の表情は、少し和らいだ。
…………切開の準備が整った医師たちが母親の腹に刃を入れる。
俺の腹に伝わったのはさらに声をあげてしまいそうな痛みだったが、俺はそれをこらえ、痛覚と血流を操作した。
医師たちの手元を、母親の顔を、全身の神経を尖らせながら見つめる。
血を補充する技術はこの国にもない。ここで一瞬でも気を抜いたら、母親の命はあっという間にこぼれ落ちる。
────時計の針が容赦なく回る。1時間……2時間……どれほど時間がたっただろう。
医師が腹から、赤子の身体を取り出す。
声を出さないその赤子に、血が冷えた。次の瞬間、思いのほか元気な産声が上がる。
不安げな表情を浮かべていた母親の顔に、血の気が戻った。
(……ああ、生きてる)
良かった。まず赤子は助かる。
次は母親の腹を治さないと……。
手元を治癒魔法に切り替えた、その時。
目の前がぐらりと歪んだ。
(……!?!?)
しまった。魔力切れだ。駄目だ、この、こんな時に、どうして。
……助けられないのか?
また俺は死なせてしまうのか?
視界は真っ暗になり、意識が闇の奥に落ちていった。
◇ ◇ ◇
療養施設には、医者の常駐する診療所が併設されている。
その診療所で俺に与えられる仕事は、主に薬品の整理や掃除や洗濯やらだ。
元王族の人間にとっては当然やったこともなく、当初は意外と重労働に感じ、腰を痛めかけた。だが、慣れれば適度に身体を動かせるという点では良い。
周りの人間も俺の扱いに慣れてきたのか、最近は外国の文献の翻訳を頼まれることもある。
この日は洗濯の日で、洗濯物を抱えて干場へ歩いていた俺は、診療所がにわかに騒がしくなったことに気づいた。
「どうかしたのか?」
様子を見に来たファランに尋ねる。
「併設されている産所に、産気付いた女の人が運ばれてきたけど、どうやら逆子で難産らしいッス」
「……難産?」
「今日、医者が少ないから、先生たち大変……」
ファランが話している途中で、渡り廊下をあわてて走っていく、顔見知りの医師の姿を見つけた。
「ちょっと、これ持ってろ」
「え、ちょっ、殿、じゃなくて“名無し”さん!?」
山盛りの洗濯物の籠を思わずファランの手に押し付けて、俺は医師の跡を追った。
どこの誰かも知らない、俺が嫌う平民で、俺が嫌う女。
そんな奴が生きようが死のうがどうでもいいはずなのに、気になってしまったのは『産気付いていた』せいだろう。
妊婦なんて、ごくありふれた存在なのに。難産だって、珍しくもないものなのに。
産所にはレクタム先生も駆けつけていた。
専門外のはずだが、彼女も気になってしまったのだろうか。
奥のベッドには、30歳ほどの年頃の女が、脂汗を浮かべ声も出せないほど苦しがっている。
夫らしき男が、青い顔をして彼女の手を握る。
医師たちは困惑した様子で、彼女の腹を見て話していた。
「……逆子と聞いたのですが?」俺はレクタム先生に尋ねる。
「昨日産気付いたそうなのですが、……ここに来るまで時間がかかってしまい、お母さんは一睡もできずに日を跨いで、かなり衰弱しているのです。おそらく赤ちゃんも……。
長くお子ができず、やっと授かったのだそうで、何とか母子とも助けてあげたいのですが」
望まれた子ということか。俺と違って。
「何か問題が?」
「麻酔を使える医師がいまここにいないのです」
この国に来て、俺は麻酔というものを初めて知った。
薬品によって人体の感覚を麻痺させ、本来激痛を伴う切開などの治療を可能にするものだという。
麻酔を使うことを考えている、ということは。
「……腹を切って赤子を取り出すのですか?」
「ええ。
お母さんは痛みにも耐えると言っています。
ただ、麻酔なしで切って、衰弱したお母さんの身体が耐えられるかどうか……」
緊急時に妊婦の腹を切って赤子を取り出すというのは古来から行われているが、多くは母親が先に死亡してしまって赤子だけでも助けたいという場合にだ。
母親が生きているとしてもその場に治癒魔法を使える人間がいないと、確実に母親の死を意味した。
幸い、ここには俺も含めて治癒魔法を使える人間が複数いる。
あとは、衰弱した身体に与えられる切開の出血と凄まじい痛みを、どうするかなのだ。
本人が事前にそれを受け入れていたとしても、人間は痛みでショック死ということがありうる。その痛みを軽減させられれば……。
「…………手伝います」
「は?」
「俺の〈認識操作魔法〉で、母親の痛みの感覚をなくします。同時に〈変則型治癒魔法〉で出血を抑え、赤子が無事腹の外に出たら、治癒魔法で開腹部分をふさぎます」
「しかし…………」
しばし俺の顔を見つめ、レクタム先生は「……たぶん、死ぬほど痛いですよ」とささやいた。
「かまいません」
痛みに唸る母親は、それでも苦しい息のもとで、泣きながら手を握る夫としばしば見つめあい、うなずきあっている。
死んではいけない、と思った。母親も、子どもも。
────医師たちが準備を終えた。
「〈接続〉」
まずは陣痛を和らげようと、俺は、自分の感覚と母親の感覚をリンクさせた。その時。
「!!!」
腹に走る、引き裂かれたような恐ろしい痛みに思わず膝をつく。
「大丈夫ですか!?」
レクタム先生に声をかけられるが、こちらの声が出てこない。
馬車に轢かれでもしたようだ。人生で味わった中で一番の痛み。
それは執拗に俺の腹を襲った後、嘘のように引いていく。
つまり、これが陣痛なのか。
この母親は昨日から数分おきにこの激痛を耐えてきたのか。
……『彼女』もそうだったのだろうか。
「……っ、問題ない」
俺は深呼吸しながら立ち上がり、母親の痛覚を操作する。
次の陣痛の波が来る。苦しんでいた母親の表情は、少し和らいだ。
…………切開の準備が整った医師たちが母親の腹に刃を入れる。
俺の腹に伝わったのはさらに声をあげてしまいそうな痛みだったが、俺はそれをこらえ、痛覚と血流を操作した。
医師たちの手元を、母親の顔を、全身の神経を尖らせながら見つめる。
血を補充する技術はこの国にもない。ここで一瞬でも気を抜いたら、母親の命はあっという間にこぼれ落ちる。
────時計の針が容赦なく回る。1時間……2時間……どれほど時間がたっただろう。
医師が腹から、赤子の身体を取り出す。
声を出さないその赤子に、血が冷えた。次の瞬間、思いのほか元気な産声が上がる。
不安げな表情を浮かべていた母親の顔に、血の気が戻った。
(……ああ、生きてる)
良かった。まず赤子は助かる。
次は母親の腹を治さないと……。
手元を治癒魔法に切り替えた、その時。
目の前がぐらりと歪んだ。
(……!?!?)
しまった。魔力切れだ。駄目だ、この、こんな時に、どうして。
……助けられないのか?
また俺は死なせてしまうのか?
視界は真っ暗になり、意識が闇の奥に落ちていった。
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